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少し冷えた静かな夜。
黒い雲に覆われた空で星は見えない。
時刻は深夜2時をまわっている。
女子大生が真夜中に一人で歩くなんて本当はいけないのだろう。
そんな事を考えた時期もあった。
しかし実際に夜の世界に足を踏み入れてみると、危険な事など全く無かった。
寧ろ夜だからこそ感じられる雰囲気や匂い、景色が好きになった。
こうして眠れない夜などに散歩するのがわたしの趣味となった。
はぁーと白い息を吐いたわたしは、静まり返った住宅が並ぶ路地を歩いていた。
今日はずっと家でスマホをいじっていたせいか、恐ろしい程に目が冴えている。
液晶画面から放たれるブルーライトの刺激は恐ろしい。
とても眠れる気分にはなれなかった。
コツコツコツコツ……
静かな夜に私の足音が鳴り響く。
この辺りは昼間だと野良猫がたくさんいるが、今は一匹も見当たらない。
当たり前だけど夜は猫も寝るのか……
そんなことを考えていると、20mぐらい先に一人の酔っ払いがヨレヨレと歩いていた。
暗くて良く見えないが、スーツ姿の男性……のようにみえる。
少しだけ不安が過る。
勿論今までも夜道で男性とすれ違ったことは何度かある。
その度にある程度の警戒はしていた。
しかし結局何事も起こらないのだ。
今回もそうだろう。
コツコツコツコツ……
私は引き返す事もなく前へ進み続けた。
進み具合からすると、酔っ払いの男性はこちらに向かって歩いてきているようだった。
道路の道幅は車2台分ほどで私は左側を歩き、男性は右側を歩いている。
何も問題はないだろう。
コツコツコツコツ……
男性との距離が近くなってきた。
少しだけ緊張し、気が付けば早歩きになっていた。
辺りが静かだからか、自分の心臓が五月蠅く鼓動しているように感じた。
「ねぇーちゃん!」
道路の反対側から男性が声を掛けてきた。
表情には出さなかったものの突然の声掛けにとても驚く。
わたしの中で一気に緊張が高まった。
「……なんですか?」
やっとの思いで私は答えた。
この時、わたしの声は震えていたかもしれない。
「ねぇーちゃん、もし良かったら俺と一緒に飲みに行かにゃい?」
声をかけてきた男性は40代前半ぐらいだろうか。
スーツ姿のサラリーマン風のおじさんだった。
顔はよく見えないが、声の感じから察するに期待は出来そうにない。
「ごめんなさい。私、もう家に帰らないと。」
私はそう言いながら早々にその場を立ち去ろうと歩き始めた。
例え相手が酔っ払いのおじさんではなく、若いイケメンであっても無理だった。
知らない人と2人きりで飲みに行っても話す事なんて無いし、気まずいだけだろう。
そんなの面白くもなんともない。
何があろうと私は知らない人にはついていかない。
「ちぇっ!! 最近の若いもんはノリが悪ぃなぁー。」
酔っ払いは一人ぼやいていたが、わたしは無視して歩き続けた。
こういう風にたまに絡まれることもあるけれど、やっぱり夜は危険じゃない。
改めてそう思った。
「ねぇーちゃん、俺と一緒に飲みに行きょうよ?」
まだ言っているの?
わたしはしつこいなと思いながらも無視を続けた。
「本当かぇ? やったぁ!」
おじさんの喜ぶ声が背中越しに聞こえる。
ん?
わたしは気になって後ろを振り返る。
そこにはおじさんとー
ワンピース姿の女性が立っていた。
あれ?
わたしが歩いてきた道は長い直線の道だった。
その間、自分の足音以外は全く聞こえなかったので後ろにもう一人いた事に気付かなかった。
……おかしいなぁ。
疑問に思う。
「それじゃあ、どこの店行きゅ? 何が食べたうぃ?」
おじさんが上機嫌で女性に話しかけているが、女性は棒のように立ったまま微動だにしない。
女性は背が高く髪を腰のあたりまで伸ばしており、腕裾が付いていないワンピースは肌着のようだった。
とても冬場に出歩く格好では無い。
家出か何かかな……わたしはきっと訳アリなのだろうと勝手に推測した。
これ以上干渉するのは止めようと私は前へ向き直って歩き始めた。
おじさんと女性は何やら話していたが、わたしはもう離れていたので会話の内容が聞こえなかった。
ブブブブ……
スマホが振動する。
ロックを解除し中を開くと、友達がアップしたインスタの通知だった。
こんな時間にアップロードするなよ と思ったけれど、取り敢えず “いいね” をしておく。
SNSの ”いいね” に対した意味などない。
ただ確認したよという合図だった。
すると画面上部にニュースの通知が出てきた
【○○沢市、殺人事件!】
「あ、これ……この街じゃん。」
わたしは反射的に通知をタップしてニュースの詳細を開いてみた。
事件の内容は学校帰りの男子高校生が滅多刺しにされたというものだった。
特に酷いのが顔の部分で口に至っては鋭利なもので切断され耳まで裂けた状態だったそうだ。
「物騒な世の中だなぁ……。 事件が起きたのは昨日の18時、ってことは大体8時間ぐらい前か。」
スマホの画面を閉じポケットに戻す。
やっぱり今日はもう家に帰ろうかな。
こんな猟奇的なニュースをみたら流石に怖くなる。
本当はもっと長く散歩を楽しみたかったが、今日は少し先のコンビニで折り返す事に決めた。
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