破滅に向かって その⑥
ドルガとアレサンドラが睨み合う。
そんな二人を前に、ピンファは言った。
「しかし、望まなければ平和は訪れない。私は争いを望む人々よりも、平和を望む人々の方が多数であることを信じています」
「どうかな? 現にヤークトとブラックレイの衝突は始まっているんだぜ?」
「ですから、両軍には即時の撤兵をお願いしたい。これ以上の犠牲を生まないためにも」
「それはできない相談だな。どうしてもっていうんなら、あんたも力づくで俺たちに言うことを聞かせればいい。あの女の―――メアリの補助魔法をもってすりゃあ、俺たちやブラックレイの先発隊を壊滅させることは不可能じゃないだろう?」
「……そんなことは、メアリさんには……」
「おいおい、多くの犠牲が生まれるかもしれない危機なんだろ? それとも何だ? 民衆の犠牲よりもあの女が傷つく方が耐えられないってことか?」
「っ―――!」
挑発されていると感じ取ったピンファは奥歯を噛み占め、胸の内に沸いた怒りを鎮めながら、ゆっくりと口を開いた。
「戦争をしなければならない理由はよくわかりました。では反対にお尋ねしましょう。どうすればお互いに兵を退くことが出来るのです? 譲歩できる点はないのですか?」
「ありえないわね」アレサンドラが言う。「仮にヤークトがブラックレイの属国になるというのなら、撤兵を考えても良いのだけれど」
「そいつは無理な相談だな。むしろ逆じゃねえのか? ブラックレイが俺たちに全面降伏すればいい。そうすれば戦争をする理由はなくなるぜ」
ドルガとアレサンドラの間に再び緊張が走る。
思わずピンファは立ち上がった。
「お二人とも、おやめください。ここは口論の場ではありません」
「……ピンファ王様よ、仮にここで戦争が止まったとしても、いずれヤークトとブラックレイはぶつかり合うぜ? そのたびにあんたはメアリに強化させた軍隊を派遣するのか?」
「私の理想は、ここであなた方に永遠の平和条約を結んでいただくことなんですけどね」
「そう都合よくはいかないさ、王様。それよりあんた、ノッドカーヌ王国軍を使って何をする気だ? このまま放っておけばあんたの軍が無駄に疲弊するだけだぜ。それとも、やっぱりメアリに補助魔法で俺たちを壊滅させるつもりなのかい?」
「違います。……相手を傷つけるのではなく、お互いに理解しあうのです」
「理解だと?」
ピンファはいつかメアリが言っていたことを思い出しながら、言葉を続けた。
「そうです。人間には相手の痛みを共感し、思いやる心が備わっているはずです。共感力とも呼ぶべきその力を強化し、戦争を止める―――メアリはそう言っていました」
まったく、とドルガは呟いた。
「あの女の魔法が飛びぬけて優れているのは俺も分かってるぜ。だがよ、共感する力の強化だと? 俺にはそんなことが可能とは思えないね。仮にできたとしても、あの戦場の混乱の中だ。戦いをやめろっつっても誰が聞くと思う? あんたたちの考えは理想に過ぎねえよ」
ドルガの言っていることは、ピンファにもよく分かっていた。
単純に身体能力を強化するわけじゃない。理解しあう心などという抽象的なものを強化するなんてことが出来るとは―――実際のところ、ピンファも思っているわけではなかった。
それはもはや奇跡に近い行いであるはずだ。しかしそれでも―――こうしてヤークト帝国とブラックレイ公国の衝突が起こってしまった以上、そして話し合いでの解決がほとんど不可能であることが分かってしまった以上、メアリの起こす奇跡を信じるほかに、この戦争を止める方法はない。
ピンファは戦場に立つメアリを思い、そして己の無力さを呪った。
それからメアリの無事を祈り――このように誰かを想う気持ちを全ての人々と共有できれば戦争など起こらないはずなのに、と思った。
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