〝スプリングタイム・オブ・ライフ〟高校3年、春
望む、望まないに関わらず、時は流れる。
人間、そう簡単に変わらないと言われる。
俺もそう思う。
だけど、環境は変わる。
人との関係も、変わる。
あっという間に、俺たちは3年になっていた。
ある時、噂で、蕗屋が仁行所と交際していると聞いた。
――そんな、馬鹿な。
「ああ、それ、デマだよ」
噂が信じられなかった俺は、直接本人に聞くことにした。
放課後、帰りのバスを待つ停留所での会話だ。
腹芸などできない俺は聞きたいことをストレートにぶつけた。
その返答が、これだ。
「嘘ということか」
「嘘と言うか、誤解だね。ううん、それも違うかな。意図して実際とは異なる事実を流布したというか――だからやっぱり、それはデマゴギーになるのかなあ」
「その言い方だと、流布した人間は分かってるみたいだな。誰だ? 利根のバカか?」
「ううん。僕と仁行所さんが流した」
「当の本人が、か」何となくそんな気はしてたから、そんなに驚かなかった。「それは当然、何らかの意図があってそうしたんだろうな」
「もちろんさ。この蕗屋透のやることには常に深謀遠慮から出ているのだからね」
「何を謀って何を慮ったか、俺に言うことはできるのか」
「ううん、それは厳しいねえ。僕と仁行所さんが交際しているという噂がデマだと認めたこと自体、貴夜じゃなきゃ言ってないことだしねえ。さすがに我が友相手でも、これ以上は言えないな」
「まあ相手があることだし、俺も深くは詮索しないよ。どうせ、カモフラージュか何かなんだろ」
「ノーコメントだよ」
「それは肯定してるも同然なんだが――まあいいだろ。俺は人の噂になんか興味はない。ただ、お前が異性に興味を持つなんて珍しいと思ったから聞いただけだ」
そう。コイツは徹底して創作にしか興味がない。人格や人体には強い興味があるようだが、それも作品創作のための取材にすぎない。
「そうだね。僕も美人の同級生に一目惚れとかしてみたいんだけどね――貴夜みたいに」
飲んでいた炭酸飲料を吹き出しそうになった。
「……お前、何を、俺が誰を……」
珍しく狼狽してしまった。
「分かるよ。僕にとって唯一の友達だもの。我が友の視線の先に誰がいたかなんて、ね」
過去形にしたのは、すでに俺が例の騒動の時点で久宮への恋愛感情を失ったことを分かっているからだろう。
「お前の視線の先には誰がいるんだろうな――いや、お前じゃなくて、仁行所か」
「詳しいことは言えないけど――ただまあ、人は面白いよ」
「何だよ、それ」
「そのまんまの意味さ。人は面白い。人の感情は面白い。好きだ嫌いだ、惚れた腫れただ、色事恋路痴話ロマンスってのは、やっぱり人類普遍のテーマだよ。本当に面白い。僕はいい鉱脈を掘り当てたよ。絶賛ゴールドラッシュだ」
前方を見据えながら、いつかのように熱に浮かされたようにブツブツと呟いている。
どうやら、仁行所瑠璃の周辺で面白い何かが起きているらしい。
話から類推すると、仁行所は誰かと恋仲になっているものの、その相手はあまり公にできない人物で、蕗屋はその秘密を共有するのと引き換えに自らをカモフラージュ相手として差し出した、といったところだろうか。
交際を知られたくない相手とは、どういう人物だろう。
資産家令嬢である彼女とは不釣り合いな、極端に身分の低い相手――それとも、極端に年上の男性――妻子持ち――それとも、同性か――。
まあ、何でもいいか。
興味はない。
興味があるのは――
「……それは、何だ――いつだったか話してた、お前が作る『小規模な箱庭世界』の住人にするつもりなのか」
「そうだね――候補の一人、かな。まあその箱庭自体、まだどうなるか考えてないんだけどね」
「そうか」
素っ気なく答えてから、俺は蕗屋の作ろうとしている箱庭を楽しみにしていることに気が付く。こいつに操られるのも、探偵役になるのも真っ平ごめんなのは変わりがない筈なのに。
バスが来る。
バスに乗る。
何の変哲もない日常が過ぎ、また明日が来る。
そんな日々が、ずっと続くのだと思っていた。




