故国へ その③
「『魔女』なんて呼び名、あまり……嬉しくはありませんけど」
「そりゃ悪かったな。俺はそういう異名をカッコイイと思うタイプなんでね。しかし……本当に髪も目も真っ黒なんだな」
言いつつ、ドルガは興味深そうに様々な角度からメアリを観察する。
「なんですか、失礼な人ですね……!」
「嫌か?」
「嫌です。コンプレックスなんです」
「恥ずかしがることはねえさ。ここまで黒い髪は初めて見た。特徴的で羨ましいねえ」
「馬鹿にしないでください。私、あなたのことが苦手です」
「誉め言葉のつもりだったんだが……女心は難しいな」
と、苦笑いを浮かべるドルガ。
微塵の威厳も感じられないその軽々しさに、メアリは困惑した。
「助けていただいたことには感謝します。ですが……どうして?」
「っつーと、あれか? かつて敵対していた旧シュヴァルツェ王国の人間をなぜ助けたのかって意味か? それとも――ブラックレイと同盟関係にあるノッドカーヌの人間をなぜ助けたのかって聞きたいのか?」
「……両方です」
なるほどな、とドルガは呟く。
「教えてやろう。俺はアンタを仲間に引き込むためにここへ来た。だからそれを邪魔する奴を蹴散らした。それだけだ」
「ということは、あなたも私を連れ去るつもりなんですか?」
「心配すんなよ。何も力づくでってわけじゃねえ。嫌がるヤツを無理やり従わせても面白くねえ。お前には、心の底から俺に共感し、協力してもらう必要がある」
「たぶん難しいと思います……」
「なんでだよ」
「人を『魔女』呼ばわりするような人とは、たぶん仲良くなれません……」
「価値観の違いってやつか。―――いいさ。正直なやつは嫌いじゃねえ。ま、俺に恩を感じてるっつーならもう少し気遣いってモノが欲しかったけどな」
遠くで誰かが兵士を呼ぶ声がした。
おそらく先ほどの銃声を聞きつけられたのだろう。
「逃げなくて良いのですか。そろそろ人が来ますよ」
「ご忠告感謝する。しかし、あんたが手を貸してくれればブラックレイとの決戦も有利に進められるんだがな」
「……やはりヤークト側も、ブラックレイ公国と戦う気なんですか」
「当然だろ」
「戦争は止められないのですか?」
「ブラックレイの連中が俺たちに降伏するならやめられるさ」
「…………」
メアリはアレサンドラの顔を思い浮かべた。
彼女がヤークト帝国に降伏する姿は、どうしても想像できなかった。
「確かにノッドカーヌ王国はブラックレイの同盟国だ。あんたの立場もあるだろう。だけどな、あんたの祖国、シュヴァルツェ王国を滅ぼしたのはブラックレイ公国―――アレサンドラ・ルーシュ・ブラックレイなんだぜ。復讐したいって気持ちはないのか?」
「―――私はピンファ・ノッドカーヌの婚約者です。私が復讐のために自分の力を使えば、きっと彼は悲しみます。ピンファ様を悲しませるようなことは、私にはできません」
「ふぅん、なるほどね」
メアリのその言葉を聞いてドルガは眉をピクリと動かした。
その飄々とした態度からは、落胆を感じられなかった。
「意志は固そうだな。ま、ブラックレイのクソ女が勧誘に失敗したって話も聞いてる。最初から大した期待はしちゃいなかったさ。あんたのこと、体に針金みたいな芯が通ってる女なんだろうなと思ってた」
「それ、なんか失礼じゃないですか?」
「誉め言葉のつもりで言ったんだがな。どうやらまた間違ったらしい。……安心しな。無理に攫ったりはしねえ――が」
「!」
重たい鉄の音を響かせながら、ドルガは右手に握ったままの拳銃をメアリの額へ向けた。
「味方にならないってことは敵だ。あんたみたいな強大な戦力は今のうちに削っとかねえとな」
「…………」
銃口を見つめたまま、メアリは眉一つ動かさなかった。
反対に、ドルガは奇妙なものを見るような表情を浮かべた。
「おいおい、当たったら死んじゃうんだぜ? 怖くないのか?」
「もちろん怖いです。しかし、これでも幾度となく戦場を経験した身です。死ぬ覚悟はできています。……ピンファ様にお別れが出来ないのが、少し残念ですが」
「へえ、いいね、惚れ惚れする度胸だ。ぜひとも仲間に加えたかった……なっ!」
そう言い切るのと同時にドルガはトリガーを引く。
その瞬間メアリは、彼女の中にドルガの心情が流れ込んできたような錯覚をした。
―――殺意や敵意のない、むしろ友愛を感じられる情をメアリが認知したのと同時に、金属が引っかかるような音が聞こえた。
弾丸は――――出なかった。
その光景に、真っ先にドルガ自身が笑い出す。
「はっ、弾切れとはな。いいね。あんた、勝利の女神に味方されてるぜ」
「……まだ一発しか撃ってないのに、弾切れですか?」
「もしくは弾詰まりだな。このサイズの拳銃はまだ試作段階だ。装弾数も大したことねえんだよ。……用心しな、あんた。次はこうは行かねえ」
拳銃を懐にしまい込みながら、ドルガは言った。
「……本当は私を殺す気が無かったんでしょう?」
「なぜわかる?」
「い、いえ……そんな気がしたんです」
ふん、とドルガは息を漏らすように笑った。
「さあね。どうだかな」
ドルガが不敵な笑みを浮かべた瞬間、兵士の声がメアリたちのいる路地に飛び込んできた。
「――メアリ様! メアリ様!」
「おっと、時間か。しょうがねえ、俺はもう行くぜ。じゃあな」
颯爽と駆け出すドルガ。その向こうに、ヤークト人らしき数名の姿が見えた。
おそらく彼の部下だろう。
「あの……皇帝陛下」
思わずメアリはドルガを呼び止めていた。
立ち止り、ドルガが振り返る。
「なんだ? 一緒に来る気になったか?」
「もう一度お訊きします。ブラックレイ公国との戦争は止められないのですか?」
「無理だな。俺はブラックレイが幅を利かせる世界で生きたいとは思わねえし、そもそも俺たちは戦争のために生きる一族なんだよ。止めるわけにはいかねえ」
「そんな……」
「どうしても止めたいなら必死に足掻いてみりゃいい。成果が得られるとは限らねえけどよ」
「…………」
「安心しな。シュヴァルツェ王国内の領土争いはそう長く続かねえよ」
「なぜそう言い切れるのです?」
メアリの問いにドルガは歯をむき出しにして笑う。
「俺たちヤークトが、そいつら全部いただいちまうからさ。……今度こそお別れだ。お互い、運が良けりゃ生き残れるだろう」
後ろ手を振りながら去っていくドルガ。
ブラックレイとヤークトの衝突は、もはや避けられないところまで来ている。
しかしそれでも、戦争を避ける方法はあるはず。それは見つけなければ―――ドルガの後ろ姿を見つめながら、メアリは思った。
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