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病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで  作者: あだち
第六章 サルヴァンテの魔術師

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65 夜明け前の嵐

 ***


 静かな夜は、あっという間に嵐の予兆に飲み込まれた。

 運河は大小問わず増水し、流れが荒れ始めていく。ぬるい風にぽつぽつと雨が混じり始めた暗い街に、明かりを手にした多くの魔術師や警備隊が行き交い、靴音と蹄の音に怒号が重なる。


「魔術師はみんな海辺に行って、呪獣討伐に備えろ!」


「待ってくれ、何人か大聖堂に回ってくれとお達しだ!」


「大聖堂? あそこはチェステ侯爵家がついてるんじゃ」


「なんだかわからないが、そこの人間が全く機能してないらしい!!」


「おい呪獣ってどういうことだ、こっちは暴風雨に備えて人々を非難させろと言われてきたのに」 


 都の中心の広場に集った者たちは混乱し、互いの不安をぶつけ合うようにわめきたてた。

 そんな彼らの頭上で、突如、パンっと大きな音とともに赤い光が弾ける。


「……花火?」


 一転して静かになった人々の目線が、空から地上へと移っていく。花火が上がった場所の下に松明を携えた馬上の一群を見つけたものから、驚きと緊張が波のように広がっていった。


「ヴィットリオ様!!」


 近衛兵と魔術師を従えた王太子は雨に濡れるのも構わず、紫の目を険しくして鋭く命じた。


「王宮番以外の上級魔術師は騎士団とともに港に向かえ! それ以外の魔術師と警備隊は、浸水危険地区の住民を避難させろ! 海岸近辺だけでなく、運河沿いの家からもすぐに脱出させるように!!」


 敬礼を取った兵と魔術師たちが各々確かな足取りで散っていくのを見届けるヴィットリオに、後ろからそっと囁きかけたのは、レオナルド・バディーノであった。


「殿下、たった今ロレンツィオから連絡がありました。ヴァレンティノ・チェステ捕縛後、パンドラ殿は運河の浄化貯水池へ向かい、大司教は憲兵隊長とともにヴィルジーナの港へ赴いたと」


「ヴィルジーナへ?」


 ヴィットリオは嫌そうに目をすがめた。都で一番大きな港だ。憲兵隊長は海の荒れと呪獣の襲来に備えたのだろう。大きな港は呪獣に目をつけられやすい。ついこの間も、ピンクの髪の宮廷付き魔術師がそこで呪獣を退治したばかりだ。


 だが、大司教までがそこに向かっているのが気にかかった。何かあれば聖地への謝罪旅行では済まない。


「呪獣を魔術師だけに任せるのは不安だと、言ってきかなかったようで」


「あのクソ坊主、こんなときだけいらん責任感を出してきおって……。港にはレアンドロとエルロマーニ公爵が向かったはずだから、大丈夫だろうが」


 ヴィットリオはため息を吐いた。濡れた眼鏡をいったん外した従兄弟に、大司教を護衛しに港へ向かうよう言いかけたところで、レオナルドは「それから」と先んじた。


「ロレンツィオ本人はご夫人とともに、大運河に向かっているそうです」


「フェリータと、大運河に?」


「チェステの令嬢が持ち出した“魔女の心臓”の回収に向かったようで。パンドラ殿も心臓回収を優先した動きのようですね」


 ヴィットリオの頭の中で、王都の地図と魔術師たちの配置が整理される。それぞれの力の割り振りと危険度の差に不安要素がないかを確認する。

 それからややあって、どこか疑わしげに、レオナルドを見返した。


「……カヴァリエリ夫妻のほう、魔力は残ってるんだろうな?」


 レオナルドが気まずげに口を引き結んだとき、遠くから「海に呪獣が現れ始めたぞ!!」と叫ぶ声が響いた。


 人手不足だ。

 渋い顔で思案したヴィットリオは、「レオナルド、急ぎ王宮へ向かえ。王太子命だと言ってな」と命令を塗り替えた。



 ***

 


 雷までが鳴り始めていた。


(荒ぶる運河の気配。さっき、礼拝堂で感じたのと同じ……)


 呪獣は天候と結びついてはいない。今このときに、空と海が荒れるめぐり合わせの悪さを恨むしかない。

 フェリータは馬上で揺られながら、濁流となった運河を覗き込もうと首を伸ばした。腰が浮いて、その拍子にバランスを崩しかける。


「掴まってろ、振り落とすぞ!!」


 間髪入れずに叱られて、思わず目の前のがっしりとした腰に回す腕に力を込めた。

 ロレンツィオに手綱を取られた馬がスピードを増す。水を変化させて作った馬の形の使い魔は、縦横無尽に行き当たる運河の上も地上同様に走り抜ける。侯爵邸で飼われていた普通の馬に乗ったグィードがあっという間に置き去りにされたのだが、なすすべはなかった。


 油断すれば舌を噛むどころか、首が外れて落っこちていきそうな勢いなのだ。もとより頭痛を慮れと言う気はなかったとはいえ、架け橋の上で停止するまで、フェリータは文句ひとつ言えなかった。

 

 器のない“魔女の心臓”は腐り、呪獣をおびき寄せる。自然と人の街に寄ってくるのとは比べ物にならない数が。

 都は魔術的にも教会の加護的にも守りが固い。だから呪獣討伐は、海際で食い止めるのが最善とされる。今も宮廷付き魔術師をはじめとした上級魔術師たちは、街の中心から端へと一斉に向かっているはずだ。


 だが誘引剤となる“魔女の心臓”を回収しないことには、襲撃は収まらない。

 すでに魔女の心臓が運河に捨てられている場合に備えて、魔術師長パンドラは主要な運河が交錯し水が浄化される貯水池へと向かった。そこから繋がるすべての運河の中を、一気に捜索するという。


 本来なら、ロレンツィオとフェリータもパンドラを手伝うか、でなければ海際に向かうべきだった。

 それを、“水馬”に乗って石畳の街を駆け抜けたのは、フィリパ本人を見つけるためだ。

 暗闇と雨で視界は決して良くはない。暗い水面、荒い波の陰に、フェリータは目を凝らした。


 どこ。

 

(こんな荒い流れの中でゴンドラが転覆していたら、パンドラだって間に合わない)


 雷鳴を凌ぐ水音が、威嚇する獣の唸り声にも、絶望する人の慟哭にも似ていた。墨のような波の向こうに、何か見つけられるかと、男から身を離し首を伸ばしたとき、揺れる小さな舟を確かに見つけた。


「いたわ!!」


 フェリータは叫び、同時に馬から飛び降りようとして。


 そして、後ろから腰を掴まれ橋の上に叩きつけられた。


「いっ……お、おまえ一体何考えて!!」


 痛みに声を失った後、四つん這いになって見上げれば、馬上の男はそれ以上の怒りで顔を歪めていた。


「あんたこそ見えてないのかっ!! 呪獣が――」


 怒鳴り返す声は、ガラスが割れるような水音でかき消された。

 運河の中央に水柱が立ち、そこだけ雨脚が増したように二人に水滴が降りかかる。まるでカーニバルの余興の、魔術演技のように。

 けれどショーではない証に、落ちていく水の柱から現れたのは呪獣の巨体だった。山羊の角を付けた獅子の頭に、蛇の胴と狼の前足の、魔物だった。


 長い胴は大聖堂を支える一番太い柱にも似て、見下ろしてくる目は家々の屋根より遠い。一体どこにこんな巨体を隠して、ここまで泳ぎ着いたのだろうか。

 フェリータは戦慄した。


「街中まで、こんな大きいのが上ってきているなら、どこかの港の戦線が崩壊してるのでは……あっ、ロレンツィオ!?」


 男がまたがったままの水馬が、橋の欄干を蹴って呪獣に飛び掛かる。空中で、馬はネコ科の大型獣に姿を変えて、呪獣の固い体に爪を立てた。


 ロレンツィオは手綱を長剣に変えて右手に構え、左腕と両脚の力で使い魔に掴まると、呪獣の腹を切り裂いた。深い傷口から大量の体液が噴き出した。それを避けるように、使い魔は蛇の胴を上っていく。


 フェリータは欄干に身を乗り出し、青ざめて叫んだ。


「ばか、逃げなさい!!」


 呪獣は呪いの集積体だ。むやみに至近距離で攻撃すれば、呪いを受ける。だから遠くから焼き殺したり、強力な飛び道具や拘束術で攻撃するのが最も効率的な戦い方なのだ。

 それをしないのは、ロレンツィオにそこまでの魔力が残っていないことを示していた。

 フェリータが援護できないのと同じように。


 心臓を凍らせるような声で呪獣が叫ぶ。腹からあふれ出した液体は夜の闇の中ではどす黒いと言うことしかわからない。悪臭を放ち煙を立てていて、触れれば汚れるくらいでは済まないことは確実だ。

 けれどロレンツィオは、地上の悲鳴も心配も、何も意に介していないようだった。


 四つ足の使い魔は、吹き出す体液をあざ笑うように、軽やかに駆けた。痛みに悶え、くねる蛇体のわずかに平らなところに足をかけ、らせんを描くように走り抜ける。

 その間、ロレンツィオは児戯のように剣を振って、ざくざくと呪獣の体を切りつけていく。傷口からさらにあふれ出る体液を、いとも簡単にかわしていく。

 やがて呪獣が横たわるように体を傾げた。頭の位置が下がって、背にしがみつく使い魔の上のロレンツィオと、目の高さが近くなる。

 そして咆哮と共に開いた顎が、ロレンツィオに迫った。


 その瞬間、光が宙を奔る。


 投擲(とうてき)された剣が、消えていなかった街路灯の僅かな光を反射したのだ。


 そして、聞くものを震撼させるおぞましい絶叫が響き渡る。魔物の悲鳴だった。

 ロレンツィオが投げた剣は開いた口の、上あごを貫いて、脳天に深々と刺さったのだ。ヤギの角の間から剣先が半分以上貫通し、体液とともに飛び出していた。

 伸びるバネのように、呪獣は天に向かってしなり、暴れて頭を振った。

 運河が揺れ、水が両脇の路傍へと溢れる。水と一緒に飛翔した使い魔が、主人を乗せて地面へ着地したとき。


 轟音と共に、雷撃が呪獣を貫いた。

 巨体が光と炎に包まれ、身をよじらせながら運河に倒れ込む。


「……ま、ま、まぁ」


 呪獣が、眼の前で焼き尽くされていく。その体に、水中から現れた金色の鎖が巻き付いて、流れ出た体液が瞬時に氷に変わっていった。

 パンドラが運河の呪獣に気が付いて、遠方から呪いの被害が広がらないよう手を打ってくれたのだと気がつく。


 フェリータはというと、使い魔を消し、靄に囲まれながら運河の柵に凭れて息を整える自分の夫を、橋の上から呆然と眺めることしかできなかった。


「まぁぁぁ……」


 手で抑えた口元から、ため息とも感嘆ともつかない息が漏れる。


 自分も、体、鍛えておけばよかった。


 頭を過ぎったよそ事は、ゴンドラを見失ったことに気が付いて意識のかなたに吹き飛んだ。


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