王国の侵攻 その①
メアリはロービスとの一部始終を全て話した。
計算ずくの婚約だったこと。
醜いと言われ続けてきたこと。
用無しとなり婚約を破棄されたこと。
両親が亡くなり、ドリッシュ家も潰えたこと。
そして、ロービスには新たな婚約者がいること。
話を終えたメアリが顔を上げると、ピンファの目尻に光るものが見えた。
「あなたの身にそんな悲惨なことがあったのですか」
「え……ええ」
ピンファは乱暴な手つきで目元を拭い、言った。
「であればせめて、私の屋敷で心ゆくまでゆっくりとお過ごしください」
「い、いえ。そういうわけには……」
「何をおっしゃいます。あなたのような綺麗な方をろくに看病もせず送り返したとなればノッドカーヌ家の恥。どうしてもと言われるのなら、せめて体力が回復されるまでは」
綺麗な方、という言葉にメアリは顔が熱くなるのを感じた。
そんなことを言われたのは人生で初めてだったからだ。
「は……はい。では、お言葉に甘えさせていただきます、ピンファ様」
◆◇◆◇◆
それから数週間が経った。
メアリの体調は回復し、やせ細り蒼白だった頬にもいくらか赤みが戻っていた。
ある良く晴れた朝、ピンファがメアリの部屋にやって来た。
「メアリさん。良かったら私と外を歩きませんか?」
窓辺の椅子で読み物をしていたメアリは本から顔を上げ、ピンファを見た。
「私が……ピンファ様と?」
「あ、いや、もちろんメアリさんの具合が良ければです。無理にとは言いませんから!」
メアリの反応に、ピンファは誤魔化すように手を振った。
純粋な少年のようなその様子を目にしたメアリは、思わず声を漏らして笑っていた。
「……素直なお方ですのね、ピンファ様は」
「え?」
こうして笑うのはいつぶりだろうと思いつつ、メアリは本を椅子の上に置き立ち上がった。
「ぜひお散歩にご一緒させてください。私も外へ出てみたいと思っていたところだったのです」
「ほ、本当ですか! では、不肖ながらこのピンファがエスコートさせていただきましょう!」
そう言ってピンファは手を差し出した。
メアリは彼に歩み寄り、その手をとった。
「光栄です、ピンファ国王」
「そんな……こちらこそ光栄です、あのメアリ様と一緒に歩けるなんて」
王宮の廊下を抜け、広い庭へ。
そこでは色とりどりの花々が柔らかい日差しに照らされていた。
二人は、一番風通しがよく、そして温かい場所に並んで腰かけた。
何匹もの美しい蝶が花々の合間を飛び交うのを眺めながら、ピンファは呟いた。
「こうしてあなたと二人で時を過ごすことを夢見ていたんです」
「……え?」
メアリはピンファの顔を見上げた。
「シュヴァルツェ王国の王宮であなたをお見かけしたとき、あなたの美しい瞳と髪の色に見惚れてしまったのです。それからずっとあなたのことを想っていました。将軍の婚約者と知っていながら―――私は悪い人間です」
「いえ、そんなことはありません!」メアリは強く首を振った。「あなたは私を助けてくださったではないですか。私を優しく迎え入れてくださったし、いつも私のことを想いやってくださっていた。そんなあなたが悪い人間であるはずがありません!」
「メアリさん……」
「悪い人間というのなら私も同じです。あなたの優しさに甘えていつまでもノッドカーヌ王国から出て行こうとしない。ピンファ様のために何かをしているというわけでもないのに」
「それは違います、メアリさん。屋敷に居て欲しいとお願いしたのは私です。あなたが傍にいてくれることで私がどれだけ勇気づけられたことか。メアリさん、改めてお願いしたい。どうかいつまでも、私の傍にいてくれませんか。……この、ピンファ・ノッドカーヌの妃として」
ピンファはメアリの両手を握り、彼女の瞳を見つめた。
まっずぐなピンファの目を見つめ返し、メアリは小さく頷いた。
そのときだった。
軍服姿の初老の男性が、慌てた様子で庭に駆け込んできた。
「国王陛下! 大変でございます!」
「何事か、国防大臣!」
颯爽と立ち上がるピンファに、国防大臣が告げる。
「シュヴァルツェ王国が我が国へ侵攻してまいりました!」
◆◇◆◇◆