避けられぬ戦乱 その①
ヤークト帝国とブラックレイ公国との間の緊張状態はさらなる高まりを見せていた。
両大国が戦争になればその被害が甚大なものになるということは、誰にでも予想できた。
そしてその主な戦場となるのは、ヤークト帝国とブラックレイ公国のちょうど中間に位置する――かつてシュヴァルツェ王国と呼ばれた土地である可能性が高かった。
旧シュヴァルツェ王国は既に、王都だった場所をブラックレイ公国に、そして西方の領土をヤークト帝国に占領されている。
あとはほんの僅かなきっかけさえあれば、ヤークトとブラックレイの戦争は始まってしまい、双方の陣営はシュヴァルツェ王国跡地を最前線基地として利用するだろう。
いくら追放された身とはいえ、メアリは自分の母国だった場所が戦火に焼き払われてしまう事態を避けたかった。
不安のあまり眠れないメアリは、身体を起こし、月明りに照らされる室内を眺めた。
平和なノッドカーヌ王国。しかし戦争が始まれば影響は多大なものになるだろう。
朗らかで親切な国民たちもその犠牲になる。
もちろんノッドカーヌだけの話ではない。戦争の当事者であるヤークト帝国とブラックレイ公国にも多大な被害が出るだろう。
何の罪もない人々が傷つき、死んでいく。
それがメアリには耐え難かった。
戦争を回避するために何かできることはないだろうか―――そう考え、そして結局何もできないという結論に至る。そんなことをもう何度も繰り返していた。
メアリは深く息を吐いて、ベッドから起き上がった。
夜風に当たれば少しは気も紛れるかと思ったからだ。
自室を出て中庭へ向かうと、そこには先客がいた。
「ピンファ様……?」
芝生の上に寝ころんでいたのは、ピンファだった。
「……おお、メアリさんか。どうしました?」
「それはこちらのセリフです。もうお休みかと思っていましたが」
「それがなかなか寝付けなくてね」
ピンファは顔をメアリの方へ向け、困ったように笑う。
メアリもその隣に腰を下ろした。
「ヤークト帝国とブラックレイ公国のことで悩んでらっしゃるのですか?」
「さすが。おっしゃる通りです。メアリさんに隠し事はできませんね。……ひょっとして、メアリさんも同じことで悩んでるんじゃないですか?」
「……ええ。戦争になれば多くの人が犠牲になる。それを考えると、とても眠れません」
「僕らは似た者夫婦ということですね」
くっくっく、とピンファは声を漏らすように笑った。
その目の下には濃い隈があり、彼の持つ雰囲気からも快活さが薄れているように感じられた。
「お互い、悩みは共有しあいましょう。私たちは夫婦なのですから」
メアリはピンファの頭を自分の膝に乗せた。
ピンファがメアリの瞳を見上げ、二人は見つめあうような形になった。
「しかし―――あなたに余計な心配をさせたくない。あなたにはいつも笑顔でいてほしい」
「私、ピンファ様と死ぬまでの時間を共にする覚悟はできています。ピンファ様が私を心配してくださるのと同じように、私もピンファ様を心配させてください。あなたの悩みが少しでも軽くなるのなら、それが何よりの幸せです」
ピンファは少しの間黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。では、メアリさんの考えを聞かせてください。僕の持つ人脈を駆使すれば、ブラックレイ公国とヤークト帝国を会談のテーブルにつかせることはできるでしょう。しかし今それをして、果たして戦争は止められるのか―――むしろそれをすることで、両国からノッドカーヌ王国が敵視される可能性だってある。それでも会談を行えるよう努力すべきなのか。あなたはどう考えますか?」
会談は行える。
しかしリスクもある。
どちらにせよ戦争を避けられないのであれば、わざわざそんなリスクを負う必要はない――。
「私は……私は、会談を行うべきだと思います。たとえ僅かでも戦争を回避することが出来るのなら。大勢の人々の犠牲を防ぐことが出来るのなら」
「―――メアリさんなら、そう言われると思いましたよ」
ピンファは立ち上がると、衣服についた芝を払った。
「ピンファ様……?」
「それじゃあ、できる限りのことをやってみるとしますかね」
背伸びをしながら、ピンファは言った。
「では、両国と会談をなさるのですね?」
「まずは貿易関係のルートを頼りにコンタクトをとってみましょう。最終的にはブラックレイ大公とヤークト皇帝を同じテーブルにつかせる。メアリさんの言う通り、ノッドカーヌ王国に限らず多くの人が犠牲になるかもしれないんだ。そんな最悪の事態は避けたいですから」
「私もお手伝いします、ピンファ様。私にできることならなんでも仰ってください」
「もちろん。僕ら夫婦の愛の力で世界に平和をもたらそうじゃないですか。わっはっは。では、おやすみ」
快活に笑いながら、ピンファは部屋に戻っていった。
ピンファに元気が戻ったようで、メアリは少し安心した。
同時に今まで忘れていた眠気に襲われ、彼女もまた自分の部屋に戻ったのだった。
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