破滅に向かって その⑤
「ではメアリ様、参りましょう。私の馬上へ」
「はい」
メアリは国防大臣の乗る馬の後ろに跨り、大臣の背に身体を預けた。
「……若いころは私も、姫をお守りする騎士に憧れたものです」
「え?」
国防大臣の呟きに、メアリが反応する。
初老の大臣はまるで使命感に燃える若者のような瞳でメアリの顔を見た。
「争いを厭うノッドカーヌ王国の志には共感しております。しかし、この広い世界には武をもってことの解決に当たろうとする輩がいるのもまた事実。だからこそ、平和を愛するノッドカーヌの志を守るために、我々ノッドカーヌ王国軍は存在するのです。メアリ様、今こそ我らの生きざまをご覧に入れましょうぞ」
「犠牲者は出すなとのピンファ様のご命令は、忘れないでくださいね」
「もちろんでございます。……行くぞ皆の者! 我らに続け!」
国防大臣とその側近の兵士たちは一団となって丘を駈け下りた。
王国軍の各部隊がそれに続く。
ノッドカーヌの軍勢は一つの円のような陣形を取りながら、ヤークト帝国とブラックレイ公国が激戦を繰り広げる旧市街へ突撃した。
戦場の空気だ、とメアリは思った。
土の匂い、煙の匂い、そして血の匂い……。
ノッドカーヌ王国軍の接近に気が付いたのか、ヤークト、ブラックレイの各軍勢は少し遅れて迎撃を始めた。
最新の機関銃による掃射攻撃である。
亜音速の銃弾の雨がノッドカーヌ王国軍に襲い掛かった。
それに一瞬早く感づいたメアリは口の中で呪文を唱え、補助魔法を発動していた。
先陣を切って馬を駆るノッドカーヌの兵士たちに降りかかった弾丸は、彼らの鎧を貫くことなく弾かれていった。
「このまま奴らを蹴散らしてご覧に入れましょうか、メアリ様」
「いけません。私が望むのは殺戮ではなく、あくまで対話です。みなさん、少しの間耐えてください」
「何をなさるおつもりですか?」
「ヤークトとブラックレイの両軍に呼びかけてみます。これ以上の戦闘はやめてほしいと」
「承知しました。しかしここでは敵の攻撃の的になります。都市内まで突撃します。よろしいか?」
「大臣様にお任せします」
「では―――止まるでないぞ皆の者! このまま市街地へ突入する!」
国防大臣は剣を引き抜き、市街地を覆う防壁めがけて振るった。
剣から放たれた衝撃波は防壁を破壊し、大穴を開けた。
敵軍に動揺が走り、迎撃の勢いが弱まった。
ノッドカーヌ王国軍はその隙に大穴へ滑り込み、旧市街の内部へ侵入した。
「第一から第四の小隊はここで待機! 周囲を防衛し、我らの退路を確保せよ!」
「了解!」
国防大臣の指示を受け、小隊が隊列から離れていく。
メアリたちはさらに市街の中心へ――この市街戦が最も激しい地点を目指して馬を走らせる。
銃声や爆音が徐々に近づく中、メアリはついに、街の大広場を舞台にバリケード越しに銃撃戦を繰り広げる両軍の姿を見た。
そして目を瞑り、ヤークト、ブラックレイ両軍の兵士に向かって補助魔法を発動した。
強化するのは彼らの肉体ではなく―――精神。
痛みや悲しみを共感する心。
メアリは祈った。
◆◇◆◇◆
ノッドカーヌ王国王宮内、迎賓室。
メアリたちノッドカーヌ王国軍が、ヤークト、ブラックレイ両軍の衝突に武力介入したとの情報が到着してから数刻が過ぎていた。
「私としてはこれ以上の話し合いは無意味だと考えているわ。そしてノッドカーヌ王国は一刻も早く兵を引き上げるべきだと」
アレサンドラはピンファの表情を伺った。
一方のピンファは頑なな顔をしたまま、
「それでは戦争が始まってしまうではないですか。あくまでも両軍の説得のための派兵です。あなたがたを攻撃する意思はない。そしてこの会議は戦争を止めるための会議であって、戦争が避けられないことを再確認する場ではないんですよ」
「それはあなたの立場でのお話ですわ、ピンファ王。そもそも、平和を謳うノッドカーヌ王国が武力をもって私たちに介入したという事実自体、話し合いでは何も解決しないという証明に他ならないのではなくて?」
「だとしても、この戦争は無意味ですよ、アレサンドラ様。多くの国民を犠牲にしてまで開戦する理由がどこにあるのです?」
「ブラックレイ公国の手によってナラシア大陸に統一国家を誕生させ、恒久的な平和を実現させる。それ以上の理由はありませんわ」
そのとき、それまで黙って話を聞いていたドルガが唐突に笑い声をあげた。
「よく言うぜ、ブラックレイのガキ。お前に統一国家の創設って野望があるように、願いや望みってもんは生きている人間の数だけ存在する。仮にお前が国家を統一したとしても、お前の野望と相いれない望みを持つ人間が消えるわけじゃねえんだ。そういう奴らが取れる手段はひとつだけ―――戦争だよ」
「何が言いたいのです」
「恒久的な平和なんてものは訪れないってことさ」




