出会いの朝-3
あの男は、早朝見かけた人物に違いない。エルザは家族に何も言わずに家を飛び出し、男の方へと走った。そう遠くにはいなかったが、普通に歩いていては見失ってしまう。
(ああ! 遂にこの時が来たのね!)
一瞬しか見えていないが、その顔をエルザは鮮明に覚えている。綺麗な白髪に筋の通った鼻。少し尖り気味の耳に細めの顔立ち。そして何より、ゴミでも見ているかのようなあの冷たい眼。なぜだか、その眼が何よりも気に入った。
よくもまあ、あの一瞬のうちにこれだけの情報量を頭に詰め込んだな、とエルザ自身も不思議に思うが、出来てしまったのだから仕方ない。
男の姿が見えてきた。背が高い。
エルザの中で男に対する好感度がグングン上がる。
村から少し外れた丘の辺りで、とうとう男に追いついた。
「あ、あの! 待ってください!」
「•••••••••?」
何も言わずに男は振り返った。その冷ややかな眼差しは、まるでエルザのことを睨んでいるかのようにも思える。
(——! ダメ! その目で見ないで!)
その視線を受け、何かに目覚めそうになるエルザだが、自分が男を呼び止めていたことを思い出し、我に返った。
「あの、ですね、お名前を伺っても?」
「•••なぜお前にそんなことを言う必要がある?」
「••••••。」
正論だ。返す言葉が見つからない。初対面の人間にいきなり名前を聞かれたら、普通はその人を怪しむだろう。
だが、ここで上手く返さなければ逃げられてしまう。
案の定、男はプイッと振り返って道を進み出した。
「あー! いやその、待ってください!!」
エルザは慌てて追いかけ、その腕をガシッと両手で掴んだ。
「•••何の真似だ?」
男の機嫌がますます悪くなっていくのが目に見えて分かる。しかしここで引いてはいけない。
「どうしても、どうしてものお願いです! どうか私の話を聞いてください!!」
エルザは勢いに任せ、その場で土下座をした。両親には申し訳ないが、この際服が汚れることなどどうでもいい。何を捨ててでも、この奇跡を逃してはならないのだ。
土下座をしながら、今度は足を掴む。そうしながら、もはや泣いているかのような声でお願いします、お願いします、と喚いた。
男からしたら恐怖でしかない。見ず知らずの女がいきなり現れ、土下座をし、自分の足を掴んで叫んでいるのだ。
だがエルザは男に何を思われてもいい。とりあえず話を聞いてくれれば、それでいいのだ。
しばらく男は沈黙を貫くが、観念したのか、ようやく口を開いた。
「••••••分かった、分かったから。とりあえずその手を離せ。」
「本当ですか!!」
エルザは即座に男の足を離し、正座する。その額は少しだけ土で汚れていた。
「で、では話を聞いてくださるのですね!?」
「•••あ、ああ。」
男は先程までよりももっと鋭い目つきでエルザを見る。その視線からは、すぐに逃げたい、という気持ちが伝わってくる。
しかしそんなことは意に介さず、エルザは話を続けた。
「•••ごほん。先程も尋ねましたが、まず貴方のお名前を教えて下さいますか?」
「••••••オルブライトだ。」
「オルブライト様ですね! 私、エルザって言います!!」
「•••そうか。」
「それでオルブライト様、見たところ旅をなさっているようですが、合っていますか?」
男—オルブライトは背に収まらないほどの大きな鞄を背負っている。自身が着ている純白のローブと同じ、白い鞄だ。何かの皮で出来ているように見える。
そんな荷物を背負っているということは、相当な距離を移動しているということだろう。短距離の移動ならば、そんなに沢山荷物はいらないのだから。
「•••まぁ、そんなところだ。」
「おお!」
エルザの望んでいた答えが返ってきた。これで話を上手く進めることができる。
エルザは嬉しさのあまり正座の状態から飛び上がった。その様子を見てオルブライトは一歩後退りした。
「なら、私も連れて行ってください!」
「•••••••••ん?」
「私も、連れて行ってください!!」
「••••••お前を連れていくことに、何のメリットがあるんだ?」
(—よし!)
良い流れだ。ここで自分を連れていくことの利点をアピール出来れば、オルブライトと共に旅をすることができる。そしてそのまま結婚して—。
そうするためにも、まずはエルザの魅力をアピールしなくてはならない。
エルザはいつかのために、と長年考えていた〝白馬の王子様悩殺プラン〟を実行するときが来たことを喜びながら、〝その1〟を発動する。
エルザは両肘を手で抱え込み、自らの豊かな胸を強調する。肩が寄せられることでより盛り上がったその胸を見て、平然としていられる男などいるはずもない。
そしてそのまま身をよじりながら、顔を赤らめてこう言うのだ。
「私の体を好きに使ってください•••。」
(どう!? この豊満な私の体の魅力にきっと••••••って、ん?)
男なら、少しは恥ずかしがって視線を逸らすとか、何も見ていないふりをするとかするはずだ。少なくとも、エルザの想像の中ではそうしてきた。
だがオルブライトはどうか。赤面することも、視線を逸らすこともせず無言を貫き、じっとエルザのことを見つめている。いや、睨みつけていると言った方が正しいかもしれない。
そんな態度をとられると、逆にこちらが恥ずかしくなってくるというものだ。
(•••おかしいわね、私のこの胸が男に効かないだなんて。ま、まあ、まだ別のプランはあるわ。焦っちゃダメよ、私。)
なぜか効果的ではなかった〝その1〟を諦め、〝その2〟に移行する。
〝その1〟のポーズを保ったままエルザは喋る。
「•••り、料理も得意なんですよ、私。」
〝その2〟は〝その1〟ほどの刺激はないが、それはそれで強力。家庭的であることのアピールだ。
オルブライトは見たところ1人で旅をしている。ということは、料理が出来る人間が1人でもいたら、野営などで役に立つはずだ。そして案外、料理が出来る女性というのは少ない。将来的にも、エルザを連れていく価値はあると言えよう。
その言葉を聞いてか、オルブライトの死んだ魚でも見るかのような瞳に光が宿った。
(え? 嘘でしょ? 私の体よりも料理が出来ることの方が価値があるっていうの?)
ショックを受けるエルザを横目に、オルブライトは何かを考えるような仕草をとる。
もう一押し何かがあれば押し切れそうだが、残念なことにエルザの〝白馬の王子様悩殺プラン〟は〝その2〟までしか用意されていない。そもそも、〝その1〟さえあればどんな男でも完封できると思っていたのだ。
〝その3〟が必要になる状況など、考えてすらいなかった。
万策尽きたエルザはオルブライトに満面の笑みを向け、神に祈った。
(お願いしますお願いしますお願いしますお願い—)
しばらくして、オルブライトが口を開いた。
「——だろう。」
「•••え?」
「いいだろう、連れて行ってやる。」
「•••••••••あ、ああ!!」
(ヤッタァ!!!!!!!)
最高にカッコイイ男との2人旅が約束された。これはつまり、そういうことだろう。完全勝利だ。
嬉しさのあまり、エルザはオルブライトに抱きつく。胸を押しつけておくことも忘れない。
「•••おい、離れろ。土臭い。」
「ご、ごめんなさい!」
エルザはしらばく土下座していたことを失念していた。即座に飛び退く。
「••••••連れていくと言ってもタダではない。」
「•••というと?」
「俺が役に立たないと判断したら、即座に捨てる。」
「そんなことでしたら!! 是非役に立ってみせます!!」
エルザは全力の笑顔で答えた。
「•••そ、そうか。•••もう行くが、来れるか?」
「あ、家族にこのことを伝えないといけないので、少しだけ、ここで待っていてもらえますか?」
「•••いいだろう。」
「ありがとうございます!!」
エルザは言い終えると同時、全力で家に向かって走り出した。
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