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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
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〝スプリングタイム・オブ・ライフ〟中学2年、初夏

 アイツとまともに会話をしたのは中学二年の時だから、もう十三年来の付き合いになる。


 元々アイツとは中学が別だった。

 俺は地元の私立通いだったが、アイツは公立。別の学校だから当然面識はなかったのだが、親に言われて通い始めた学習塾で出会うことになる。

 同じコースの同じクラスで、お互いに顔と名前は知っていたものの、俺もアイツも決して社交的な性格ではなく、あの日まで同じ講義を受けるだけで一切の交流はなかった。

 ある日のこと。

 ジメジメと湿度が高く背中を滴り落ちる汗が鬱陶しかったことを覚えているから、多分六月の中旬辺りだったのだと思う。その日の俺はいつもより三〇分も早く塾に来てしまい、やることもなく手持無沙汰で建物内をウロウロしていた。仕方がないので自習室と呼ばれる生徒が自由に学習できるスペースで小説でも読もうかと思ったのだけど――そこには、先客がいた。

 見たことがある。同じクラスの奴だ。

 名前は――何だったか。

 今でこそ職業柄か顔と名前はすぐに覚えられるが、この頃の俺は周囲に対する興味というモノをほとんど持ち合わせておらず、当然同じ塾の同じクラス程度の人間など関心の埒外であった。

 机に向かうそいつは背だけは一丁前に伸びていたが痩せっぽちで猫背で前髪も長くて、俺が言うのもおかしいけど、少し陰気な雰囲気を漂わせていた。そんな奴が誰もいない自習室で机に向かって何をやっているのか。これからやる講義の予習か、それとも学校の宿題か――何とはなしに後ろから覗き込んだ俺は、予想外の光景に硬直してしまった。


 そいつは、漫画を描いていたのだ。


 もちろん、漫画用原稿用紙とGペンではなく、大学ノートに2Bの鉛筆で書き殴っているだけなのだけど、コマ割りなどはしっかりしていたし、何と言うか――ちゃんと『漫画』だった。

 俺はまず、そこに感心した。

 面白い面白くないとか、作品の巧拙は二の次で――それより何より、俺と同年代で漫画を描く奴がいることに感動していたのだ。

 漫画なんて、幼い頃から何度も習作を繰り返し描いて、それで名のある売れっ子作家のアシスタントなんかを経験して、それでようやく描けるものだと思っていたのだ。

 今思えば、その時描いていたのがまさに『何度も繰り返して描いている習作』だったのだけど、世間知らずで視野の狭い当時の俺はそんなことまでは頭が回らず、ただ純粋に目の前で展開される漫画世界に引き込まれていた。

 ジャンルはサスペンスになるのだろうか。

 密室に集められた罪人が生き残りをかけてゲームをする――今では陳腐でありふれたジャンルだが、当時の俺には新鮮に映った。時間にすれば五分か十分か、その程度だったと思う。

 一心不乱に物語を描くそいつと、じっと見つめる俺。


「……ビックリした……」

 

 不意に、そいつは俺の存在に気が付く。

 僅かな衣擦れ、呼吸音を察知したらしい。……いや、元よりこちらは気配など消してはいない。今の今までこいつが気付かなかったのは、それだけ夢中だったということだろう。

「悪い。驚かせるつもりはなかった」

「……え、いつから……」

「およそ8分前だな」部屋の時計を確認しながら俺は答える。「俺からも、二つほど質問していいか?」

「い、いいけど……」

「これ、全部お前が描いたのか?」

 ノートを指し示しながら尋ねる。

「そうだけど……」

「愚問だったな。じゃあもう一つ。何で塾で描いてるんだ。家でやればいいだろう」

「この自習室が一番集中できるんだ。この時間は静かで、誰もいないし。家だとほら、テレビとかゲームとかで、時間を奪われがちだし」

「そんなものか――ちょっといいか」

 返事を待たず、俺はノートを持ち上げる。遡ってページを捲ると、全てのページにしっかりと書き込みがされている。

「投稿とかはしないのか」

「そんなレベルじゃないよ」

「別にプロの編集に見せろって話じゃない。今ならネットにイラストや漫画を投稿できるサイトがいくらでもあるだろ」

「……誰も読まないよ」

「俺が読むよ」

 即答していた。

「え……」

「これ、途中からだな。取り敢えずこの話を最初から読みたい。次来るときに持って来てくれるか」

 口にした後で、少し偉そうかなと思う。さっきから随分一方的な物の言い方をしている。

「……ああ、いや、もしよかったらでいいんだけどな」

「ううん、持ってくる。読んでよ。それで感想を聞かせて」

 どこかぎこちない笑みを浮かべて、ソイツは言う。

 好意的に受け取ってもらえたようで、安心する。

 と、ここで未だにお互い名乗ってないことに気が付く。


「俺、宇美間(うみま)中二年の波部貴夜」


「知ってる。僕は須田(すた)中二年の蕗屋透」



 それが、アイツ――蕗屋との出会いだった。

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