破滅に向かって その②
「な、何を馬鹿な。危険すぎます。死ぬ気ですか」
「補助魔法で強化されるのは身体能力だけではありません。人々の共感する力を強化すれば、戦争の悲惨さを理解しあうこともできるはずです」
「仮にそうだとしても、あなたを死なせるわけには」
「……私はロービス将軍の指示のもと、シュヴァルツ王国からヤークト帝国の国境までに存在した数々の国と転戦し、いくつもの死線をこえて来たのです。こんなところで死にはしません」
「だからと言って愛する人を戦地へ送りたがる人間がどこにいるものですか。僕は許しませんよ。僕はメアリさんを守ると誓ったんです」
「でしたら、私を守るために明日の会談で両国の和平を実現させてください。私が衝突を食い止めますから」
「し、しかし……」
「私たちの思いは届くはずです。軍事衝突は起こさせません。ですからピンファ様はアレサンドラ様とヤークト皇帝の説得に集中なさってください。……あなたに助けていただかなければ、私はあの国境沿いの荒野で息絶えていました。この命はこれからもずっとあなたのために使いたい。だから―――こんなところで、私は死にません。行かせてください、ピンファ様」
ピンファは苦しげに目を瞑った。
ヤークト帝国軍は既に陣を出発している。
ブラックレイ公国もおそらく迎撃の準備はできているだろう。
どちらが先に攻撃を仕掛けるかなどということは関係ない。攻撃が仕掛けられた時点で、お互いがお互いを滅ぼすまで終わらない泥沼の戦争が始まる。
誰かが実力で止めなければならないときが来ている―――そしてメアリの言う通り、彼女の圧倒的な魔力をもってすれば、両軍の間に割って入ることも不可能ではないだろう。
しかし彼女を愛する人間としてそんなことを許すわけには……。
「国王陛下、僭越ながらご意見申し上げます」
事態を黙って注視していた国防大臣が、しわがれた声を上げた。
「……どうした? 聞かせてくれ」
「メアリ様の補助魔法の威力は、シュヴァルツェ王国との一戦において我が身をもって実感しております。メアリ様の力なくしては、この状況を打開することはできませんでしょう。陛下、お願い申し上げます。メアリ様は私と部下たちが命を懸けてお守りいたしますゆえ、我々に出陣のご命令を。戦争を回避したいのは陛下だけではございません。我々ノッドカーヌ王国軍も同じ思いであります。陛下が苦しんでおられるのを、我々が黙ってみているわけにはまいりません。陛下、何卒ご許可を!」
国防大臣は床に膝をつき、頭を地面に擦り付けんばかりの勢いでそう言った。
決意の時だった。
もはや誰も傷つけることなくすべてを終わらせることはできない段階に入っていた。
ノッドカーヌ王国はもちろん、ブラックレイ公国にもヤークト帝国にも被害を出さず、すべてを平和裏に解決する―――そんな理想は叶えられなかった。
思いだけでは駄目だということか、とピンファは呟き、口を開いた。
「あなたたちの考えはよく分かった。その上で命令を下す。国防大臣、ノッドカーヌ王国軍を率いヤークト、ブラックレイ両軍の軍事衝突に介入せよ。なんとしても彼らの正面衝突は避けなければならない。そしてメアリさん……それにはあなたの補助魔法が必要だ。力を貸してほしい」
「……ええ、もちろん」
メアリは頷いた。
「必ず生きて帰ってほしい。これは国王の命令です。……良いか、国防大臣。兵の生存が優先だ。我が軍に徹底させよ」
「承知いたしました。では、出陣の準備をいたします。出発は明朝。よろしいですね?」
「任せる。私は何としても会談を成功させる。では―――すべてが終わった後に、もう一度会いましょう」
夜の空には月が出ていた。
この月が沈み、もう一度昇ったときに世界がどうなっているのか―――それはまだ、誰にも分らなかった。
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