同日 20:45〝トゥー・ザ・グレイブ〟
いつの間にか寝ていたらしい。
俺は突っ伏していたパソコンデスクから身を起こし、軽く伸びをする。大して強くもないのに飲み過ぎた。先程までウィスキーを割っていた炭酸水のペットボトルに直接口をつけ、流し込む。強めの炭酸が喉を焼く。ボトルが空になったので、冷蔵庫に新しい物を取りに行く。時刻はもうすぐ9時になろうかといったところ。冷蔵庫を開けると冷気が頬をくすぐる。普段、食事は学食かコンビニ弁当で済ませているので、冷蔵庫にほとんど食材はない。幸い、炭酸水のストックはまだ残っていた。パソコンデスクに戻り、椅子に腰掛けキャップを開く。
――高校の頃の、夢を見た。
厳密に言えば蕗屋の夢を、だ。
どこで、間違ってしまったのだろう。
俺はただアイツの描く漫画を楽しんでいただけだったのに。
アイツだって、俺に喜んでほしくて漫画を描いていただけだった。
なのに。
どうして。
こんな。
……気分が悪い。
単純に、飲み過ぎた。
酒に強い訳でもないのに、脳と心にかかる負荷を和らげようとしてアルコールを取り過ぎた。その末路がこれだ。もう、大して若くない。四捨五入すれば30だ。自重すべきだろう。分かっている。
だけど、飲まないとやってられない時は、ある。
今がそうだ。
まさか、事件から半年もたって、真相が明らかになるなんて。
――公表すべきだろうか。
無理だ。
今さら、こんなややこしいことを言い出して、どうすると言うのだ。
どうなると、言うのだ。
サイコパスの取材のためにサイコパスになる。
自分の支配下にある箱庭世界を完成させる。
……大差ないだろう。
動機としては五十歩百歩だ。
狂ってる、サイコパスだ、闇がある――少しでも理解の埒外にあると、人はすぐにそんなことを言う。陳腐だし、俺は正直好きではない――どれだけ『世間』や『常識』から逸脱していようが、必ず理はあるのだ――と、思う。
だけど、まあ、受けいられないのは確かだ。
それに――何より、久宮はどうなる。
自分が殺されたかもしれなかったと、伝えるのか。
――今さら?
それで誰が得する。
誰が救われる。
それどころか、徒に怯えさせるだけだろう。
百歩譲って、それで仁行所の罪が軽くなるなら――とも思ったが、それも無理だろう。仁行所は全てを自白しているし、警察の捜査で蕗屋は塔の屋上まで到達していないことが分かっている。つまり、蕗屋が落下したのはアイツの意思ではなく、仁行所が仕掛けた罠によるもので――結果は変わらない。
ならば、口を噤むべきだろう。
――第一、これが真相という保証もないしな。
大きく息をついて、背もたれに身を預けると、キィと音がする。
あれこれ酔いと勢いに任せて考えを巡らせたが、こんなものは言ってしまえばただの推論で、妄想だ。何も証拠はない。ただ、そういう風に考えることもできるというだけだ
冷静になればあちこち論理が飛躍しているし、牽強付会と言われても仕方のない箇所も多い。
――こんな話、別の意味で公にはできないよな。
結局のところ、蕗屋がすでにこの世にいない以上、どう頑張っても真相は藪の中で――一般には、久宮の推理が真実ということになる。
今日のこの考えは、墓場まで持っていくつもりだ。
それでいい。




