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破滅に向かって その⑧

◆◇◆◇◆



「止まらない……!」


 メアリは驚愕した。


 それどころか銃撃戦の激しさはなお増している。


 共感する心の強化に失敗したのか―――いや、相手を殺すという意志だけが強化されてしまったのか――原因は分からない。しかし、このままでは戦いが終わらないということだけは分かっていた。


「戦いを……殺し合いをやめてください!」


 メアリは叫んだ。


 しかし、彼女の声は銃声の中にかき消された。


「お願いです! もうお互いに傷つけ合うのはやめてください!」

「メアリ様、危険です!」


 大臣の声にメアリは正気に戻った。


 その瞬間、ノッドカーヌ軍に使っていた補助魔法が薄れているのに気が付いた。


 一発の銃声が、やけに鮮明に聞こえた。


 うっ、という大臣が呻いた直後、彼の腹部から真っ赤な血があふれ出すのが見えた。


「大臣様!」

「不覚を取りましたな……っ!」


 馬が傾き、メアリの身体は大臣とともに地面に投げ出された。


 すぐ向こうに、ブラックレイの軍服を着た兵士たちがいた。


「メアリ様を……お守りしろ……っ!」


 大臣が掠れた声で命令する。


 それを受けた部下たちは、地面に倒れたメアリの前に盾を構えた。


 ブラックレイの兵士たちの長身の銃が一斉に火を噴く。


 メアリは補助魔法を発動し、ノッドカーヌの兵たちを強化した。


 こちらに向けて発射された弾丸が兵たちに跳ね返され、そのままノッドカーヌ軍は反撃の姿勢をとる。


 これでは同じことの繰り返しだ、とメアリは思った。


 報復と、それに対する報復。どちらかがどちらかを滅ぼすまで終わらない争い。


 同時にメアリは、かつてロービスに連れられ渡り歩いた数々の戦場を――その悲惨な光景を思い出していた。


 そして、戦火によって住む場所を失い、避難施設へ逃げ込んできた避難民たちを。


 誰も幸せにならないようなことを、何度も繰り返させるわけにはいかない。


 再びメアリは目を瞑り、祈った。


 自分が目にしてきた戦場の風景を――悲しみを――痛みを、補助魔法で増幅させ届く限りのすべての人間に向けて放った。


 同時に、メアリの中に戦場で激しく争う兵士たちの感情が流れ込んできた。


 とてつもない情報量に、メアリの精神は崩壊寸前だった。


 しかしそれでも――メアリは自らの感情を発し続けた。


「……!?」


 ノッドカーヌの兵士たちが振り上げた剣を止める。


 同時に、こちらに銃を向けたままだったブラックレイ軍も動きを止めた。


「な、なんだ!?」

「何が起こってるんだ……!?」


 兵士たちが動揺の声を漏らした。


 メアリを中心に、旧市街で繰り広げられていた銃撃戦の音が徐々に止んでいく。


 いつしか街は、奇妙な静寂に包まれていた。





「これは……!?」


 ピンファは突然脳裏に流れ込んできたイメージに、思わず声を上げていた。


 枯れた草木、廃墟と化した都市、折れた剣や砲身が曲がった銃、荒れた大地に残った誰の者かもわからない千切れた腕、顔の潰れた死体、炎に焼かれる市民たち、親を探して泣く子供、息絶えた赤子をいつまでも抱きしめる母親――――そして、圧倒的な喪失感。


 まさかメアリさんの心象風景なのか、とピンファは呟く。


「これがあなたたちの奥の手というわけですの……?」


 アレサンドラがピンファに向かって言った。


 その額には脂汗が浮かんでおり、カップを持つ手は微かに震えていた。


 ピンファは深く息を吸い、言った。


「……いかがでしょう、アレサンドラ様、ドルガ様。あなたたちの国々が戦争を起こすというのは、こうした悲しみを世界に蔓延させるということなのです。どうか―――どうかご再考をお願いしたい。あなたたちの国に生きる民のためにも」


 そのとき、迎賓室のドアが開き、ブラックレイとヤークト両軍の伝令たちが駆け込んできた。


「……現在、市街地での戦闘が停まっているとのことです!」


 真っ先に反応したのはドルガだった。


「戦闘が停まっているだと? 攻撃中止の指示など誰も出していないだろ?」

「ええ、しかし……中には戦闘を放棄する兵もいるとの話が」

「戦闘を放棄―――か。あの女に毒を抜かれたな」


 ドルガは天井を睨みつけるように目を細めると、突然肩を揺らして笑い始めた。


「ど、ドルガ様……?」


 伝令が怯えた声を出す。


 迎賓室中の注目が集まる中、ドルガは口を開いた。


「こんな手を使われちゃ興覚めだ。魅力のない戦闘に意味はねぇ。我がヤークト軍には即時撤退を命じる―――もちろん、そこの女が俺たちを背後から撃たねえって保障してくれるならな」

「いかがでしょう、アレサンドラ様」


 ピンファの言葉に、アレサンドラはゆっくりと頷く。


「ヤークト帝国に戦闘の意志がないのであれば、こちらも戦闘を継続する理由はありませんわ。市街地からは引き揚げさせましょう」

「なあ、王様。あんたからの提案はまだ生きているんだろう?」


 ドルガが言い、ピンファは一瞬頭を巡らせ、答えた。


「ヤークト帝国への支援のお話ならばもちろんです。よろしければこの後にでも、具体的なお話をいたしましょう。……しかしそれにはまだ条件が」

「なんだ?」

「この会議の目的はあなた方に平和条約を結んでいただくことです。まだ会議は……終わっていません」


 ピンファはドルガを正面から見据えた。


 ドルガはピンファの心のうちまで見透かすように、じっと彼の目を注視した後、重々しく言った。


「あんたが言っていた永遠の平和条約なんてものはそれこそ絵空事だ。俺たちから武力行使って選択肢を奪う権利はあんたにないはずだぜ? しかし―――休戦協定なら結んでやってもいい。兵が望まねえ戦を起こす価値は無いからな」

「アレサンドラ様は」

「休戦協定を結ぶというのなら、ブラックレイとヤークトの定期的な会談も望みますわ。今回のように不意打ちをされては困りますからね」

「……よろしいですか、ドルガ様」

「気は進まないが、良いだろう。譲歩してやる」

「ではひとまずは、休戦協定にご調印をいただくということでよろしいでしょうか?」


 ピンファは側近に目くばせした。


 彼らは手際よく、既に用意されていた調印書を運んできた。


 その段取りの良さに、ドルガは苦笑した。


 休戦だろうが平和条約だろうが、何が何でもヤークトとブラックレイの戦争を止める―――そんなピンファの意志を感じとったからだ。


 アレサンドラとドルガの前に用意された黒い革表紙の調印書に、二人がサインする。


 これで、ヤークト帝国とブラックレイ公国という両大国の衝突はひとまず幕を下ろすことになるのだ。


 ピンファは全身の力を使い切ったような気分だった。


 メアリが発したイメージは、いつの間にか消え去っていた。



◆◇◆◇◆



いよいよ次回、エピローグです!

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婚約破棄された令嬢の赤字領地再建計画 ~私の執事は有能です~
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