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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
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翌年4月19日(日)18:15〝アップデート〟公開中

 いつの間にか、日が暮れかけている。

 たまの休日も昼近くまでゴロゴロして、たまった洗濯物を片付けたり家の掃除をしたり、最近配信が始まった海外ドラマなんかをダラダラ見ていると、あっという間だ。本当は追っている作家の新刊を読んでしまいたかったのだけど、最初の1ページすら捲っていない。学生の頃なんか勉強の傍ら、いくらでも読破できたものなのに――体力が落ちている。あるいは精神力か。両方だろうな。

 最近は仕事に忙殺されているせいか、あまり昔のことを思い出さなくなっていった。思い返さなくとも、否応なしに現実は続いていく。思い出すのは、古い友人に会った時くらいのものだろう。

 過去の自分を積み重ねていった上に、現在の自分はいる。当たり前のことだが、普段意識することはあまりない。

 過去の自分。

 意識はしないが、確実に後ろにいる。

 無防備に背中を向けていると、不意に後頭部を殴られる。

 そういうことは、たまにある。


 例の事件から、すでに半年が経っていた。


〝ドール〟を操り、〝ドール〟に振り回された奇妙な事件は、久宮の活躍により解決した。

 あの後、仁行所の身柄は拘束され、正式な手続きを経て起訴された。公判はまだ続いている。何だかやたら複雑な事件に思えたが、簡略化すれば仁行所が罠を仕掛け、蕗屋がそれにかかって死んだという、それだけの話なのだ。仁行所は故意に、かつ計画的に、それが死に至ると充分認識したうえで細工をしていて、そこだけ抜き取ると凶悪犯罪のようにも捉えられるが、抒情酌量の余地は十分にある。

 できるだけ軽い刑になればいい、と思う。

 これだけ変わった事件なのだから、さぞかしセンセーショナルな報道がなされるのではと覚悟していたのだが、予想に反してほとんど騒がれることはなかった。どうも、仁行所家が各方面に圧力をかけたらしい。こちらもマスコミ対応など絶対にしたくなかったので正直助かった。

 事件は適切に処理され、時間の流れと共に過去へ押し流されていく。忘れることは決してないけど、すでに『過去』というラベルが貼られたものだと――そう思っていた。


 今日、パソコンを立ち上げるまでは。


 パソコン自体は毎日動かしている。仕事で使うし、気晴らしにネットを閲覧することも多い。ただ――そのサイトを開いたのは、完全な気まぐれからだった。

 蕗屋のアカウントが登録されている、イラスト投稿サイトだ。

 開設してしばらくはアイツが投稿する度に閲覧していたが、プロデビューを境にその頻度は激減した。時々思い出したかのようにちょっとした短編がアップされたりするので、俺も思い出した時にちょくちょく覗くようにはしていた。

 今日だって、たまたま思い出して閲覧したに過ぎない。アカウント主は半年前に死んでいるのだし、どうせ更新などされてないに決めてかかっていたのだが――その予想は大幅に外れた。


 3本の短編と5本のネームが投稿されていたのだ。


 それだけではない。キャラクターデザインや構想を練るためのアイデアノートみたいなものまで、接写でアップされていた。

 そして、それらは全て、10月11日に投稿されていたのである。


 ドール同窓会の前日だ。


 あまりのことに、俺はパソコンの前で硬直した。


 これは――何だ?


 何が起きている?


 ずっと更新なんてなかったのに。

 よりによって同窓会の前日に、これだけの量の作品を一度に投下?


 絶対に、おかしいだろう。


 今までこんなことなかったのに。

 相変わらず公開範囲は友人まで――そして登録されている友人の数は、〝1〟――つまり、世界の中で俺だけがこれらの作品群を閲覧できているという訳だ。それ自体は問題ない。今までもずっとそうだったし、中学高校と直接原稿を読んでた時だって、それは変わらなかった。

 高校一年の時に久宮が巻き込まれた例の騒動を描いた中編にしたって、結局読んだのは世界中で俺一人なのだ。


 ――って、まさか。


 嫌な予感がした俺は慌てて作品のページをクリックし、慌ただしくマウスホイールを回して一枚一枚内容を確認していく。

 それは、適度に捻くれてて適度に悪趣味で、適度に論理的で適度に外連味に溢れた――要するにいつもの蕗屋作品だった。

 ――違うか。

 俺はてっきり、今回の〝ドール〟事件の内幕であるとか、仁行所が過去に起こした火災の真相を暴露するような内容かと思ったのだけど、そうではなかった。良くも悪くも『普通』の作品群で、俺はますます分からなくなる。

 短編一本程度なら、理解はできる。

 だが、ネーム含めて8本もあって、それにプラスしてアイデアノートまでおまけされている。


 何故だ。

 

 次の日に会う俺のために、話のネタを提供した?


 違う。


 だとしたら、メールの一つでも送る筈だし、そもそもその理由ではネームやアイデアノートまで投稿する理由にはなり得ない。アイツの作品は今まで数えきれないほど読んできたが、未完成の原稿――ネーム含めて――など一つもなかった。アイツはいつだってその時点でできる精一杯の完成品を俺に提示してきた。それはアイツの矜持であり、最低限の礼儀だったのだと思う。

 それが、こんな。


 俺に連絡一つ入れず、これだけの量の未完成作品を投下させていたなんて。


 ガリガリと頭を掻き毟る。


 立ち上がった俺はグラスとウィスキー瓶、炭酸水と氷を手早く用意して乱暴にハイボールを作り、一気に半分近く呷る。

 濃いめのアルコールが、脳をクリアにする。

 何故だ。

 何故だ。

 何故、同窓会前日に、俺しか見られないサイトに大量の未完成作品をアップした。その思惑はなんだ。


 何がしたかったんだ、お前は。


 結露して水滴の浮かんだグラスを額に押し当てる。

 と同時に、今までとは違う考えが浮かんでくる。


 ――そもそも、これらの作品群は、何だ?


 あまりにも初歩的であるばかりに今まで失念していた観点だ。一読した限り、作品群に関連はなく、それぞれが完全に独立した物語だ。変則的なデスゲーム、極限状態でのボーイミーツガール、終末世界での探偵譚――いつものアイツの作風だ。面白いは面白いが、別段、特別なことは何もない。メッセージ性もない。普通に、描きたいものを描いたという感じだ。

 蕗屋透の、描きたいもの、全て。


 全て、か。


 瞬間、頭の一部が熱を持ち、俺は慌てて二杯目のハイボールを作成する。


 そうか。

 これらの作品群は、この時点でのアイツが描いている全てだったのではないだろうか。だから未完成のネームもあるし、まだ形にすらなってないアイデアの寄せ集めみたいなものも混じっている。


 まだ世に出ていない、俺を含めた誰にも見せていない、アイツが書き溜めていた全て――それを一度に投稿したのは、何故か。


 ――身辺整理、か?


 ほとんど割ってないハイボールを一気に呷る。


 もうどこにも発表できないと分かっていたから――未完成だけど、もう完成させることは叶わないと知っていたから――それで――


 ――蕗屋、お前。


 顔全体がぼぅっと熱くなっていくのを感じながら、俺はもういない旧友に声をかける。半年前、秩父の屋敷で探偵役の久宮は一同を前に自らの推理を披露した。

 サイコパスの心情を理解したかった蕗屋は架空の復讐譚を作り上げ、仁行所を脅迫することで無理やり協力させた。

〝ドール〟とドールハウスと仁行所の身体的特徴を駆使した密室トリック――しかし、土壇場で仁行所は裏切り、蕗屋は失敗して転落死を迎えた。

 操っていたつもりが操られていた、という形だ。

 久宮の推理した真相を、仁行所は認めた。

 俺も、それが真実だと思っていた。

 ずっと――今の今まで。


 だけど。

 

 だけれど。


 ――なあ、蕗屋。


 

 ――お前本当は、自分が死ぬって分かっていたんじゃないのか?

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