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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
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同日 18:45〝エンディング〟分岐

 自殺者には様々な兆候があるというのはよく知られた話だ。

 ネガティブな言動が増えたり、食欲がなくなって引きこもりがちになったり――身辺整理をするというのもその一つだ。財産や大切にしていた品、手紙や写真、PC内のフォルダ――そういったモノを処分したり整理したりする。

 では蕗屋の場合は、どうか。

 アイツにとっては創作が全てだ。


 ――このアカウントは僕の生きている軌跡――生きていた証になる。僕が僕として生きている以上、物語のアイデアは泉のごとく湧き出てくるし、手が動く限り僕は描き続ける。僕が生きている限り、作品はアップされ続けるんだよ。


 かつて、アイツはそう語っていた。

 すでに発表した作品や、俺に読ませた原稿はいい。

 問題は、未発表の作品、形になっていないアイデアだ。死んでしまえば、未発表の原稿はアナログにしろデジタルにしろ、まず間違いなく誰の目にも触れられずに葬り去られる。ましてや作品のアイデアなど蕗屋の脳内にしかない訳で、脳死の時点で永久に失われる。

 ……まあ、蕗屋程度の漫画家の未発表原稿、アイデアに大した価値があるとは思わないし、それは蕗屋本人も自覚していたのだとは思う。と言うか、世間の評価も売り上げも、あまり興味がなかったのではないだろうか。せいぜい出版社に見限られず、食べていくのに困らない程度の収入があればそれでよく――結局、アイツにとっての読者は、昔から一人しかいなかったのだ。

 つまり、俺だ。

 俺にさえ読んでもらえたらそれでよく、逆に言えば俺の目に触れずに自分が死んでしまうのは嫌だった。

 だから。

 アイツは自分が死ぬ前日に――その時点で自分が描き上げた全てと、自分の頭の中の創作アイデアの全てを、俺に残したのだ。


 ――死ぬと分かっていた?


 アイツは、仁行所が裏切ると分かっていたのか?

 ドール通路の縦格子に細工をすることを、見越していた?

 

 ――そんなことが、可能か?


 それとも――そうするように、蕗屋が仕向けたとでも言うのか。

 自分を殺すように、仁行所を操った?

 いや。

 いやいやいやいやいや。

 そんなのは無理だ。不可能だろう。

 言葉で指示して、脅迫して従わせたのではない。あくまで仁行所の自由意思で、自分で決定したのだと思わせた――そんなことは、できない。

 催眠?

 暗示?

 洗脳?

 無意識下にアイデアを刷り込ませた?

 心理操作のテクニックで思考を誘導した? 

 フィクションの世界ならそれでもいいだろう。

 しかし、そのどれもが現実的ではない。

 そんなことは、不可能なんだよ。

 できっこない。


 ならば、操りの可能性は消える。


 そうではなく――保険だったというのは、どうだ。


 もしかしたら、自分は死ぬ羽目になるかもしれない。

 そうなっても構わないように、プランBを用意したのだ。

 死んでも構わない、か。

 そっちの方がまだ飲み込みやすい。

 アイツは基本、自分はいつ死んでもいい人間だと思っている。

 それは若さ故に粋がってるのではなく、人生の価値を軽視しているからだ。

 自分はただ創作のためだけに生きている。

 描き上げた物語は、俺一人が読んでくれればいい、と言う時もあるが、その一方でできるだけ多くの人間に読んでもらいたい、という時もある。割とその辺りはコロコロと変わって、それは本人も認めている。ケースバイケースだよ、と嘯くことも多い。それはいい。別にいい。

 アイツが創作するのは、漫画や脚本だけではない。


 自分だけの世界を作り上げたいと、ずっと言っていた。


 自分が操れる小規模な箱庭世界――そう表現して。


 完璧な箱庭を作り上げることをライフワークにする――それはつまり、その世界を作り上げられたら自分は死んでも構わないと言い換えられるのではないだろうか。飛躍か。いや、道筋はこれで合っている。


 そして、その箱庭こそ――あのドールハウスだったのだ。


 これも、まず間違いないだろう。

 アイツは10年の歳月をかけて、とうとう作り上げたのだ。

 全て自分の意のままに操れる、ミニマムな箱庭世界を。

 厳密に言えば、その箱庭は双児館弟にまで拡張されていた。

 そして、あの日あの時あの館に集結した7人の男女を登場人物に据えて、アイツは一本の脚本を書いた。

 その脚本は、結末が二種類用意されていた。


 今回の事件は、マルチエンディングシステムが採用されていたという訳だ。

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