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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
9/60

同日 20:28〝リクエスト〟却下

『ところで蕗屋、ずっと気になっていたことを聞いていいか』

 力なく壁に凭れる鈴の脇を抜け、波部が前に出る。

『僕に答えられることなら、何なりと』

『ドールハウスの窓――いや、カーテンだけでも、内側から開ける方法はないのか』


『ないね』


 即答だった。


『知っての通り、窓の鍵とカーテンは外側に付けられているんだ。内側にいる人間に自由に開閉する術はないよ、残念ながら』

『仁行所に頼んで任意の窓を開けてもらうことも無理か』

『駄目に決まってるでしょう。波部は、脱出ゲームの概念を根底から覆すつもりなの?』

 それもそうだ。せっかく施錠している出入口を外部の人間の手助けで開けられてしまったのでは、ゲームが成立しない。

『てかよぉ、この窓とカーテン、何のためにあるンだよ。参加者に外見せるつもりがねェなら、端から窓なんか再現しねェで塞いでおきゃよかったじゃねェか。これ、いるか?』

「私がこうして、時々覗き見するのに必要じゃない」

 利根の疑問に答えたのは瑠璃本人だった。巨大な唇を尖らせて抗議している。しばらく表情に変化がないのが当たり前の〝ドール〟とばかり話をしていたせいか、くるくると変わる彼女の表情は非常に新鮮に感じる。

『……仁行所が覗き見をする必要性は、何だ』

「だって暇だし」

 何とシンプルな答えだろう。そして、往々にしてシンプルな理由の方が説得性は高い。

「それプラス、蕗屋クンのアシスタントも兼ねているのかなあ。皆が必要なモノを持ってきてあげたり、ね。波部クンに鉛筆を貸してあげたの、誰だと思ってるの?」

『これか。悪いな。助かった』

 ずっと持っていた巨大鉛筆を窓越しに返却する。考えてみれば、ドールハウス内に筆記用具がある訳がなかったのだ。ドールハウス内の誰かがそれを所望した時、すぐさま差し出せる人間は瑠璃しかいない。使用人の日野もいるが、彼の一存で勝手な真似が出来る訳がない。瑠璃の許可が必要だ。結局、外側の助けが必要になった時、頼れるのは瑠璃しかいない、ということになる。

『蕗屋に頼んだらすぐに何処からか持ってきたから、不思議には思っていた』

『僕はスマホ持っているから、好きなタイミングで瑠璃に連絡とることが出来るんだよ。何か必要なモノがあったら、ある程度なら融通してあげられるよ』

『じゃあ一つ、頼んでいいか』

 再び利根が口を開く。

『常識の範囲内であれば』

『食堂に面した廊下のカーテンを開けてくれ。ここからじゃ、角度的に見えない』

『それはできない相談だねぇ。さっき言ったでしょ。参加者の任意で窓の開閉はできない。カーテンだけでも、それは同じことだよ』

 利根の頼みは常識の範囲外だったらしい。どうやらドールハウスの外にある何かが見たいようだが、それが何なのかは聞いても教えてもらえないだろう。情報は共有するが、攻略は競争だ。自分の頭で考えるしかない。

『ねえねえ、ドールハウスの外に何かあるの? ってか、〝キー〟の写真とかってのは見つけてくれたの?』

 一人事情を知らない鈴が尋ねてくる。蕗屋は先程した説明をもう一度繰り返し、脱出ゲームが個人戦であること、一位の人間には賞品が与えられることを知らせる。ちなみに鈴への褒美は銀座にある高級和菓子店の期間限定栗羊羹で、彼女はそれを聞いて文字通り小躍りした。昔から極度の甘いモノ好きだったとは聞いているが、パティシエを生業としている今もそれは変わってないらしい。

 写真のヒントについては利根が、人形の配置に関しては波部が、それぞれ簡潔に説明する。しかし、数瞬で何かを察した波部や利根と違い、鈴は今ひとつピンときていないようだった。仲間だ。

『……ヒントって、これだけ?』

『現状、俺たちが見つけられたのはこれだけだな』

 メガネのフレームに触れながら波部が答える。

『さっき利根っちが言ってた、外に何かがあって、ここからだと角度的に見えない、ってのもヒントにカウントしていいのかな』

『ノーコメント。自分で考えンだな』

『ケチ』

 拗ねた声を出しながら、再びタッチパネルに向き合う鈴。しかし、もうそれに触れようとはしない。何やら彼女なりに考えをまとめているらしい。


 それにしても、これはどういうことだろう。


 BRQNという謎の文字列、謎の格子柄、ポーズの異なる六体のメイド人形、四桁の暗証番号で開く扉、密室内のコンベックスと組み合わせた入力装置、そして、ドールハウスの外にある何か――蕗屋は組み合わせて考えることが大切だと説いた。だけど、アタシはまだその方程式の欠片も見えていない。

「ま、みんな頑張ってね〜。時々様子見にくるから」

 言うだけ言って、屋敷の主人は窓とカーテンを閉めてしまう。

『ひとまず情報共有の時間はお終いだね。ここからは各々の戦いだ。さあ、散った散った。正しい番号が分かったら戻ってくるんだね』

 またしても勢いだけで散開させられてしまう。


 ――これからどうしよう。


 アタシは途方に暮れる。利根と波部の二人、そして蕗屋はどこかへと姿を消してしまった。彼らの頭の中にはすでに解法ができあがっているのだろう。だけどこちらはサッパリだ。取り敢えず屋敷の中を探索してみようか――下を向いてつらつらと考えるアタシの肩を、誰かがポンと叩く。顔を上げると、こちらを覗き込むギャル風メイクの少女と目が合った。

『カイちゃん、これからどうするの?』

『どうするの何も、屋敷中歩き回るだけよ。もしかしたら波部君が言ってた以上のヒントが見つかるかもしれないし』

『ってことは、カイちゃんも分かってないのね』

 しまった。皆の前では、できるだけ聡明な久宮カイラを演じなければいけないのに。あんな変人漫画家がこしらえた謎解きなんて、即座に解いてしかるべき存在なのに。


『よかった~。仲間だねっ! 一緒に考えよっ』


 こちらの焦りなど知りもしない鈴は、手をとって無邪気に喜んでいる。さっきの賽の河原式暗証番号入力の時とは雲泥の差だ。

『いやでも、考えるったって、取っ掛かりがないんじゃね……』

『――実は、男子たちには内緒にしてたことがあってね』

 耳元で囁く鈴。顔が近い。〝男子〟という単語チョイスと合わさって、何だか気恥ずかしい気持ちにさせられる。

『内緒?』

『だってムカつくじゃん。人のことバカにしちゃってさー』

 総当たりで番号を当てようとしたのを波部に論破されたこと、自身の企みを教えてくれなかった利根のことを、彼女は根に持っているらしい。

『あの二人より先にゴールして、見返してやらない?』

 声を弾ませて、鈴は言う。

『ふうん。いいんじゃない?』

 断る理由がなかった。あの二人に対する遺恨などないが、共に考える脳味噌は多いに越したことはない。ただでさえ出遅れているのだ。この程度の共闘は認められてしかるべきだろう。

『ただし、途中までよ? 賞品は一位の人間しか貰えないんだから』

『了解了解。ふふ、何かこういうのいいね。あの頃に戻ったみたい』

 本当に無邪気な人だ。影とか棘とか屈託とか、全く見当たらない。

『それはそうと、内緒にしてることって、何よ。その内容によって、この後の動き方が大分変わってくるんですけど』

『ついて来て』

 素早く踵を返し、鈴は南側に向かって歩き始める。もっとも、どれだけ機敏にターンを決めたところで、合成樹脂で出来たスカートはそよとも揺れないのだけれども。

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