〝スプリングタイム・オブ・ライフ〟高校1年、春
それからは塾で会うたびに描いた漫画を読ませてもらったり、お互いの漫画や小説を貸し借りをする、まあ世間一般で言うところの普通の友人関係を築いていた。
その頃の蕗屋は物凄い猫背な上に前髪が長く、常に伏し目がちで、およそ陽の者とは言えない雰囲気だったが、話してみれば別段普通で、むしろ物腰が柔らかく、博識で頭の回転が早くて、かなり話しやすい奴だった。陰気に見えるのはネガティブだったり消極的、否定的なのではなく、現実や周囲の世界に一切興味がないからだと、付き合ってしばらくして気が付いた。蕗屋の中では創作世界こそが至高で、それ以外のモノには興味がなく、だから現実がどうなろうが、誰に何と思われようが完全にどうでもいい――そういう精神性の男で、その頃の俺はそれも好ましく思っていた。
周りにはいなかったタイプだ。
と言うより、同類か。
アイツの描く作品はミステリやサスペンスばかりで、特に誰かが誰かを支配し、誘導して操るみたいなプロットを好んで描いていたように思う。誰だって好きなジャンルや描きやすい物語傾向はあると思うが、アイツの場合は徹底していた。
「蕗屋は、ファンタジーや冒険モノは描かないのか」
「描かないよ。興味がない」
「プロを目指すなら王道も押さえておいた方がいいんじゃないのか」
「僕は別にプロになりたい訳じゃないから」
なるほど。金や名声を得る手段ではなく、あくまで創作すること自体が目的という訳か。
その時は、そう思っていた。
時が経ち、俺たちは共に進級し、高校受験では同じ仁行所学園を目指して――無事、二人とも合格した。同じ中学にも何人か合格した人間がいたようだが、一番喜びを分かち合ったのが他校の蕗屋なのは言うまでもない。
進学した後も、しばらくは中学時代と同じ関係が続いた。
さすがに同じクラスにはならなかったけど、それでも昼休みや登下校の時などは会って話して、本を貸したり描いた漫画を読ませてもらったり――そんな日常が続いた。
俺たちの日常、そしてその後の高校生活を大きく変えるきっかけになったのは、演劇部への入部だった。
「意外だな、お前が演劇部なんて」
「新歓公演見たでしょ」
少し前に新入生勧誘のための公演があって、それを俺と蕗屋は二人して見に行ったのだ。
「あれ、オリジナル脚本なんだってね」
「脚本家志望か。何だ、漫画はいいのか」
「漫画だって描くよ。漫研も掛け持ちで入ったし」
「アグレッシブだな」
「……創作できる場所は多い方がいいからね」
バスを待つ停留所で、俺たちはベンチに腰掛けながら話している。蕗屋は飲んでいたファンタオレンジを一気に飲み干し、近くのゴミ箱に放り投げる。
「貴夜は? 演劇に興味なんてあったっけ」
「……見識が広がるかと思ってな」
正確には嘘ではない。
いや、ほとんど嘘か。
本当のことは言いたくなかった。
その新歓公演には当然俺たち以外の新入生も多く見に来ていて――その中の一人に、俺は目を奪われる。
とんでもない美人が、そこにいた。
同じ一年生とは思えないほど大人びていて、整った容貌、映画から飛び出したような存在感、いるだけで放たれる眩いオーラに、俺は息を呑む。
天性の華、というものはあるのだと思った。
完全に心を奪われた。
蕗屋を含めた友人達は、俺のことを異性に全く興味のない堅物、朴念仁だと思っているようだが、そんなことはない。年相応に異性に興味はある――が、まあ、確かにそれまでは現実の女性、それもクラスメイトの女子なんかにさほど心惹かれなかったのは事実だ。
――前言撤回、やはり色恋に関しては淡白なのかもしれない。
そんな俺が、一目見ただけで完全に心を奪われてしまった。美少女の完成形がここにある、と柄にもなく感動したほどだ。そんな彼女は入学した当初から演劇部に入ると決めていたようで、その場で先輩に話しかけていた。入部の手続きについて尋ねていたようだ。
近づきたい。
あの子のことをもっと知りたい。
そう思った。
要するに、女の尻を追いかけて入部したと言うことだ。不純といえば不純だし、普通といえば普通。周囲に興味がないなどと孤高を気取って恰好をつけたところで、凡庸な俗物なのだ、俺は。
一陣の風が通り抜けていく。
自転車が、ベンチの前を高速で駆け抜けていったのだ。視線をやると、今まさに思い返していた、黒髪をたなびかせてペダルを漕ぐ彼女の姿がそこにあった。
「……新歓公演に来てた奴だな」
あまり興味なさげに、だけど目線はしっかりと後ろ姿を追いながら、俺は言う。
「ああ、久宮さんね」
蕗屋の方は、多分本当に興味がない感じで、ポツリと言う。
「知ってるのか」
「同じクラスだからね。美人だよね。久宮カイラさん」
まさかコイツと同じクラスだったとは。
久宮カイラか。
美人は名前も美しいのだな、なんて馬鹿な感想を抱いた。




