望まぬ訪問者 その③
「本題に入る前にひとつお聞かせ願いたい。ブラックレイ大公のご容態はいかがですか?」
ピンファが訊くと、アレサンドラは残念そうに首を横に振った。
「もう長くはないと、お医者様は言っておられますわ。本当に悲しいことではありますけれど……」
「そうですか。確か、大公のご病気は肺の疾患でしたね? 我が国は優れた医術を持つ国とも取引を行っております。もしご助力できることがありましたら、何なりと仰ってください」
「お心遣い感謝いたしますわ、ピンファ様」
「ちなみに現在、お薬は何を?」
「リファンの葉を調合したものを主に」
ピンファが眉を顰める。
「……大公は確か、肝臓にも持病があられると聞いています。リファンを使った薬品はそういった方に使用すると持病の悪化を招くのでは?」
アレサンドラの微笑みが引き攣った。
が、彼女はすぐに元の表情に戻り、首を傾げた。
「……さあ? 私は薬剤師ではありませんので詳しくは分かりませんわ」
メアリは、アレサンドラの目の奥に明確な殺意を感じた。
まさか大公の病気を悪化させるためにわざと――?
「この話はここまでにしておきましょう。それでアレサンドラ様、メアリさんと何のお話をされていたのですか?」
「ナラシア大陸の状況と、援助のご依頼を」
「援助?」
「ええ。ヤークト帝国のことはピンファ様もご存じでしょう?」
「もちろんです。ブラックレイ公国に匹敵するといわれる西方の大国、ヤークト帝国。シュヴァルツェ王国の崩壊以降、怪しい動きをしていると聞いています」
「その通りですわ。ヤークト帝国は現在、旧シュヴァルツェ領内で新たに生まれた各勢力と交渉し、あるいは武力をもってそれらを支配下に収めつつあるのです。非常に危険な状況にあると、私たちは考えていますわ」
「ええ。多くの人々がその混乱の犠牲になっている。近日中に我々も現地へ向かい、支援活動を行う予定です。……先ほどアレサンドラ様がおっしゃった援助とは、そう言った類のお話でしょうか?」
「いいえ、人道的支援の話ではありませんわ。私がお願いしたいのは、来るべきヤークト帝国との決戦に備えた援助です」
「つまり、ブラックレイ公国はヤークト帝国と一戦交えるおつもりだということですか?」
「その通りです。そのために、メアリ様にご助力いただきたく思いますの」
ピンファは思案した。
愛するメアリを戦場へ出すわけにはいかない。
かといって同盟国からの申し出を無理に断ることもできない。
「今すぐお答えすることはできません。そもそも、メアリさんの魔法は彼女の身体に大きな負担を強いるのです。僕は彼女の婚約者として、それを許すわけにはいきません」
「それは承知の上ですわ。ですから、メアリ様の力は必要な時にだけお借りします。できるだけメアリ様が無理をせずに済むようにね」
「しかし、そもそもヤークト帝国との決戦など……」
「世界平和のために必要なことなのですわ。そしてブラックレイ公国の勝利にはメアリ様の力が欠かせない。だからその力を貸してほしい。私はそう申し上げているのですよ、ピンファ様。本来であれば多くの犠牲が生まれる決戦でも、メアリ様ひとりに少し我慢いただければ、それだけの犠牲で決着がつく」
「それは理屈です、アレサンドラ様」
「しかし正しいものの見方ではなくて、ピンファ王?」
応接間に沈黙が訪れた。
それからどれくらいの時間が流れただろうか。
耳が痛くなるほどの静寂を破ったのは、アレサンドラだった。
「これ以上粘っても結論は出そうにありませんわね。本日はこの辺りで失礼させていただきますわ。お邪魔いたしました、お二人とも」
「お帰りですか?」
「ええ。こんなときでなければこの平和な王国を見て回りたいところですけれど、私の留守中にヤークトの野蛮人が攻めてこないとも限りませんから。では、メアリ様の件、良いお返事を期待しておりますわ」
そう言ってアレサンドラはソファから立ち上がり軽く一礼すると、そのまま部屋を出て行った。
「……あの」
アレサンドラがいなくなったことでようやく平静さを取り戻したメアリは、呼吸を整えながらゆっくりと口を開いた。
「ありがとうございました、ピンファ様」
「いえ、本来であれば国王である私が応対しなければならなかった方です。こちらこそ遅れてしまい申し訳なかった。怖い思いをさせてしまいましたね」
「いえ、ピンファ様が来てくださいましたから……」
そういってピンファを見上げようとしたメアリは、ピンファの手が未だに自分の手に重ねられていること気が付いた。
一瞬遅れて、ピンファの視線がそちらを向く。
「あっ、す、すみません! アレサンドラ様の言葉に参っていた様子だったので少しでも勇気づけられればと思い……すぐ離れますから!」
「ま、待ってください!」
慌てて距離を取ろうとしたピンファの手を、メアリは再度握りなおした。
他に誰もいない二人だけの空間で、メアリはピンファの肩に頭を乗せ、身体を彼に預けた。
「メアリさん……もう少し、このままでいましょうか?」
彼女の気持ちを推し量るように、ピンファが尋ねる。
メアリは頷き、小さな声で答えた。
「はい、私――まだ、このままでいたいです」
彼女の体温を肌で感じる一方で、ピンファは自らの心が不安で埋め尽くされていくような気持ちだった。
アレサンドラの話が本当ならは、ブラックレイ公国は既にヤークト帝国との決戦の準備を進めている。
二つの大国が衝突することは、既に避けられない状況なのだ。
もしそれが現実になれば―――戦火はその二国だけに留まらず、多くの犠牲者が生まれるだろう。
もちろんノッドカーヌ王国も例外ではない。
こうした状況下で、自分は国王としてどう動くべきなのか……メアリの黒髪を見つめながら、ピンファは苦しげに奥歯を噛みしめた。
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