避けられぬ戦乱 その②
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「皇帝とブラックレイの大公の会談ですと?」
初めにメアリたちが向かったのは、旧シュヴァルツェ王国領地内に作られた、ヤークト帝国の総督府だった。
二人を迎えてくれたのは総督を務める初老の男性で、彼を見たメアリは、苦労人という印象を持った。
以前彼はヤークト帝国の外交関係の役職についており、その時にピンファと知り合ったのだという。
「はい。単刀直入に言います。私はヤークト帝国とブラックレイ公国の戦争を回避したいのです」
ピンファの言葉に、総督は白髪の頭を掻いた。
「いきなり私と面会をしたいなどとおっしゃるので何かあるとは思いましたが―――困りましたな。そのようなことを私に相談されても、お答えしかねますな」
「そこをどうにか。もうあなたしか頼る人がいないのです」
ピンファが深く頭を下げる。メアリもそれに倣って頭を下げた。
「……外交官時代、あなたにはずいぶん知恵を貸していただいた。ヤークト帝国の貿易ルートを拡大できたのは間違いなくあなたのおかげです。しかし……皇帝陛下とブラックレイ大公の会談ですか。実現できたとしても、それで戦争が止まるとは思えませんがね」
「このままでは多くの人が犠牲になります。ヤークト帝国もブラックレイ公国もただでは済まないでしょう。そして仮に決着がついたとしても、その後数十年は内乱が続きます。この戦争は――貿易立国である我が国の王としての立場から言わせていただくと、何の利益も生まない戦争なのですよ」
総督は険しい顔をして答える。
「利益はなくとも意味はある。表立った戦こそないものの、我が国とブラックレイは長年敵対関係にあった。いつかは正面衝突する宿命なのです。それを避けることは、問題を先送りすることに他ならない。現にこの総督府は有事の際、対ブラックレイの最前線基地として機能する手はずになっておるのです」
「ここを基地に?」
「もちろん。それはブラックレイとて同じことです。奴らは旧シュヴァルツェ王国の王都を基地として使用するでしょう。加えて奴らはシュヴァルツェ軍の主力をそのまま手に入れているのですからな。お互いにもう、止められないところまで来ているのですぞ」
やはりダメか――そうメアリが思ったとき、ピンファが次の言葉を発した。
「もし会談が実現しヤークト帝国とブラックレイ公国が不可侵協定を結ぶのであれば―――我々には、ヤークト帝国の復興を支援する用意があります」
総督の顔色が変わった。
「復興支援ですと?」
「旧シュヴァルツェ王国領への侵攻によりヤークト帝国も疲弊していると聞いています。であれば、帝国の復興のためには資金の面でも物資の面でも他国からの支援が必要でしょう。ノッドカーヌ王国にはその用意があるのです」
「な……」
「どうされます、総督。このお話を皇帝陛下のお耳に入れていただくことはできませんか?」
「むう……さすがはピンファ殿。良い情報網をお持ちだ」
唸りながら、総督は腕を組んだ。
そして顔中に刻まれた皴をさらに深くしながら考え込む。
それからどのくらい時間が経っただろうか。
耳が痛くなるような沈黙を破るように、総督が答えた。
「分かりました。このことを皇帝にお伝えしましょう」
「お心遣い、感謝いたします」
ピンファが再び頭を下げるのを見て、メアリもまた、慌てたように頭を下げた。
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「……ふう、緊張したねえ」
総督府の施設を出るとすぐ、ピンファは衣服の首元を緩めながら言った。
「さすがピンファ様です。私、途中でもうダメかと思ってしまいました」
「僕もですよ。まあ、思い付きでも何でも言ってみるもんですね」
「思い付き? ……まさか、さっきの復興支援のお話は」
メアリの言葉を遮るように、ピンファは悪戯が明るみに出た子供のような笑みを見せた。
「ええ、あのとき咄嗟に思いついたことです。さて困ったな。国に帰ったら大臣たちに相談してみないと」
「ピンファ様……」
「まあ、何も全部が全部口から出まかせってわけじゃあありませんよ。帝国を支援するのに十分な資源と資金は留保してあります。あの総督を窓口係にしてもらえれば、それほど面倒な話にはならないでしょう」
メアリは改めてピンファに尊敬の思いを抱いた。
ロービスも確かに策略家ではあったが、ピンファの知性はそういったものとは違う、何か爽やかなものを感じさせた。
「ピンファ様、とても頭の良いお方なのですね」
「いやいや滅相もない。あなたが隣にいてくれたからですよ、メアリさん」
「え?」
「あなたがいてくれると私も勇気が出ます。いつも以上にいい考えが浮かぶような気さえしているんですよ」
そういって微笑みかけるロービスの表情を見て、メアリは顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そんな……私はただ、お傍にいるだけです」
「それで充分です。さてメアリさん、まだブラックレイ公国との交渉が残っています。気は抜けませんよ」
「……ええ。行きましょう」
二人はお互いに頷きあうと、馬車へ乗り込んだ。
座席に座り、ピンファが御者に行き先を告げる。
「すまないが、次はブラックレイ公国の総督府へ向かってくれないか」
「承りました。……旧シュヴァルツェ王国王都、ということでよろしかったでしょうか」
シュヴァルツェ王国という言葉を聞き、ピンファは一瞬メアリの方を見た。
メアリが何も言わず頷くと、ピンファは再び御者へ顔を向けた。
「ああ。それで間違いないよ」
「では出発いたします」
御者が言い、馬車が動き出す。
メアリたち乗った馬車の後ろで、護衛のために近衛兵たちが乗っている馬車も動き始めた。
―――シュヴァルツェ王国、王都。
メアリは目を瞑り、彼の地へ思いを馳せた。
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