マギア・ステイラ ——現実では最弱カードゲーマーのボクが異世界では環境デッキを武器に無双する——
「負けました……」
いつものカード屋、いつもの大会。
トレーディングカードゲーム「マギア・ステイラ」の大会。
僕はいつものように全敗した。
マギステを小学二年生から始めて、大学二年生の今日に至るまで、今だ一勝もした事が無い。
大会はおろか、友達同士の対戦ですら。
「カケル~、まーた連敗かよ!」
「ハハハ、負けちゃった……」
「まあ分かってたけどな。『いつもの事』だし!」
「で、でも楽しかったよ、試合出来て!」
「僕はマギステが出来るだけで充分楽しいんだ!」
僕はこんな幼い見た目だけど、これでも大学二年生だ。
「環境デッキ使ってて、人生で一勝もした事ないなんて、ある意味才能だよな~」
僕は強いデッキを沢山持っている。
なのに勝てない。小学生にですら。
……でも良いんだ! マギステが楽しいという気持ちは本当だし、
勝ち負けより大事なモノが世の中にあると僕は信じている。
☆
「へぇ~、クエイク・ドラゴンと魔王バフォムにそんな因縁があったんだ~」
僕は今、スマホで次の新弾情報を調べている。
僕が注視しているのは、カードの一番下に書いてあるフレーバーテキスト。
カードゲームのフレーバーテキストには、そのモンスター世界でどんな事件が起こり、誰と誰が仲間になり、誰と誰が敵対し、誰が勝つのかが記されている。
要するに、カードキャラ同士の物語だ。
僕はマギステのフレーバーテキストを全て暗記している。
発売されてから既に二十年という長い歴史を持つマギステ。その全てのお話が頭に入っている。
これだけは僕の誰にも負けない特技だと、内心誇ってすらいるんだ。
……でも別に大学の試験にマギステの歴史は出ないんだけどね。
何も生きていく為の武器を持たない僕が唯一持つ、永遠に使い道の無い武器。
「……ん?」
電柱の下で何かが光っている。
あれは……マギステのカードだ。裏面だから分かる。
虹色だ。七色の光が、電柱の灯りだけが頼りの暗い夜道を照らしている。
虹色に光るマギステカード……初めて見る。
電柱に駆け寄る。
腰を降ろし、その不思議なカードを拾おうとして――、
触れる。
☆
「おいガキャア! 痛い思いしたくなきゃ金目の物置いていきな!」
「ご、ごめんなさい! 僕、お金になる物何も持ってません!」
「バカが! 俺ら誤魔化そうたってそうはいかねえ。
カバンの中にあるんだろ? デッキがよぉ!」
へ? デッキ?
「今の時代、水や鉄や食い物なんかより、デッキが一番金になっからなぁ」
「仕方ねぇ、手荒な事はしたくなかったが」
オークの一人がポケットに手を突っ込む。
ナイフが取り出される……と思ったら。
彼の手には、マギステのデッキが握られていた。
「へへへ……もう俺はデッキを取り出しちまったから逃げらんねぇぜ小僧。
俺に背を向ければ『神のルール』に従って、テメェは棄権と見なされる。
とっととテメェのデッキを出しなぁ!」
――――勝った。
産まれて初めて、マギステで勝った。
それもそのはずだ。あんなデッキじゃ、彼らはどうやったって僕に勝てっこない。
何せ、彼らが使っていたのはマギステがリリースされた当初の、二十年前のデッキなのだから。
「お前の使ってたカード、一枚も見た事無い。お前は一体、どこでそんなデッキを……」
「は……早く『命令』を済ませてくれ……くるじい……」
「『命令』? 命令って……?」
「とぼけてんじゃねぇー!!
あ、いや……『おとぼけになられないで下さい』、です! 俺らの降参です!
だから早く『命令』してください~!」
「だから命令って何……?」
「『カードバトルに負けた者は、勝者の命令を一個、必ず聞かなければならない』。
あの日「神様」が仰られていた事をアンタ聞いてなかったんですかい⁉」
彼のその言葉で、僕は確信した。ここは、マギア・ステイラの世界だ。
☆
僕は、何故かマギステ……カードゲームの世界にやってきてしまったようだ。
あのオーク達の言っていた「カードバトルの敗者は勝者の命令に従わなければならない」というルールは、マギステの世界設定そのものだ。
そしてオーク達から聞き出した情報は以下だ。
この世界は百年前まで、火、水、光、闇、森の属性を持つ五種族のモンスター達が覇を競いあって、戦争をしていた事。
そこに「アスクレピオス」と名乗る神が現れ、五種族の長を倒し、世界のルールを改変させた事。
その改変によって「武力行為は一切出来ない」世界へと書き換えられ、代わりに「カードバトルの勝敗が全て」の世界となった事。
全て僕がマギステのフレーバーテキストで勉強した、空想世界の歴史と一致している。
それともう一つ気づいた事がある。
この街に来る途中の砂漠地帯で、他に何人かゴブリンやオーク型の盗賊に襲われたけれど、
彼らの使っていたデッキも「人間世界における二十年前」のマギステ初期デッキだったという事。
僕の持っているデッキは、未来兵器だ。
負ける訳が無い。
おそらくだけど、今の僕は世界で一番カードゲームが強い。
「ルシフェル様! 大変です! 闇属性の軍勢が街の民を!」
「!」
「貴様か! ルシフェルとかいう奴は!」
彼らの手にはサーベルの代わりにマギステのデッキが握られている。
足下には男性型天使達の死体が転がっている。
それらの死体は、口にするのも憚れるような死体。普通に殺したらそうはならない、異形。
この世界では敵を剣で刺し殺したりできない。カードバトルで勝利し、命令で殺すしかない。
きっとデュラハン達はただ「死ね」と命令したのではないのだろう。「息を止めて死ね」「腹を切って死ね」「焼死しろ」「轢死しろ」……きっとそんな命令を下したのだ。
「貴様の存在は先兵部隊から聞いている。
我らが長、サタン様の命令だ! 付いてきて貰おう」
コイツ等が殺した天使達一人一人の名を僕は知っている。マイケル、ジョナサン、デイビット……皆この十一日間、僕に良くしてくれた人達だった。
彼らにマギステの戦略を教える代わりに、彼らから色々な事を教わった。マイケルからは釣りを、ジョナサンからは料理を、デイビットからは狩りを。
彼らには皆、妻と子がいた。彼らが死んだ今、残された家族はどうなる?
……腹の底の怒りが、恐怖心を上回った。
産まれて初めて、他人の為に怒りが湧いたんだ。
「全員、僕が殺してやる」
ポケットからデッキを取り出す。この世界においては三千年先の未来兵器であるデッキを。
――――全員殺した。
息が荒い。鮮血の死体の山が目の前にある。僕の作った死体の山。
僕はずっと、自分に嘘を付いていた。
「負けても楽しい」なんて嘘を。
楽しい訳が無い。毎日悔しかった。
勝ちたくて勝ちたくて仕方無かった。だから沢山デッキを作って、戦略も勉強して……。
それでも一勝も出来なかった。何回やっても何回やっても。
千回以上戦ってきて、千回以上負けてきた。
気づいたらニ十歳になってしまった。
僕はカードゲームの神様に愛されていないのだと、諦めていた。
でもこの世界にやってきて、僕の全ては変わった。
この世界のカードの神様は、僕を愛してくれるらしい。
ここでなら、僕は、変われる。
「ルシフェル様! ありがとうございます!」「やはり貴方は伝説通りの存在だ!」「ルシフェル様万歳!」
「違う、僕の名は……」
赤く染まった両手で髪に触れ、
血のワックスで、髪を逆立てる。
「『俺』の名は勝者……『ウィナー』だ」
僕はこの世界を救い、「自信」を手に入れてみせる。産まれて二十年間、一度も手にする事の出来なかった、「自信」を。