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病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで  作者: あだち
第七章 天敵求婚譚

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77 婚約者“みたいなもの” 後


「……かっこいいね」


 視線を下げた自分への言葉はきっと気遣いだ。強がりを見抜かれていることが情けなかった。

 

「かわいいの言い間違いだと、受け取っておきますわね」


「かっこいいよ。僕より、ずっと強くて、宮廷付き魔術師にふさわしい。……たとえ一度はそこを離れることになっても」


 限界だ。

 もうやめてと言おうと、フェリータはリカルドの方を見て――。


 そこで、嘘偽りなく、優しく微笑む幼馴染みの顔を目の当たりにした。


「腕がなまらないよう磨きをかけて、陛下の呼び出しを待つんだよ。この国には、強くて、気高い魔術師が必要だからね」


 君みたいな、と息だけで告げられる。

 滑らかな、そして自分のよりずっと大きな手のひらで目元を覆われる。ぬくもりに視界を遮られて、フェリータは自然と瞼を閉じた。


「……言われなくとも」


 恐怖は消えていたのに、声が震えた。張り詰めていたものが緩んだようだった。


 ――大丈夫。

 彼が断言するのだから、きっと。


 頭の奥で、いくつもの扉が開いていく感覚に陥る。

 そして突き当りで、何かの箱の蓋が閉じられる。静かに鍵をかけられて、それは泡がはじけるように消えていく。


 何か、体の内側を縛っていたものがほどけて溶けてなくなったような気がした。

 身の内に、説明しがたい寂しさが漂う。開放感よりも正体のわからない不安がじわじわと広がりかけたとき。


「大丈夫だよ」


 心を読んだかのようなタイミングであやされて、フェリータは少し笑った。


 ほら、おじい様。

 この人も、こう言ってるから。 


 そうして、目元の手が退くのを待つフェリータの耳に、リカルドの優しげな呪文が続いた。

 

「今度こそ、君は本当に、ちゃんと幸せになれるよ」


 まるで予言のような言葉とともに、頬をやわらかな羽毛が撫でた。

 ――魔術の成功を教える、羽毛が。


「……リカルド」


 フェリータの手が、術が成功してもなお目を覆い続ける男の手に触れる。


「わたくし、今までもずっと幸せでしたのよ」


 男の手に力が入った。フェリータの言葉に、緊張したように。

 しかしフェリータが退かそうとしても、手が動かない。リカルドの明確な意思の表れだ。

 けれど、フェリータはもう彼の意思に従順でいる必要はない。

 そんなことは、()()()()()()()()()()()、十分わかっているのだ。


「これからも、ずっと大切なお友達でしょ」


 ――だから、二つ目の暗示はいらない。

 解き放ちたいと思う彼と、巣立とうとする自分の気持ちがあるなら、誰かを思う感情を無理に消し去る必要はないはずだ。


 指の隙間から見つめる深紅の瞳が、揺れる翠玉とぶつかってそう告げる。

 先に目を逸らしたのは、リカルドの方だった。


「……そう」


 力なく諦めたような、けれどどこか安心したような声のあとで、ようやく手が下ろされた。


「危なかった。パパに頼まれてないことまで封じたら、今度こそ決闘ですわ」


 すまして言うと、リカルドはまた喉の奥で笑った。今度は揶揄されなかった。

 フェリータも、作った顔を少し緩ませる。


「ありがとう、リカルド」


 返ってきたのは、神様が丹精込めて作ったような、美しくて、優しい笑みだった。


 これが独占できるなら、他に何もいらないと思った日もあった。熱烈な恋だと勘違いした、子どもじみた欲だった。彼からお返しに向けられたのも、同じように子どもじみた甘えだった。


 (いびつ)でも、居心地はよかった。

 でも子ども部屋は、壊れたのだ。

 進まないといけない。


「もう行くの?」


 懐中時計をハンカチに包むそばから、投げかけられる問いかけ。

 無意識に自分を引き留めたがる彼と、それに応えたくなる自分を、そっと宥める。

 

「ええ」

 

 自分たちは変わらないといけない。

 でもずっと、一番大切な友達であることは、変わりないから。


 口には出さずに、フェリータは立ち上がった。

 そっか、と囁く彼の頬に、軽く唇で触れる。ネロリの香りが移るかもしれない距離は、すぐに離れた。


「お幸せに」


 彼からの至極シンプルで、ありきたりな言葉で、婚約者“みたいなもの”の関係が終わりを告げる。


「あなたこそ」


 背筋を伸ばした拍子に、チャリ、と胸元のロケットが音を鳴らした。

 それきり、振り返ることもなく、フェリータはバルコニーから立ち去った。






 ――向かいの空席を見つめる男の元に、小さな使い魔がやってきたのは、足音が遠ざかって間もなくの頃だった。



 ***



 呪獣が現れたという速報で、港はまた大混乱に陥った。

 何せ、ひと月前の騒動の爪痕はまだ色濃く残る。船着き場に並んだ沿岸警備隊も、まだ万全の状態に戻ってはいない。


 そんなわけで、獅子の頭に何十メートルものウミヘビの体を持つ化け物を前に、銃を構えた若い隊員たちの足は竦んでいた。

 怯える仲間の様子に、囮を決意した青年が一思いに隊列から飛び出そうとする。


 ――その肩を、背後から近づいていた手が掴み、後ろへ引く。下がって、と震えた声で叫ぶ別の隊員の声は波の音にかき消される。


「お退き」


 女の声は、人に遠慮することを知らないような、尊大な物言いだった。

 青年と代わって、最前線に躍り出たストロベリーブロンド。


「あっ、――」


 口を開きかけた青年を一顧だにせず、その意識は沖の怪物へとまっすぐ注がれている。

 そして、突如、呪獣のぬるりとした全身に海から生じた太い鎖が幾重にも巻き付いて、締め上げた。


 歓声を飲み込む咆哮が、港を襲う。

 だが女は動じず、閉じた日傘を肩の高さまで持ち上げた。たちまち、白い日傘はマスケット銃に変わる。

 銃声は、轟音と波音に消された。

 

 呪獣の口から、ひときわ大きな絶叫がほとばしる。

 弾は、獣の額の真ん中を穿った。小さな傷からさらに真っ赤な炎が噴き出して、ぬるついた体表を舐めるように広がっていく。

 のたうち回る呪獣が鎖に絡み取られたまま、全身を焼き尽くされるまで、ものの数十秒。


 怪物が灰になるのを見届けて、女は息を吐いた。


 それから元に戻った日傘で海面を叩き、いつかと同じようなイルカ型の使い魔を放つ。そしてようやく、青年とその背後の警備隊へと振り返った。


「怪我はない?」


 棒立ちのまま、青年はこくこくと頷く。


「ならいいわ。でも魔術師がそばにいないのに、飛び出してはだめ。ここの警備隊は命知らずが多いのね」


 あらためて日傘を開きながら話すその姿に、青年が意を決したように口を開く。


「きゅ、宮廷付き魔術師の、フェリータ様で、あられますよね」


「ええ、いかにも。何、担当地区違いだとでもおっしゃりたいの?」


 青年は、今度は激しく首を横に振る。日傘の下で、フェリータはいぶかしげにその様子を見つめた。

 内心の焦りを押し隠して。

 

(……何かしら、意外と全然大丈夫だと思ったのに、はたから見るとやっぱり前より弱くなってるのかしら!?)


 しかし青年は、ひっそりと冷や汗をかくフェリータを前に一度姿勢を正すと、ビシッと体を前に倒した。


「自分はひと月半前、この港で助けていただいた者です! 前回も、そして今日もまた命を救っていただき、お礼の申しようもございません!!」


 緊張にこわばった声があたりに響く。警備隊の平隊員たちが、青い顔の上官とともに固唾を飲んでその様子を見守っていた。

 一方“高慢で苛烈”と評判の女は目を丸くして、名も知らぬ男の後頭部を凝視していたが。


「……回復して、任務に戻れたのなら上々です。無茶は感心しませんが、この国には、お前のような勇敢な人間が何より必要ですからね」


 穏やかな言葉に、青年は顔を上げる。微笑むフェリータと目が合うと、彫像のように固まった。

 それを見て、フェリータはいたいけな庶民を怖がらせてしまったかもと危惧したが。


 そこで、背筋を悪寒が駆け抜けた。


「下がりなさい、もう一体――!!」


 フェリータが叫び、海へと振り向く。同時に、桟橋の目と鼻の先で、天まで届こうかという水柱が立った。

 水しぶきを雨のように降らせて、先ほどの呪獣によく似た怪物が現れた。獅子の大きな歯にはイルカの使い魔を挟み、禍々しい目で警備隊を見下ろしたとき――。


 唐突に、呪獣の動きが止まった。

 辺りに、夏とは思えない冷気が漂う。


「……凍ってる」


 警備兵の呟く通り、怪物は一瞬で氷に覆われていた。

 その口から、イルカが海へと落ちる。泳いでフェリータのもとに戻ってきて、咥えたものを桟橋に乗せてから、使い魔は消滅した。


 それが合図だったかのように、ぴし、と表面にヒビが入り、呪獣はガラガラと割れた氷の塊になって海へと落ちていった。

 唖然としていたフェリータは、氷の塊とイルカの置き土産を見つめたまま、ぼそりと呟いた。


「……いったい誰が?」


「地区担当者だが?」


 フェリータの背後に立つ青年の、さらに背後から割って入ってきた低い声。ふてぶてしさと機嫌の悪さを隠しもしないそれは聞き間違いようもない。

 

 振り返って、ひと月ぶりに見る顔は、声の通り不機嫌そうに目を細めて自分を見据えていた。

 敬礼をする青年とは逆に、心の準備ができていなかったフェリータは戸惑い、言うべき言葉を見失う。

 だから無意識のうちに、驚きがそのまま口から出た。


「あなた、いたのね」


 ――青い目の下瞼が、ぴく、と震えた。


「ええもちろん。待ち合わせ場所に来ない相手のことを、その家族に尋ねたら今日は誘拐犯とお茶してるって言われたもので、急いでその現場に行くところでした」


 慇懃無礼な答え方に、呆けていたフェリータは別の意味で固まり、そして一気にスイッチを切り替えた。


「――まぁっ、それはそれはご苦労様。わたくしは呪獣が現れたのに担当者がなかなか討伐に来ない現場に居合わせたもので、ついつい救いの手を差し出してしまったところですの。なにせ担当者の到着がおっそいもので!」


「来てましたよ。見覚えのある派手髪が前に出たから動き損ねただけで」


「あんなに大きな的なのに? 照準合わせに自信がないなら、後ろの皆さんと一緒に射撃訓練でもなさっては?」


「いや小さい的なので。色は派手で助かるんですがね」


「お前!!」


「あんなことがあったのに、軽はずみに前線に出るなんて根っからの馬鹿かよ」


 なんてことだ。

 死にかけてからひと月、ようやく顔を合わせたと思ったら馬鹿呼ばわり。

 まなじりを吊り上げて、フェリータはまだ余裕のある魔力を練り上げかけた。

 そこへ、見計らったように警備隊長が声をかける。


「お二方のご助力に感謝いたします! 何せあの嵐の怪我による欠員も多いもので。後処理もございますが、そのあとはぜひ隊舎で改めてお礼を」

 

 隊長は最初こそフェリータとロレンツィオへ交互に顔を向けていたが、途中からロレンツィオ一方に向けて話し始めた。男が防衛の地区担当だから交流があるのだろうとは想像がついたが、フェリータは直前の腹立たしさもあって対応の差が気に入らなかった。


 あからさまにむくれた顔で、視線を明後日の方に向けていたが。


「申し出はありがたいが、今日は遠慮させてほしい。病み上がりの彼女を、休ませないといけない」


 そう言って、男が上着をフェリータの肩にかけた。気が付けば、先ほど飛び出してきた呪獣の水しぶきを浴びて、フェリータは若干濡れていた。


「それに俺も今日はもう上がっているから失礼させてもらう。魔女の心臓は近場にいる別の宮廷付きに回収させるから、触らないように」


 そして流れるように腰を抱かれ日傘を取られ、戸惑っているうちに、歩くようにと背を押される。

 警備隊長の見送りの言葉を背中で聞きながら、どういう風の吹き回しだと男を見上げれば。


『心配させるな』と、口の形だけで囁かれた。


(あら)

 

 フェリータは目を見開いて、進行方向に顔を戻す。


 ――心配。

 何にだろう。リカルドと二人でいたことだろうか。それとも呪獣に一人で向かっていって魔術を使ったことだろうか。そもそも無断で待ち合わせに遅れたことだろうか。


 どれにしろ、心配して、あんなふてくされた態度になったらしい。


(あらあらあららら、この人あんがい心配性ですわね~~~~~~~~)


 にやける口元を扇で隠して、必死にすまし顔を取り繕う。しかし腰を引く強引な誘導も警備隊長へのそっけなさも、妻のことを心配しているからに他ならないとわかると、照れくささと満足感で体温が上がっていく気がした。


 ロレンツィオに押され、それまでとは逆に上機嫌で港を離れるフェリータの後を、寡黙な護衛騎士が追う。


 そしてその背中を、さらによく通る朗らかな声が追いかけた。


「ありがとうございました、カヴァリエリ様、()()()()!!」


 ――悪意のない呼びかけだった。

 でもフェリータの足は止まり、表情は一変した。


 唐突に、隣を歩く男が実家へ見舞いに一度も来ていない事実を思い出す。広い家だが、父が怒鳴って追い返す声くらいは、自分にも届くはずなのに。


「フェリータ?」


 呼びかけ、覗き込んで、ロレンツィオは目を見開いた。

 真っ白になって凍り付いていたその顔が、見る見るうちに真っ赤に変わっていく。

 眉間にしわを作って、わなわなと震え、目元に涙まで浮かべて、フェリータは振り返った。


「まだ……、まだ離婚してませんわよっ!!」


 港一帯に響き渡りそうな、怒声だった。

 





 桟橋で佇んだまま、魔術師が去っていった方向を見つめる青年の肩を、寄ってきた同僚たちが憐れみの顔で叩く。


「お前、あの人の結婚のニュースのとき、呪獣に首掴まれたからってんでちょうど休養してた頃だよな……」


 その言葉を、青年はぽかんとした顔で「結婚?」と繰り返した。


「そうなんだよ。しかも相手はさっきのロレンツィオ・カヴァリエリ様。だから、金鯨卿のご長女も“カヴァリエリ様”でよかったんだよ」


 まさか呼び間違いだけで本当に追い出されないとは思うけどさぁ、と本人よりも心配げな同僚たちの中にあって、青年はひとり、視線を足元へと向けた。


 黙ってしゃがみこみ、つま先に当たっていた真珠粒を摘まみ上げる。


「あれ、でもさっき“まだ”離婚してない、とか言ってたな」


 同僚たちの声色が変わったことにも、耳を貸さず。

 数秒、何も言わずにそれを見つめると、ズボンのポケットから取り出したもう一つの真珠粒とともに、海の彼方へと放り投げた。


 


次に別キャラの話を挟んで、それから多分最終回です。

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