望まぬ訪問者 その②
アレサンドラの表情が固まる。
しかし彼女は冷静な声音で答えた。
「あのままシュヴァルツェ王国を放置していれば、滅ぼされていたのはノッドカーヌ王国の方だったかもしれませんわよ? それだけじゃないわ。ロービスの計画はノッドカーヌを占領し資源を確保したうえでヤークト帝国に侵攻することだった。そんなことになれば世界は今以上に混乱していたはずですわ」
「だからと言って、他国を滅ぼすなんて……」
「それを言う資格が、あなたにはあるのかしら?」
「……え」
メアリはアレサンドラの視線を真正面から受けた。
澄んだブルーの瞳が、彼女を見据えていた。
目を逸らしたくても逸らせない、そんな威圧感を持った瞳―――。
「シュヴァルツェ王国の軍隊に人知を超えた力を授けいくつもの国を滅ぼしてきたのはほかでもないあなたでしょう―――メアリ様」
違います、などということは口が裂けても言えなかった。
シュヴァルツェ王国の軍隊は剣の一振りで相手の身体を切り裂き、彼らが通った後には原型さえとどめない血肉の塊だけが残されている―――そんな光景を、メアリは何度となく目にしてきた。
遠くで聞こえる怒声や悲鳴に耳を塞ぎ、自らの汗と涙に塗れながら補助魔法を唱え続けたあの日々が、唐突にメアリの脳裏を駆け巡った。
「あなたは愚かにも、ロービスに言われるまま力を振るった。その結果シュヴァルツェ王国はいたずらに戦地を拡大し、どれだけの犠牲を出したか分からない」
「わ、私はただ、少しでもシュヴァルツェ軍のみなさんが無事に済むようにと思って……」
「味方が傷つかなければ、敵は死んでもいいと?」
「違います!」
思わず声を荒げるメアリ。
アレサンドラは再び紅茶に口をつけた。
「違いませんわ、メアリ様。貴方がいたからシュヴァルツェは戦いを続けられた。あなたがいたからシュヴァルツェはあそこまで強大になった。そして、あなたのせいで、他の国々は蹂躙された」
「違う、私はただ……」
メアリは焦点の定まらない目で弁解をしようとする。
しかしまったく頭が回らず、言葉が出てこない。
メアリは自分が何人もの命を奪ってきたという事実を――誰よりも理解していた。
戦闘に参加したくはない。だが、ロービスは自分を戦闘に参加させるために婚約したのだ。彼の命令に従わないわけにはいかなかった。
だから、ごめんなさい。
戦場で魔法を扱う際、メアリはいつも胸の内でそう繰り返していた。
初めて戦場に駆り出されたあの日からずっと、メアリの心を蝕んでいた想い。
それを見透かしているかのように、アレサンドラは口を開く。
「私がどんなに策を弄してもせいぜいシュヴァルツェ一国を陥落させるのが精いっぱい。しかしあなたはその何倍もの国を、そしてその国々の民を滅ぼしてきた。それが世界にどんな影響を与えるのかも考えずに」
「そうしなければロービス様が……!」
「愚か者が愚かにも愚かな力を手にしてしまった。あなたの力は本来、正しく使われるべきだったのですわ。ですから、私があなたの力を使ってさしあげます」
アレサンドラは優しい声色で言う。
その微笑みにメアリは安心を覚えた―――瞬間、頭の奥の理性が叫んだ。
この少女の笑みを信じてはいけないと。
「私に何をさせようというのですか……?」
「ヤークト帝国との決戦が迫っています。あなたにはブラックレイ公国軍に帯同し、戦闘に協力していただきたいと思っていますわ」
「私はもう、戦いたくは……」
「これは平和のための戦いです。ですから、贖罪にもなりますのよ。あなたがこれまで蹂躙してきたすべての国々や人々に対する、ね」
「……あ、う……」
アレサンドラの言葉にメアリが圧し潰されそうになっているとき、応接間の扉が開かれた。
「―――それは違う!」
現れたのはピンファだった。
ピンファはそのまま言葉を続けた。
「彼女が戦場で力を振るわなければならなかったのは、それを強制した人間がいたからだ。僕もそうだ。僕はこの国を守るため、彼女に力を使わせてしまった。……メアリさんの力が世界に悪影響を及ぼしたというのなら、その責任は彼女を無理やり戦場へ連れ出した人間が取るべきだ」
アレサンドラは自然な――しかし作り物の笑顔をピンファに向ける。
「国王陛下ではありませんか。わざわざいらしてくださったんですね」
「ええ、ブラックレイ公国から大公代理様がお見えとあればお顔を拝見しないわけにはいきませんからね。メアリさん、隣、失礼しますね」
メアリの横に座ったピンファは、彼女の手に自分の手を重ねた。
「ピンファ様……」
「大丈夫です、あとのことは僕が」
アレサンドラによって精神的に追い込まれていたメアリだったが、ピンファの姿を見たことで少しだけ、心に余裕が生まれた。
「ごめんなさいね、ピンファ王。先に婚約者様とお話をさせていただいておりましたの。彼女と私はシュヴァルツェ王国で一度お会いしたこともありますのよ」
「いやこちらこそ、お話が盛り上がっているときに割り込んでしまい申し訳ない。よければ僕も仲間に入れてもらえませんか?」
「ええ、どうぞ。ピンファ様にも関係のある話ですから」
にこやかな表情で言葉を交わすピンファとアレサンドラ。
しかしその裏でお互いの真意を探りあっているのが、傍らのメアリにはひしひしと伝わっていた。