将軍の死
◆◇◆◇◆
シュヴァルツェ王国のロービス将軍は、国土防衛のために現れたノッドカーヌ王国の軍隊を見て、勝利を確信した。
彼我戦力差は圧倒的にシュヴァルツェ王国が優勢だった。
加えて、ノッドカーヌ王国の軍隊が旧式の弓矢や槍で武装しているのに対し、こちらはブラックレイ公国から供給された最新鋭の銃火器が配備されているのだ。
負けるわけがなかった。
「新型装備の練習相手くらいにはなってくれないと困るな……」
口元に薄い笑みを浮かべながら、ロービスは呟いた。
ノッドカーヌ王国は木材や貴重な金属類のみならず、穀物の生産量や燃料類の埋蔵量も豊富な資源大国であった。
そして、それら資源の売買によって貿易ルートを巧みに構築し、独立を守っている貿易立国でもあった。
ロービスにとって、大した軍隊も持たないノッドカーヌ王国は軟弱者の集まりにしか見えなかった。
ノッドカーヌ王国を征服できればそれらの資源や貿易ルートもシュヴァルツェ王国のものになる。なぜ侵攻しないのかと、ロービスは常々不満に思っていたのだ。
そうした不満と、ヤークト帝国との決戦を前に最新鋭の銃火器を試しておきたいという欲求が、ロービスにノッドカーヌ王国への侵攻を決意させた。
最新の銃火器はノッドカーヌの軟弱者どもを蹂躙するだろう。ノッドカーヌ王国を制圧し豊かな資源を手に入れれば、より盤石な形でヤークト帝国へ侵攻できる。
全てが自分の思い通りに動いている―――ロービスはこの上ない満足感を覚えながら、布陣の最奥に位置する本陣から全軍に指示を出した。
「全軍、配置につけ」
百戦錬磨のシュヴァルツェ王国軍が統率の取れた歩みで進軍を開始する。
迎え撃つのはノッドカーヌ王国の、貧弱な武装をした僅かな兵士たち。
最新の無線機で、兵士の配置が完了したという報告が入った。
ロービスは、幼いころに新しいおもちゃを買ってもらったときの気持ちを思い出しながら、言った。
「攻撃開始」
一直線に並んだシュヴァルツェ王国軍の隊列の最前線で、兵士たちが一斉に銃撃を開始した。
これでノッドカーヌ王国の軍隊は壊滅。何と楽な勝利だろうか―――ロービスが得意になった瞬間、信じられない報告が入った。
『ロービス将軍、奴ら、銃が効きません!』
「……何をバカなことを言っている。銃撃をやめるな。奴らを一網打尽にしろ」
ロービスは本陣から双眼鏡で戦場の前線を確認した。
銃撃は止まない。
しかし、ノッドカーヌ王国の兵士たちが倒れている様子も確認できない。
「何だ……?」
ロービスが疑問に思ったとき、ノッドカーヌ王国軍に動きがあった。
最前列の槍兵が突撃をかけてきたのだ。
「わざわざ死にに来たのか? ふん、迎え撃て!」
再び銃撃が始まる。
しかし、槍兵の突撃は止まらなかった。
そして彼らの着た簡易的な鎧は銃を弾いているように見えた。
「なぜ止まらないんだ!」
ロービスが不満げに怒鳴るのと同時に、槍兵がシュヴァルツェ王国軍の前線に到達した。
―――――直後、槍兵たちから放たれた衝撃波がシュヴァルツェ王国軍の隊列を爆発四散させた。
「……は?」
思わずロービスは間抜けな声を漏らしていた。
が、将軍として動揺するわけにはいかない。
「馬を用意しろ! 将軍である私が直々に前線へ赴き、隊列を立て直してみせよう!」
「はっ!」
周囲の従者たちはすぐに、ロービスの愛馬を用意した。
ロービスは颯爽と馬にまたがると、近衛兵らと共に前線へ向かった。
ノッドカーヌ王国は槍兵に続き、歩兵が進軍してきたところだった。
歩兵の剣の一振りは、シュヴァルツェ王国軍の兵士を数十名、一度に薙ぎ払っていた。
なんだこれは、とロービスは自分の目を疑った。
これではまるでおとぎ話の世界だ――――と。
しかし一方で、ある少女の顔が脳裏に浮かんでいた。
それは髪も瞳も黒い、醜い娘―――。
いや、あんな娘の補助魔法より、人を効率よく殺すために作られた最新鋭の兵器の方が優れているに決まっている。
ロービスは首を振り、脳裏に浮かんだ少女の姿を払った。
「皆の者! 敵は少数だ! 隊列を立て直すのだ!」
しかし、ロービスの声は動揺する兵士たちの悲鳴にかき消されてしまった。
シュヴァルツェ王国軍の混乱はさらに広がって行き、ついには逃亡する兵さえ現れた。
「逃げるな! 戦え! 何のために貴様らに武器を与えていると思って――」
そのとき、ロービスは見た。
ノッドカーヌ王国軍の中心に立つ、一人の少女を。
「メアリ、貴様―――裏切ったなあああああ!」
彼女を追放したのは自分だということを忘れ、ロービスは叫んだ。
直後、ロービスは逃亡する兵士たちの波に飲み込まれ馬上から転がり落ち、そして全身を踏み抜かれ圧死した。
◆◇◆◇◆
敗走していくシュヴァルツェ王国軍の兵士たちを見ながら、ピンファは剣を鞘に納め、傍らに立つメアリに問いかけた。
「魔法の反動は大丈夫ですか、メアリさん」
「ええ。シュヴァルツェ王国軍全体に補助魔法をかけるのに比べればこのくらい、平気です」
額に汗を浮かべながら、メアリは微笑んだ。
そこへ、国防大臣が馬で駆け込んできた。
「国王陛下、新たな情報が入ってまいりました!」
「どうした!?」
「シュヴァルツェ王国の首都が陥落したとのことです!」
「何? どういうことだ?」
「はっ、ブラックレイ公国がシュヴァルツェ王国に侵攻し、首都の制圧に成功したと……。公国からノッドカーヌ王国へ文が届いております」
「読み上げてくれ」
「親愛なるピンファ国王、ノッドカーヌ王国の危機を知り、我が盟友国の平和を脅かす憎き相手を成敗した。我が国の武器が貴国に向けられたことを深くお詫びする。これからも貴国とは友好な関係を続けていきたい。……以上です」
国防大臣が読み上げる文書を聞き、メアリは気が付いた。
ブラックレイ公国は最初からシュヴァルツェ王国に攻め入るつもりだったのだ。だからこそアレサンドラという少女を内通者として送り込み、ロービスを篭絡し、偽りの同盟関係を築かせた―――。
メアリがピンファの方を見ると、ピンファは柔らかな微笑を浮かべ、言った。
「どんな謀略があったのかは、今は考えないでおきましょう。それよりも、この戦いで多くの人々が傷ついた。そして大地も荒れてしまった。シュヴァルツェ王国の敗北で国家間の情勢も変わるでしょう。私は国王として多くの課題に取り組まなければならない。……メアリさん、これからも私を支えてくださいますか」
メアリは深く頷き、答えた。
「……はい、ピンファ様」
この人の隣こそ私の居場所なのだと、メアリは思った。
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読んでいただきありがとうございます!
これで短編部分までが完結です!
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また、完結しました長編「冤罪で高校を退学させられた俺、大富豪の美少女令嬢に拾われ溺愛生活が幕を開ける。(https://ncode.syosetu.com/n9367ib/)」もお読みいただければと思います。
では次回の更新もお楽しみに!