メアリ、令嬢の運命 その①
以前投稿した短編、「『お前のように怠け者で醜い女は必要ない』と婚約破棄されたので、これからは辺境の王子様をお支えすることにいたします。」の連載版です! 応援よろしくお願いします!
「矢を放て!」
シュヴァルツェ王国将軍、ロービス・シュヴァルツェの号令で弓兵たちが一斉に矢を放つ。
矢は相手国軍の最前列の兵士たちに襲い掛かり、戦場に血飛沫が舞い上がった。
ロービス将軍は高台に布陣した本陣から双眼鏡でその様子を目にし、口元に冷たい笑みを浮かべると、全軍に進軍の指示を出した。
彼の背後には首のない遺体があった。和平交渉のために相手国が送って来た伝令を、話も聞かずに斬り殺したのである。
ロービスの指示を受けて乱れのない足取りで歩を進めるシュヴァルツェ王国軍に対し、やや遅れて相手国側から矢が放たれた。
矢が勢いよくシュヴァルツェ王国軍に降り注ぐ―――が、彼らの身体は矢を弾き、進軍が緩むことはなかった。
「突撃しろ。完膚なきまでに叩きのめせ!」
ロービスが指示した通り、シュヴァルツェ王国軍の歩兵たちが動揺する相手国軍に突撃をかける。
敵国の兵士も剣を抜き応戦しようとするが、シュヴァルツェ王国の歩兵たちは敵の抵抗を意にも留めずに、剣の一振りで相手を鎧ごと粉砕していた。
戦況は一方的だった。
相手国軍の武器は何一つシュヴァルツェ王国軍に通用せず、そしてシュヴァルツェ王国軍の攻撃は一撃で数十人を葬った。
もはや虐殺ともいえるその光景を眺め、ロービスは声高らかに笑った。
「はははははっ! 圧倒的ではないか我が軍は!」
シュヴァルツェ王国軍の兵士たちは敵兵を一人残らず蹂躙していく。
相手国の軍隊が急激に数を減らしていくのを見て、ロービスは勝利を確信し、本陣の片隅に張られたテントへ向かった。
テントの入り口前には従者がいて、ロービスに気づくと深く頭を垂れた。
「……あの女はどうしている?」
ロービスの問いに、従者が答える。
「はい、中で補助魔法を……」
その答えを聞いて、ロービスは忌々し気に顔をしかめた。
「バカな女め。戦局が優勢なことくらい感じ取れんのか!」
語気を荒げながら、その勢いのままロービスはテントの入り口を覆っていた幕を開け放った。
中にいたのは、黒い髪と瞳が特徴的な、まだ十代程度に見える少女だった。
彼女はうつろな表情を浮かべながら、床に描いた魔法陣の中心で呪文を唱え続けていた。
ロービスは舌打ちするとテントの中に踏み入り、平手で少女の頬を打った。
少女の華奢な身体は床に叩きつけられる。
「メアリ! 補助魔法は必要ない! 我が軍の勝利は確定した!」
ロービスの怒鳴り声を浴びながら、少女は我に返ったように何度かまばたきをした。
「……もう、よろしいのですか?」
恐る恐る尋ねる少女を見て、ロービスはため息をついた。
「我が軍の勝利は確定したと言っただろう。もう補助魔法は必要ない。……見た目が醜いだけではなく頭の巡りも悪いようだな。まったく、お前が魔法を使えなければ婚約などしなかったものを」
「申し訳ありません……」
「だが、駒としての利用価値はある。今回の勝利で我がシュヴァルツェ王国は西方へさらに領土を拡大した。このままヤークト帝国との国境付近まで侵攻を続ける。お前にはこれまで以上に軍へ貢献してもらわねばならん。明日も明後日も戦は続くのだ」
「は……はい」
激しい眩暈に耐えながら、メアリと呼ばれた少女は頷いた。
「だからこそ余計な魔法は使うな。疲れを言い訳に手を抜かれては困るからな。……おい、この女の世話を頼む。明日の早朝、奇襲攻撃の際にもまた使う計画だ!」
ロービスがテントの外に呼びかけると、数人の従者がテントの中へ入ってきた。
「……ではメアリ様、こちらへ」
立ち上がらされたメアリは、足元をふらつかせながら従者たちに連れられ、テントを出た。
汗で衣服がベタついていた。
口の中は胃液のような味がした。
日差しが皮膚を焦がすようだった。
メアリは馬車に乗せられ、シュヴァルツェ軍が占領した近郊の町へと出発したのだった。
◆◇◆◇◆
メアリが生まれたドリッシュ家は代々、魔法を司る神官を務めてきた家系だった。
しかし、度重なる王宮内での権力闘争に敗れたドリッシュ家は没落寸前まで追い込まれていた。
神官の役職からも下され、『ドリッシュ』を名乗る家はひとつだけになっていた。
そんなとき、メアリが生まれた。
メアリが成長するにつれ、彼女が持つ膨大な魔力と優れた魔法の才能が明らかになった。
歴史ある神官の家系が没落していくのは忍びないと、国王は若くして将軍の座についたロービスに、メアリと婚約するよう打診した。
国王の打診通りロービスはメアリと婚約し、そしてメアリは婚約を受けたその日から、支援魔法で軍隊をサポートする役割を担わされた。
軍備増強のための婚約―――メアリは、ロービスから受けた婚約に愛情などひとかけらも含まれていなかったのだということを思い知らされた。
現に、ことあるごとにロービスはメアリに言い続けていた。お前に魔法の才能がなければ、お前のような醜い娘とは婚約しなかったと。
もしメアリが、シュヴァルツェ王国内で美しいとされている、金髪や碧眼のどちらかでも生まれ持っていれば、少しはロービスのメアリに対する態度は違っていたかもしれない。