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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
57/60

同日 19:30〝デウス・エクス・マキナ〟拒絶

 ――何故だ。


 蕗屋が久宮に恨みを抱いていたとは思えないし、久宮が死んで蕗屋が得る利益は何もない。波部貴夜以外なら誰でもよかった――だから適当に選ばれた――本当にそうか?


 そこまで考えて、俺は一つの考えに至り――全身総毛立った。


 ――俺を、探偵役として担ぎ出すためか?


 蕗屋は俺に執着していた。箱庭作成にあたり、俺をその観察者=探偵役に据えようとしていた。

 俺は、それを固辞した。

 あれこれ思索を巡らせたり、人の間違いを指摘するのは得意だが、人前に出て事の真相を言い当てるなんてのは、やりたくない。馬鹿らしいし、割に合わないからだ。その姿勢は今でも変わらない。蕗屋も俺の性格はよく分かっている筈だ。

 だから。

 俺にとって特別な人間を被害者役に割り当てた、ということか。

 俺の初恋相手である、久宮カイラを。

 他の誰が同じ空間で不可解な状況で死を迎えたとしても、俺は間違いなく警察に任せると言うだろう。実際、今回だって一貫してそうしてきた。旧友だと思っている蕗屋が死んでも、そうなのだ。


 だが――久宮が死んだら、どうだろう。


 どう見ても、蕗屋が怪しいとしたら?


 何の罪もない日野に容疑がかけられたとしたら?


 それでも俺は、関係ない知らないと、探偵役から逃げられるか?


 多分、俺は操られる。


 蕗屋が放った糸に四肢を雁字搦めにされて――アイツの仕掛けたトリックを見破り、アイツが真犯人だと指摘する傀儡になる。


 それこそが、アイツの描いたシナリオAという訳だ。


 ……いや、それだと少しおかしいか。

 少し結論を急ぎ過ぎた。

 脱出ゲームを一位抜けするのが久宮に違いないと決めつけてしまったが、絶対ではない。せいぜいオッズが低いという程度だ。俺や他の人間が一位抜けしたとしてもおかしくない。もしそうなったら、アイツはどうするつもりだったのだろう。

 実際問題、あの日のゲームは俺が一位抜けしたのだ。

 梯子に見立てたドール通路の格子を駆け登り、排気用の穴から物置に侵入して棚板を渡り、被害者の前に立ち――その時点で、否が応でも今からナイフを突き立てる相手が誰かは分かる。〝ドール〟サイズでは上の段の棚板が邪魔して顔までは見えないかもしれない。それでも服装や体格で充分誰かは判別可能だ。久宮カイラだと思って刺したら、波部貴夜だった――なんてことは絶対に起こらない。あの時はたまたま仁行所が邪魔して穴まで到達することができなかったが、もしそれがなかったらどうするつもりだったのだろうか。


 ああ、いや、違う。


 俺は大きくかぶりを振る。


 それこそが――シナリオBなのではないか。


 例えば物置に侵入して棚板を渡った時点で目の前に立っているのが久宮ではないと分かったら、そこで素早く踵を返し、ドール通路の格子まで戻り、昇る体勢をとって――静かに、手を離す。


 転落事故死に見せかけた、自死である。


 つまりは、自殺だ。


『もし死ぬ羽目になっても構わないための保険』などではない。

 そんな受け身ではなく――そもそも、久宮が一位抜けしなかったら、自分が死んで幕を引くつもりだったのだ。

 箱庭世界の完成のため、自身を供物として捧げることも厭わない――ついさっき思いついたセンテンスだ。

 そう、そうだ。

 俺は間違えていた。

 二種類のエンディングを用意していた、という所まではよかった。だが、その分岐条件は仁行所が裏切るかどうかではない。


 そうではなく――ゲームで誰が一位抜けするか、ではないか。


 久宮が一位抜けしたらシナリオA。

 被害者は久宮で、俺が探偵役として駆り出される。

 他の人間が一位抜けしたらシナリオB。

 アイツは事故に見せかけて自ら転落し、命を絶つ。


 どちらにせよ、箱庭は完成される。


 全て蕗屋の計算通りに動くミニマムな箱庭世界だ。

 完成の瞬間、奴は神になる。

 今回の事件は、そのために計画された。


 ――アイツは、神になりたかったのだろうか。


 違う。


 そういう側面はあるが、それは本質ではない。


 ――僕はね、操る方に回りたいんだ。


 いつか漏らしたあの台詞――それが全てなのだろう。


 その対象は、この俺だ。

 

 俺は、ボトルのウィスキーを荒っぽくグラスに注ぎ、生のまま呷る。


 ――これは、俺の事件だった。


 アイツはずっと俺に執着していた。

 最初で最高の読者だと。

 だから、俺を箱庭の観察者に任命した。

 探偵役に、と。

 デウス・エクス・マキナになってほしい、と。


 俺は嫌だと言った。探偵役なんてまっぴらごめんだ。真実を追及し、大勢の前で真相を看破する――耳障りはいいが、やっていることは汚れ仕事に過ぎない。真実なんて、誰も救わない。時にグロテスクですらある。そんなものをほじくり返して矢面に立って、誰かの恨みを買って、まるで割に合わない。絶対にやりたくない――そんな態度を取り続けた。それがよくなかったのだろう。どうにかして波部貴夜に探偵役をやらそうと躍起になったのかもしれない。

 シナリオA――久宮が被害者となり、アイツが生き残るルートならば、俺はまず間違いなく探偵役をやらされていただろう。アイツは俺の性格を熟知しているし、俺なんかよりよっぽど頭もキレる。口も達者だ。俺はきっと、操られていた。


 だが――アイツはしくじった。


 選ばれたのはシナリオBだった。久宮が替え玉を使い、仁行所が裏切るというアクシデントはあったものの、根っこの部分は変わらない。ゲームは俺が一位抜けし、アイツの死はミステリーとなり、関係者と警察の頭を悩ませた。

 アイツのシナリオでは、ここでも俺を探偵役として引っ張り出したかったのだと思う。だがそうはならなかった。俺は素人が事件に首を突っ込むのをとことん嫌がったし、逆に久宮は意地でも自力で解いてやると必死になった。必然、探偵役は久宮カイラに移る。

 アイツの失敗は、ここだ。

 概ねシナリオ通りに事は運んだが、最後の探偵役だけ、シナリオ通りにいかなかった。やはり途中で死んでしまっては、それまでどれだけ緻密に計算しようが上手くいく訳がない。


 生きていればこそなのだ。

 

「……死ぬなよ、馬鹿野郎」


 俺しかいない部屋の中、静かに独りごちる。

 何が箱庭世界だよ。

 何が操る方に回りたいだ。

 自分を供物に捧げて完成させた小さな世界に何の意味があると言うのだ。

 第一、蕗屋、お前失敗してるじゃないか。

 俺は探偵役にはならないよ。

 途中、須藤に乞われて自分の考えを語った場面はある。


 蕗屋は被害者ではなく、加害者だったのではないか――。


 結果として、それが久宮の推理の後押しになったのは否めない。

 だが、それだけだ。

 今にしてみれば、『サイコパスの心情を理解するためにサイコパスの行動をとった』なんてのは的外れもいいところだしな。

 俺は探偵役にはならない。

 俺は探偵役になんて、なれない。


 シナリオBは、成立しなかったのだ。




 ――本当にそうか?

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