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病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで  作者: あだち
第二章 長い長い初夜

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22/92

22 容疑者カヴァリエリ夫人


 その夜、大運河にかかる橋のひとつで男が襲われ、運河に落ちた。


 宵っ張りの多いロディリアの夜にもかかわらず、周囲を行き交う人やゴンドラ乗りたちは人の争う声や物音はほとんど聞いていなかった。

 早くに異常に気がついたのは、短い悲鳴に続いた水の跳ねる音を拾った僅かなもののみ。


 男が運河に落ちた。

 そう気が付き、運よく近くにいた舟が急ぎ引き揚げてみると、男は剣を携えていた。そして、背中には無数の刺し傷。


 とたんに場は騒然として憲兵と医者が呼ばれた。男はかろうじて意識を保っており、後ろから急に刺されて落とされたので犯人は見ていないと途切れ途切れに語った。


『それより、どうか主人の安全を』


 助けた舟の乗り主に、男はそう訴えたが、憲兵は何より犯人につながる特徴は何かないのかと問いただした。

 青い顔の男は医者に止血されながら憲兵に目を向け。

  

「……花の香りがした」


 それからまた、医者が喋るなと止めるのを無視して主人の居場所を伝えようとして、気絶した。


 ――近くの病院へ運ぼうと数人がかりで持ち上げた男の体から、ポトリと何かが落ちたことを指摘した声があり。


『……真珠? いや、これもしかして』


 摘まみ上げ、カンテラに照らして浮かびあがった白い粒に、野次馬の誰かが呟きをもらすと。


『そういえば、あの男が落ちた橋のあたりに、ピンクっぽい何かが一瞬見えたような……』


 別の野次馬がそう続け、憲兵たちは顔を見合わせ。

 極めつけは、『すみませんが、通してください』と人ごみから現れた身なりのいい男の言葉。


『まったくこの街の人間はいつ寝るつもりなんだか。ん、君は確かチェステ侯のところの。……おやおかしいな。失礼、ここに騎士がおりませんでしたかな。オルテンシア殿下の護衛騎士の一人なのですが、伝言が』


 眼鏡をかけた貴族の男は剣士を救助した男に目を向けて意外そうにつぶやいた後、周囲を見渡して眉を顰め、そして憲兵の方を見てその手の上の白い粒に気が付いた。


『おや、ぺルラ家の魔術残滓。ここでまた何かやらかしたんですか彼女は。さっき聖アンブラに向かう道ですれ違いましたよ、ぺルラ家のフェリータ嬢と。いや今はカヴァリエリ家のフェリータ夫人か』



 ***



 じきに夜明けもこようかという頃合い。

 青いガウンをドレスの上に巻き付けたフェリータは、憲兵派出所に作られたそっけない勾留室ですっかり気を落としていた。


 もはや理由など語る必要もない。全部誤解だ。全部冤罪だからだ。


 自分は橋の上で男を刺してなどいないし、突き落としてもいない。

 幸い全ての傷が浅く、命は助かったその男が王女オルテンシアの護衛騎士で、警護すべき主人に追い払われて悲しく橋の上で帰りを待っていたなんて知るはずもない。


 むろん、男を刺してからオルテンシアを教会で襲ったなんて、体調不良の時に見る悪夢でもない限り出てこない発想だ。取り調べを受けながら否定するだけで頭がおかしくなりそうだった。


『オルテンシア様に聞きなさい! 呪詛を解いていただけだって!!』


『殿下はお疲れとのことで、すでにお帰りになられた。……我々とて引き留めたのだが、急ぎ話す要件などないから日を改めて来いとのことで』


 ――あるだろうが! 急ぐ話が! 命の恩人が目の前で逮捕されたのに、なんでそんな態度になるんだ!! 頭おかしいのか!!

 

 と、どんなに叫んでもとにかく日が昇らないと話を聞けないの一点張りだった。なら自分のことも一度家に帰せとも主張したが、『証拠隠滅の恐れがある』ときた。


 ちなみに、フェリータの逮捕に一役買った余計な目撃者はフェリータが路地ですれ違った男で、オルテンシアの元夫のレオナルド・バディーノだったとも聞かされた。オルテンシアの従兄弟で、次期バディーノ候。


 フェリータも知っている、眼鏡をかけた理知的な男性。彼とオルテンシアの最初の結婚が決まったと知らされた時、フェリータは『身内で問題児を引き取ることにしたのね』とつい思ってしまった。


 教会で元夫婦が密会していたのか。

 二日前――もう日付を超えて三日前、オルテンシアはリカルドとの再婚を告示したところなのに。


(リカルドは知っていたのかしら)


 幼馴染みの顔を思い出すと、そのまま彼の父親と自分の父親の顔まで付いてきた。「うううっ」と引き絞るような唸り声が漏れ出る。


「絶対ぺルラの政敵がわたくしを罠にかけようとしただけなのに、ここにいる男たちの視野の狭さといったら」


 こんなことならオルテンシアを助けるんじゃなかった。いやそうすると彼女を見殺しにしてしまう。

 どう動くのが正解だったのかわからなくて、フェリータはまた「ううう~~~……」と唸った。


 ――でも、ネロリの香水をつけていることまで再現されたのは少し不気味だ。無意識魔術を抑えるスイッチがわりの香水は、いまの流行からはすこし外れているうえ、他と誤認しないようにと特注で作らせた珍しいものだ。

 それに、フェリータは交友関係が乏しい。これを日常的につけていると知っている人間なんて、そう多くない。


 壁に作りつけられた固い寝台の上で膝を抱えてあれこれ考えていると、外からノックの音がした。

 フェリータは(まただ)と身構える。


「出てください、カヴァリエリ夫人」


 女性憲兵が口にした呼び名に、フェリータは三度目の苦しげな唸り声を聞かせてしまった。


「どうかしましたか」


「別に。ただわたくしのことはフェリータとお呼びいただけるかしら。……夫人でなく、ただのフェリータと」


 女憲兵はいぶかし気に眉を寄せただけだった。



 *



「のちに隊長から直々にお話がありますが」


 憲兵はそう言ってフェリータをきれいな応接室に案内すると、温かい飲み物と軽食を出してくれた。


「荷物はこれで全部で、間違いありませんか」 


 そう言って白い布の上に広げられたのは、結婚指輪を含めたいくつかの宝飾品だ。鎖と欠片しか残っていないレリカリオもある。核となる魔女の心臓の一部は布の横に置かれた魔術文様付きの小箱に入れられていた。


 フェリータはお茶に息を吹きかけ、頷いた。

 どうやら、急遽釈放してもらえるようになったらしい。


 きっと父が卒倒しそうになりながら、最後の気力でどうにか莫大な保釈金を払ってくれたのだろう。父親面するなと啖呵切った手前、どう礼を言ったらいいのかわからない。


「ただ、今後の捜査にもどうかご協力をいただきたく、この書類にサインを、……あれ」


 手元の紙が都合が悪かったのか、女憲兵は「ここでお待ちを」と言って部屋を出ていった。

 フェリータも大人しく待とうとした。ただでさえ誤解なのに、勝手に抜け出してこれ以上心証を悪化させたくはない。


 けれどよほど慌てていたのか、女憲兵が扉を閉めそこなって少し開いているのが気になった。何の気なしに近づいて、扉を閉めようと手を伸ばし。


 扉のすぐ外の廊下から、靴音とともに話し声が近づいてきていた。


「――いや互いに破天荒な女を身内に持つとおちおち夜も寝てられんな!!」


 聞き覚えのあるその声に、(やったヴィットリオ様だわ!)と驚き、見知った声に安堵して扉を開けそうになり。


「そう思うなら妹姫を鞭打ってしつけ直してください。一介の騎士に叩き起こさせないで」

  

 さらに覚えのある声に、(やだロレンツィオじゃない!!)と息を飲み、絶対に気取られぬようにと気配を殺してその場に固まった。






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― 新着の感想 ―
ここまで、主人公もそれなりなところはあるけど、誰も彼も罵ったり軽んじたりどうしようもないやつ扱いして。 主人公が誰からも大事な人扱いされていなくて、誰1人寄り添ってくれなくて、辛い・・卵か鶏か、性格も…
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