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病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで  作者: あだち
第二章 長い長い初夜

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11 宴の影で


「なんなのこの展開!? オルテンシア様、ロレンツィオ様にわたくしとのこと取り持ってくれるって約束してくれてたのに!」


 宴会場の外の回廊で、貴族令嬢が顔を覆い、黒い髪を乱して嘆いている。その背中を友人らしき令嬢に撫でられながら。


 自分もなんなんだこれという気持ちに同意するし、仲介でも手引でも贈与でもなんでもしてあげたい。新郎を引き取ってくれ。


「ちょっとお姉様、主役がどこにいくおつもりです?」


 扉の隙間から令嬢を覗き見していたフェリータの背中に、フランチェスカの不機嫌な声がかかる。


「……少し息抜きしていただけなのに」


 フェリータはため息を吐いて、自分の結婚パーティーの会場にすごすごと戻った。



 ***



 カヴァリエリ邸で開かれた新婚夫婦を祝う宴は、三日前に決定したとは思えない見事な仕上がりだった。


 招待客も、サルヴァンテ在住者に関してはかなりの人数が鬼のような予定調整で駆けつけてくれた――なんといっても王家と大司教の肝入りの式なので、周囲も必死にならざるを得ない――のだが、肝心の主役二人の席は、もうニ時間以上空いたままだった。


 始まってすぐのうちこそ、二人も引き立てられた罪人のような顔で並んで座っていたのだが、挨拶を言い訳に一度立ち上がってそれぞれ別の客人の方へ行ってからは、どちらも二度と戻っていない。


 フェリータは逃亡を阻止された今も、久しぶりに会う母の隣に陣取ってうなだれていた。


「ウケる、結婚は墓場ってこういうときでも使うのかね」

「ウケません。笑ったらママでも許しませんことよ」


 ベールを外しスカート部分を摘んで動きやすくなったドレス姿で呻くフェリータを、ぺルラ伯爵夫人ジーナはさらに笑い飛ばした。


 ジーナは平民出身である。見た目こそ磨き立てられ、優雅で洗練された貴族の婦人然としているが、言動はいつまでたっても下町のそれだった。


「カリカリしてるね。いいと思うけどな、ハンサムだし、パパと違って背が高いし、筋肉質だからあんまり太らなさそう。お金も持ってるし、爵位なんて今はなくたってさ」


「そういう問題ではありませんわ!」


 噛みつきつつ、フェリータは離れた場所で酌を受ける父を盗み見た。背が低いのは気にならないが、引きつった笑みの下で出っ張った腹部は少し目に余る。


「なに、自分が当主になるはずだったのに夫人に収まるのが悔しいの? 仕方ないわよ、向こうは一人っ子だっていうし、幸いうちにはフランチェスカがいるんだし。『フェリータ・カヴァリエリ』、いいじゃん。ちょっと長いけど」


「なんておぞましい響き……」


「事実なのに。でもま、確かに、これからよその家に入る女をひとりぼっちにして友達とおしゃべりってのは、ちょっと寂しいものではあるわよね」


 普段は別宅にこもってほとんど出歩かない母に肩を抱かれ、フェリータは居心地悪そうに口を尖らせた。


「……別に、寂しくはありませんわ」


 でもひとりぼっちはその通りだった。新婦側の客は親戚と父伯爵の友人知人ばかりで、フェリータは通り一遍の挨拶が済んだらほかに話すことなどない。

 結婚の理由が理由なだけに、親戚にも近寄りづらかった。詳細は教えてないのに、なぜかみんな知っているのも含めて。


 フランチェスカも、引き留めた姉を放ってどこかへ行ってしまった。


 反対に、ロレンツィオの方はずっと酒を片手に年齢も性別も様々な人間と話し続けている。

 本人はリカルドと同じ男子高等学院にいたのと並行して騎士団にも同時在籍していた時期があるという。その上で今の仕事に関する人脈もあるから、男女問わず知り合いが多いらしかった。


 視線だけ向ければ、見えるのは背中ばかりだ。


「……ママが、『この結婚は不吉だという結果が出た』って言ったら、婚姻取り消しになるのかしら」


「王様の決めた手順を捻じ曲げる教会が占い師の言葉に負けたら、どっちもかっこつかないでしょ~」


 笑うフェリータの母は、占術師だ。

 魔術師のように即物的な力はないが、特定の方法で“真実”や“未来”を読みとる力を生まれつき持っている。鏡や水晶玉、カードなどを使って。


 とても不安定な力だが、魔術では不可能な未来視が可能なので、政治家でもあるサルヴァンテの魔術師は競って彼らを取り込みたがる。魔術師になれる人間よりさらに少ない能力者とあれば、余計に。


 ジーナも二十年前、インチキ占い師に混じって日銭を稼いでいた生活から一転、国内有数の名門ペルラ伯爵の夫人として迎えられた。

 とはいえ、周囲が期待したように娘二人に占いの力が遺伝することはなかったが。


「代わりにフェリータと友達になってくれそうな子を占ってみようか。そうね、あそこにいる赤い服のイケメンは……あら指輪。妻帯者か」


「やめてやめて、それ王太子様ですわ。運河の一件ですごい怒られて、しばらく出仕するなとまで言われてますから」


 恥ずかしさに俯いて母の袖を強く引く。

 改めて考えると、自分が情けなくて仕方がなかった。自分で家督も仕事も独身生活もぶん投げたのだ。


 でも、根本的には自分だけが悪いわけではないはず。そう吐き出したい。

 この三日間は混乱と多忙で何も感じていなかったが、久しぶりに誰かに弱音を聞いてもらいたい気分だった。


 ――こういうとき、寄り添ってくれる相手と言えば。

 喜ばしい席で、すぐそばにつきっきりでいてくれる友達と言えば。


「フェリータ、伯爵夫人、本日はおめでとうございます」


「……リカルド」


 思考を読んだかのように現れた幼馴染みに息を飲んでいると、母が「あらありがとね。旦那なら向こうでふてくされてるわよ」とニコニコ答えた。


 フェリータはなんと言っていいかわからなかった。毎日のように会っていたはずの二人は、カーニバルの日以降は混乱と忙しさに阻まれてそれどころではなく、フェリータの方は自分が情けなくて無理やり会いにいく勇気も出なかった。

 ちなみに、王女との婚約は予定より一日遅れで告示されていたが、王女本人は式にもこの宴にも来ていない。


「リカルドさんも大変ね。フェリータを振って国で一番気の強い王女様に乗り換えたって? うちのじゃじゃ馬じゃ物足りなかったかな」


「そんな風に言われてしまうと心苦しいですが、っと」


 笑えない冗談を口にした母を睨みつけ、フェリータはリカルドの腕をとって今度こそ広間を出た。


 ――それを、誰にも見られていないと思っていたのは本人ばかり。


「なぁおい。今、奥さんがあいつと二人で庭に」


「放っとけ」


 学生時代の友人が慌てて肘をついてきたのを、ロレンツィオはそっけなく流す。


「……想像の範疇だろ」

 

 昏い目をしたのは一瞬で、すぐに談笑に戻っていった。



 ***



 リカルドを連れ出したはいいものの、そこは初めて入る屋敷の、夜の庭。

 失恋を嘆く令嬢とは逆方向に向かおうと歩いたら、とんでもない場面に行き会ってしまった。


「……こういう状況ですので、ごめんなさい。婚約のお話は、お受けできません」


「謝らないでフランチェスカ。仕方がないよ、お互い家を継ぐのだから」


 妹が男を振る場面に出くわすだなんて、予想外だ。


(だから会場から消えていたのね! も、もうっ、ちゃんと人に見つからない場所を選びなさい!)


 向こうからは、木の陰で硬直したフェリータと腕を組んで回廊の柱に背をつけているリカルドは見えていないだろうが、見つかったらとても気まずい。


「……お相手、チェステ家のヴァレンティノ様?」


「みたいだね。ロレンツィオの同級生だから招かれたんだろうけど」


 フランチェスカが相対する赤茶の髪の貴公子は侯爵家の嫡子で、ペルラに負けず劣らずの魔術師の名門だ。


 いい縁談だったのにと惜しむフェリータは、ふたりがじきに会場に戻ると気が付き静かに場所を移動しようとした。ここにいては見つかる。 

 ところが。


「……ヴァレンティノ様、私がこんなことを言うのはとても厚かましいのですが」


 聞こえてきた声の緊張感に、フェリータは立ち止まった。一方でリカルドは何かに気づいたように眉を上げ、手だけで幼馴染みの女に移動を急かした。

 しかし、その気遣いは一瞬間に合わなかった。


「思い出に、キス、していただけませんか」


 それは夏の夜の空気に溶けていきそうな儚い願い事だった。


 いっそ本当に溶けて消えて誰にも、――少なくとも、盗み見している姉の耳に届かなければどんなに幸いだったか。


「それは、」

「ダメに決まってましてよバカチェスカ!!」


 相手が是とも否とも言う前に、フェリータは木の陰から飛び出した。

 当然フランチェスカも、ヴァレンティノも凍り付く。


「まままままじめな妹だと思っていたのに、なんてふしだらな! 犬だってもう少し節度を保っておりますわ!」


 リカルドが額を抑えて“あーあ”という素振りをしたが、顔を真っ赤にしたフェリータは止まらない。


「こんな屋外の、他人の屋敷で年頃の男女がいちゃいちゃと、誰かに見られたらどうするおつもり!? そんな醜聞ぺルラ家の跡取り云々以前の問題ですし、ヴァレンティノ様も軽薄です! そういうのはせめて、ちゃんと婚約者になってから」


「うるさい頭ピンク女!」


「ぴっ!?」


 突然の大声に、今度はフェリータが驚いて固まった。


 怒鳴ったフランチェスカは、握った拳を胸の前で震わせ、真っ赤に染まった顔と対象的な青い目で姉を強く睨みつけていた。


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