望まぬ訪問者 その①
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メアリは胸中に生じる混乱と動揺を押し隠しながら、応接室へ向かった。
扉の前の従者が彼女を見つけ、耳打ちする。
「突然の訪問だったのです。ピンファ様もご存じありません」
「それで、どうして私なのでしょう……?」
「真意は不明です。しかし、アレサンドラ様が名指しでメアリ様を、と……」
「分かりました。私がご対応します」
「何かありましたらお呼びください」
「ありがとうございます」
「では」
従者がドアを開ける。
その向こうに見えたソファには深紅の鮮やかなドレスを纏った、金髪碧眼の少女が座っていた。
「ごきげんいかがかしら、メアリ様」
「……!」
「アレサンドラ・ルーシュ・ブラックレイですわ。お久しぶりですわね。覚えてらっしゃいますか、私のこと」
忘れるはずがない。
シュヴァルツェ王国崩壊のきっかけとなった少女。
いうなればそれは――メアリとはまた異なるタイプの『魔女』。
その彼女が、今、メアリの目の前で、優雅な仕草で紅茶の入ったカップに口をつけていた。
祖国を滅ぼされた怒りや憎しみ――アレサンドラの立ち振る舞いから感じられる気品――彼女がメアリに対して浮かべる親しげな微笑み。
様々な感情が入り混じる中、メアリはゆっくりと彼女の対面のソファに座り――口を開いた。
「……ええ、よく覚えています。本日はどうしてこちらへ?」
「ブラックレイ公国とノッドカーヌ王国は古くからの同盟国ですのよ。同盟相手の国王が婚約者を迎えられたというのなら、ご挨拶に伺うのが筋ではなくて?」
「それは、そうでしょうけど……」
「あら、納得いかないという表情をされてますわね? これでも大公代理の業務の合間を縫って、最優先で駆け付けたつもりだったのですけれど」
「大公代理……そういえば、以前もそう名乗っていらっしゃいましたね」
「ええ。実は、随分前から叔父様は体調を崩しておりますの。だから現在は私が大公の代理を務めているのです。ほら、この間ブラックレイ公国から文書を送ったでしょう? あれも私が送ったものですのよ」
「あれを、アレサンドラ様が……」
ブラックレイ公国がシュヴァルツェ王国を陥落させたときの、盟友国の平和を脅かす存在を成敗した、という内容の文書だ。
「ノッドカーヌ王国は我が国にとって重要な同盟相手。シュヴァルツェ王国に滅ぼされる前に守ることが出来て本当に良かったですわ。本当はノッドカーヌ側にもう少し被害が出るかと思っていましたけれど、あなたの補助魔法のおかげでそれも無かった。お礼を申し上げなければなりませんわね」
「……いえ、私はピンファ様に恩を返しただけですから」
答えつつ、メアリはアレサンドラの言葉に違和感を覚えていた。
まるでシュヴァルツェ王国の侵攻はアレサンドラが自ら指示したと言わんばかりの口ぶり。
メアリは慎重に口を開き、尋ねた。
「アレサンドラ様、お聞きしたいことがあるのですが」
「何かしら? 私にお答えできることならなんでもどうぞ」
「……あなたがシュヴァルツェ王国に来られたのは、大公のご指示ですか?」
くすっ、とアレサンドラが笑う。
「違いますわ。全部私の意志。私の計画。外交担当として武器の買い手を探しているなんて口実でしたけど、それも嘘。もっとも、ロービス将軍は全く気づいていないようでしたけれど」
「……!」
メアリは言葉を失った。
彼女はブラックレイ大公の指示でシュヴァルツェ王国に送り込まれ、内通者としてシュヴァルツェ崩壊の一因を作ったのだと考えていたが――違ったのだ。
一因ではなく、原因そのもの。
もはや元凶と呼ぶべきその姿はまるで凍える冷気を放っているかのように、メアリの瞳に映った。
「それはそれとして、ひとつ提案がありますの」
「提案?」
「ええ。これは同盟国としての提案ですわ。あなたの力を、ブラックレイ公国のために使っていただけないかしら?」
「私の力を……?」
「そう。あなたの補助魔法は素晴らしいわ。あなたの力がなければシュヴァルツェ王国の侵攻があれだけの成果を出すことはなかった。ブラックレイ公国の武器とあなたの補助魔法があれば、世界を統一することだって可能なはずですわ」
「世界を統一……? どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味ですわよ。シュヴァルツェ王国の崩壊で、世界は―――少なくともナラシア大陸の国家群は混迷を極めている。この混乱を収拾させるには強力な武力を持った存在による実力行使しかない。私はそう考えています」
「その強力な武力を持った存在というのが、ブラックレイ公国だと仰りたいのですか?」
アレサンドラは頷いた。
「メアリ様の言われる通りですわ。世界がブラックレイの名の元でひとつになれば、私はその世界を争いのない平和な世界として持続させていくことができる。民衆の飢えや病気、ありとあらゆる不安を取り除いた理想国家を創り上げる。それが私の望み―――野望と言っても良いわ。そのために、あなたにも協力してほしい」
子供のように目を輝かせながら、アレサンドラは言う。
先ほどまでの冷たい雰囲気とは真逆のその表情にメアリは混乱した――が、そんな中で、ようやく言葉を見つけた。
「その理想のために、シュヴァルツェ王国は滅びなければならなかったのですか?」
「……!」