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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
6/60

同日 20:00〝ヒント〟入手

 ――何一つ予定通りにいかない。


 アタシは早くも計画の失敗を予感していた。

 来て早々瑠璃に正体を見破られ、〝ドール〟と繋がってメンバーと邂逅できたかと思えば、今度はゴーグルの着脱権限を剥奪されて――この状況では生身の〝私〟を見られずに双児館から退去するのはまず不可能だ。そろそろ次善策を講じなければならないのかもしれない。

 蕗屋のルール説明から十五分が経過していた。だけど、アタシはまだ最初の部屋に居残っている。勿論、目的はある。脱出の為の〝キー〟を――写真を探すことだ。


 それは、この無数の写真群の中に紛れているらしい。


 具体的にそれがどういったものなのかは教えてもらえなかったが、蕗屋曰く見れば分かるモノらしい。壁や天井にベタベタと貼られた写真を一枚一枚確認していく作業は骨が折れるが、自分でやると言い出したのだし、文句は言えない。それに、これは例の飲酒写真探しも兼ねている。少なくとも徒労に終わることはない。アタシはそうやって自分を納得させ、中腰になっていた体を伸ばす。北側の壁は全て見終わった。次は西側だ。右上の端から左へ順々に視線をスライドさせながら、アタシは今一度このゲームのルールを反芻していた。


 基本ルールは非常にシンプルだ。

 どこかに一ヶ所だけある出口を見つけ出し、この屋敷から脱出すること――それが目的で、勝利条件で、終了条件となる。


 ――君たちは自身の〝ドール〟に囚われているのさ。


 蕗屋はそんなことを言っていたが、結局屋敷に閉じ込められていることに変わりはないらしい。ゴーグルをロックしたのは、身柄を確保して強制的にゲーム参加させるために違いない。たかだか同窓会のレクリエーションのためにそこまでするか、と思わないでもないが、波部曰くそこまでするのが蕗屋透という男なのだとか。

 それはともかく。

 出口が一か所しかない、というのは分かった。問題は二つ。その出口がどこにあって、どうやって出るかだ。まず出口の場所だが、これはすぐ分かる場所にしてあるらしい。ややこしいのは、その出口を開く方法だ。企画者が〝謎解き脱出ゲーム〟を謳っているだけあって、その部分にこのゲームのゲームたる所以が詰め込まれている、らしい。その方法を知るには、屋敷に隠されたいくつかのヒントを探し出す必要がある。一つ一つのヒントは本当に簡単だが、一つでも欠けてしまうと出口を開くことはできない。しかし、全てのヒントは常に目の前に提示されている――。


『それはつまり、この(おびただ)しい数の写真や、意味ありげに置いてある人形のことだと解釈していいんだな?』

 説明の途中、波部が念を押すように先程と同じことを聞く。

『ご名答。写真も人形もそれぞれが〝キー〟の一部分だ。だけどそれだけじゃ足りない。常に目の前に提示されているとは言え、目の前を凝視していただけでは出口は開かない。アクロバティックに視野を広げる必要があるだろうね』

『もっと分かりやすい日本語で言ってくんねェかな』

 利根が苛ついている。アタシも同じ気持ちだ。

『さっきも言った通り、まずは写真だ。屋敷中に貼られた写真の中に二枚、〝キー〟の写真が隠されている。それを剥がして裏返すとそれぞれに重要なヒントが書いてある。だから最初はそれを探すのをオススメするよ』

『それって、どんな写真?』

『当然の質問だね、カイラ。これはもう、見れば分かる。〝キー〟の写真だ。それ以上でもそれ以下でもない』

『もう情報を出すつもりがないってことはよく分かったわ。続けて』

『了解。写真探しと並行して、出口を解錠する方法を探すべきだろうね。言うまでもないことだろうけど、この屋敷の扉や窓はほとんど全て厳重に施錠されている。出入りする、ということに関して言えば、たった一つの出口を除いて不可能だ。出口の場所自体は難しくない。出口は出口だ。すぐに見つかる。大切なのはそれより、出口を解錠するための装置探しだ。もっとも、これも真面目に探索すれば露骨に怪しい所があるから、すぐに分かるとは思うけど』

『それも、見れば分かるってこと?』

『そう。写真と解錠方法、最初に探すのはこの二つだ。残りのヒントは屋敷中を注意深く見てれば自ずと見えてくる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。では、検討を祈るよ』

 勢い任せに説明を締める蕗屋。


 そして今に至る。


 説明を受けた参加者四人はバラバラに散って手分けしてヒントを探すことになった。写真探しの担当はアタシと利根で、アタシはこの部屋、利根はすぐ北の隣室を担当。波部と鈴は解錠方法とヒントを探すべく、屋敷中を探索してもらっている。

 蕗屋が何を企んでいるかは分からないが、取り敢えずは写真探しだ。壁を覆う過去の残滓にくらくらと眩暈を起こしながら、アタシは端から端まで、一枚一枚内容を吟味していく。そこに写っているのは、演劇の稽古に打ち込む高校生たちの姿。〝ドール〟などではない、生身の、リアルな、等身大の過去の切れ端。手の空いた部員が適当に撮ったスナップ写真なのだろうが、それでも瑞々しい若さ、生命力が伝わってくる。


 その中でも、久宮カイラの存在感は群を抜いている。


 生まれもって光を纏っている人間というのは、確実にいる。彼女がそうだ。カイラが写っている写真だけ、露出補正がかかっているかのように明るさが増している気がする。彼女は、太陽なのだ。高校時代も、大学時代も、これまでも、これからも、ずっと。

 なのに、未成年飲酒なんて些細な過去に、彼女は怯えている。

 芸能界は――否、世間は、そんなことで彼女を潰してしまえるのだろうか。

 太陽なのに。

 眩い存在なのに。

 ――いや、それも違うか。芸能界という宇宙には、光り輝く恒星は無数に存在するのだ。久宮カイラという太陽を失ったところで、大した影響はないのだろう。それが分かっているから、彼女は怯えている。

 アタシは天を仰いだ。勿論ここからでは星空は見えない。天井に貼られた写真群が見えるだけだ。中央のシーリングライトを除いて、万遍なくベタベタと貼られている。ああ、ここのもチェックしなければ――と思ったアタシの視点が、ある一点でピタリと停止する。


 ――あれ、か?


 古ぼけ色褪せた写真群の中に紛れた、真新しい一枚。

 狐面の男が鍵を摘まみ上げ、正面を向いている。なるほど、確かに(キー)の写真だ。


 ――馬鹿にしている。


『一つ一つのヒントが簡単ってのは、本当みてェだな』


 右肩ににゅっと突き出される男の顔。アタシは声にならない声を抑え込み、身を翻す。

『そんなに驚かなくてもいいだろ』

『……祖先が忍なのは蕗屋君だけじゃないみたいね』

『〝ドール〟状態だと吐息や衣擦れ、空気の動きみたいな――いわゆる〝気配〟ってモンが感じづらいからな』

 それらしいことを口にする利根。

『隣の部屋で写真を探してた筈じゃ……』

『だから、見つけたんだっての』

 言いながら左手に持っていた巨大な写真をこちらに見せる。そこに写っているのは、さっきアタシが見つけたのと全く同じ、鍵を持った狐面の男の図。

『あのアホがやたら〝キー〟を強調してたから、どうせ鍵の写真だと思ったら案の定でさ。割合すぐに見つかったよ。で、カイラの方はどうかって様子を見に来たら、この扱いだ』

『だからそれはゴメンって――裏側のヒントは見た?』

『見た。見たけど、これだけじゃ意味が分からん。多分、もう一枚と組み合わせて考えなきゃダメなんだろうな』

 そう言って天井を見上げる利根。

『取り敢えず、あれを取らなきゃ、ってことね』

 とは言うものの、相手は天井に張り付いた写真だ。手の届く場所ではないし、この部屋には踏み台も棒もない。どうしようか。

『仕方ねぇなァ……』舌打ちをして、利根が動く。『肩車だ。オメェの身長ならそれで届くだろ』

 中腰になり、自分の肩を指差す。驚いたのはこっちだ。

『え――そんな、悪いって』

『他に方法ねぇだろ。オレが上になる訳にはいかねェんだし』

『それはそうなんだけど……』

『いいから早くしろっての』

 半ば急かされる格好でアタシは利根の肩にまたがる。

 よっと、という掛け声と共に利根が立ち上がり、おかげでアタシの手は天井まで届かせることができた。写真は四隅を両面テープで張り合わせているだけらしく、剥がすのも簡単だった。

 利根の肩から降りたアタシは一言お礼を言って、写真を裏返す。

 そこには太いゴシック体で四つのアルファベットが並んでいた。


 B、R、Q、N。


 太いゴシック体の文字で書かれ、何故かQだけが白抜き加工されている。これは……?


『ビーアールキューエヌ? ブルクン? それとも何かの略称か?』


 その問い掛けはアタシに対してのモノなのか、それとも単なる自問自答か。前者なら困る。アタシに聞かれても分かる訳がない。

『利根くんが見つけた写真のヒントってのは?』

『ああ――これなんだけどな』

 そう言って手に持っていた写真を裏返して見せる利根。だけど正直、そのヒントもリアクションに困るモノでしかなかった。

挿絵(By みてみん)

『これは――格子?』

 写真の裏、中央に8×8の格子が描かれている。線は細く、余計な色や装飾は一切ない。

『何コレ。こんなのがヒントって言える訳?』

『……まァ、一つ思い当たることはあンだけどな……』

 アタシに、というより、自分に語りかけるかのように、口の中でブツブツ言っている。こんなの気にするなという方が無理だ。

『何!? 何か分かった訳!? 話しなさいよ!?』

 意図せず攻撃的な物言いになるが、久宮カイラとしてはこれが正しいのだと思う。

『――カイラは分からねぇのか?』

 利根の三白眼がアタシを睨め付ける。その台詞からは、久宮カイラならば分かって当然、というニュアンスが伝わってくる。ならば何も分かっていないこの状況は非常にマズい。煙に巻かなければ――と、高速回転コンマ数秒。

『……撮影続きで寝てないの。今日も遅れてきたでしょ? ここ数日は移動でしか睡眠取れてないのよ。頭回らなくってさあ、ゴメンね。ゴメンゴメン。だから、今のアタシに頭脳労働期待しないで』

 我ながら百点の返しができたのではないだろうか。

『ふぅん……ま、モデルも大変だからな』

〝ドール〟の能面では計り知れないが、取り敢えず誤魔化すことは出来たらしい。ならば、気になるのはヒントの詳細だ。お世辞にも聡明とは言い難い利根が何に気付いたと言うのか。

『ね、教えてよ。BRQNと格子柄で何が分かったの』

『それは――いや、だからこれだけじゃ分からねェって。他のヒントがいる。波部と鈴の様子を見に行くべ』

 お預けされてしまった。とは言え、第一段階はクリアと見ていいだろう。写真は見つけた。次は、出口の解錠方法だ。アタシと利根は部屋を出る。室内にびっしりと貼られた写真群を背に受けて。

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