混乱する世界 その①
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シュヴァルツェ王国の崩壊から一週間が過ぎた。
歴史上からあえなく消え去った彼の国の領土内では、様々な勢力が独立のため、戦いの準備を進めていた。
側近の部下からその報告を聞いて不穏な笑みを浮かべるのは──燃えるような赤い髪をした青年だった。
ヤークト帝国の皇帝、ドルガ・ヤークトである。
「ドルガ様、シュヴァルツェ王国での内紛は現時点ではまだ小競り合いですが、いずれは独立戦争に発展するかと」
「当然だ。シュヴァルツェは近くの国を手当たり次第に侵攻して取り込んでたんだからな。飼い主がいなくなりゃ、みんな自由を求めて暴れ出すさ」
「戦が増えれば、我々の国も武器などの輸出で潤うというものです」
「アホか。俺たち以上に儲かるのはブラックレイの連中だ。向こうは超大手の武器商人だぞ。どいつもこいつも綺麗に踊らされてやがる」
「ではこれらはすべて、ブラックレイの計画通り、というわけですか?」
「だろうな。……しかし思いもしないことが起こるもんだな。シュヴァルツェの相手をしないで済んだのはいいが、まさか潰されちまうとは。あいつらがもっとブラックレイの戦力を削ってくれてりゃあな。それでどっちも疲弊すりゃ俺たちの一人勝ちだったのによ」
ドルガは面倒くさそうに頭を抱え、髪をクシャクシャとかき乱す。
しかし、その悲観的な言葉とは裏腹に、彼の表情は楽しげだった。
「ま、なんでも希望通りにいったらつまらねえもんな。いいさ、面白くなってきたじゃねえか。シュヴァルツェが崩壊したのなら、あとはブラックレイを潰せばいいだけの話だ。目的が元に戻っただけのことさ」
「ですが、ブラックレイの国力は依然として健在です」
「だったらその国力とやらをこっちが超えりゃいいだけの話よ。俺たちはそのために軍備を整えてきたんだ。そうだろ?」
「……ついに動かれるということですな?」
「ああ、今のシュヴァルツェ王国領には色んな思惑を持った勢力がいる。シュヴァルツェから解放されて清々した奴。持ち主のいないシュヴァルツェ領を手中に収めようとしている奴。そして、祖国を滅ぼしたブラックレイに復讐したいと思っている奴」
ドルガは指を一本ずつ立てながら続ける。
「そういう奴らが次の覇者になろうと立ち上がりつつある。そいつらをウチが取り込めば戦力の増強になるぜ。行動は早い方がいい。明日には出発するぞ」
「はっ。幹部各員に伝えておきます」
「さて、忙しくなるな―――に、してもだ。一回聞いただけじゃどうも受け止めきれねえな。まさか、シュヴァルツェ王国が滅亡なんてよ」
と、そこで言葉を切ったドルガは玉座に深く座り直し、おどけるような口調で言った。
「報告を聞いたときは驚いたぜ。ノッドカーヌなんて弱小国家に手こずっている隙を衝かれてブラックレイに潰された? おいおい、なんだそりゃ。俺はてっきり、シュヴァルツェ嫌いな作家が書いた伝記でも読み上げられたのかと思ったぜ」
「い、いえ、報告はすべて確かな情報です」
「あの黒髪の魔女はどうした? 補助魔法使いのあの女がいりゃ、ノッドカーヌなんて一瞬で攻め落とされるはずだろ」
「そちらはまだ確実な情報ではなかったので報告は控えましたが……どうやら、メアリ・ドリッシュはノッドカーヌ側に協力していたそうで……今はそのまま、ノッドカーヌ王国に滞在しているようです」
ドルガは眉を潜めた。
「はぁ? 鞍替えにしては随分な博打だな。……ああ、そういやシュヴァルツェ王国のロービス将軍はブラックレイのとこのお嬢様と婚約したんだったか。ってことは、愛想つかされて逃げられたか、追い出されたか。俺の見立てでは後者だな」
「ロービス将軍は大層な戦略家と聞いております。そんな彼が、軍の要であるメアリ・ドリッシュを追い出すことなどあるのでしょうか?」
「どうかな? ロービスが本当に必要だと感じている女なら、紐に繋いででも近くに置いとくだろ。逃げられるようなヘマをやるような男じゃねえ。となれば、ロービス自らがあの女を追い出したと考えるのが自然……そうは思わないか?」
試すような口調で、ドルガは側近に尋ねた。
側近は深くうなずきながら、
「なるほど。さすがの洞察力にございます。感服いたしました」
「……ま、どちらにせよロービスが間抜けなことに変わりはないだろうがな。稀代の魔力を持った女だ、生かしておけば敵対勢力に利用されることだって考えられる。俺なら息の根をとめておくね」
「まさに今回の件ではないですか。ドルガ様の用心深さにはつくづく驚嘆いたします」
「あのな、心にもないことを言うのはやめろ。俺を褒めても昇進はさせねえぞ」
「いえ、本心でございます」
「そうかい。ありがたいことだねぇ……」言いつつ、ドルガは思案するように窓の外を眺めた。「じゃ、そんなお前にチャンスをやるよ。あの魔女の情報を集めてこい。本当にノッドカーヌにいるのなら、あいつが国外に出るタイミングを探れ」
「暗殺するのですか?」
「バカ言え。大した戦力もなかったシュヴァルツェ王国軍が俺のヤークト帝国まで迫る原動力になった女だぞ。殺すには惜しいな」
「では、攫いますか」
ドルガは人差し指を振った。
「仮にもお嬢様だぜ? そんな物騒なことはしないさ」
「であれば、どうなさるおつもりで?」
「我が軍に勧誘してみるのはどうだ? 人間ってのは攫って脅して言うことを聞かせられるような単純なモノじゃねえ」
「承知いたしました。では早速ノッドカーヌ王国に遣いを出しましょう」
待て待て、とドルガは側近に首を振った。
「俺が直接会いに行く。一度見てみたかったんだ――魔女ってやつを」
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