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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
45/60

10月26日(日) 14:00〝ドール〟即興劇

 事件解決から一週間が経っていた。

〝ドール〟同窓会からは三週間――私にとっては人生で最も濃密な二十一日だった。巻き込まれまい、関わるまいと思っても、頭のどこかには常に事件のことがあった。だからカイラに振り回されながらも、全てを見届けることができてよかった、と思う。事件の呪縛から逃れた私は早々に日常へと復帰し、今日もこうしてドールショーに明け暮れている。

 いつもの曲、いつもの振り付け。頭であれこれ考えずとも勝手に体が動くようになっている。ショーの間は〝ガワ〟と同一化しているのだろう。


 このライブができるのも、あと何回だろう……。


 本番中なのに、雑念が混じる。


 だから、曲が終わるまで、観客の中の二人に気が付かなかった。

 ……何度目だ、と思う。

 何故この人はあれほど聡明なのに、事前に連絡を入れるという当たり前のことができないのだろう。最初は一人で、次に来た時は鈴と一緒。そして今は、痩身眼鏡若白髪の男が隣に立っていた。


「ゴメンゴメン、たまたま波部君と予定があったもんだからさ」

「メール一つ送れないくらい急だったんですか」

 わざと尖った声を出す私を見て、波部は意外そうな顔をする。

「……お前、アポも取らずに押しかけたのか」

「いつものことだから気にしないで」

「それを言っていいのは私だけですからね」

 私たちが単に戯れ合っているだけだと気付いたのか、波部は僅かに唇を歪めて湯気の上がる紙コップに口をつける。

 今回も、会合場所はバックヤードのベンチになった。三人並んで腰掛け、自販機の紙コップコーヒーを飲む。ここでは私がホスト役なので、いつもと違って私が話を振っていく形となる。

「それで、今日はどうしたんですか?」

「波部君が吉香の舞台を見てみたいっていうからさ」

「意外ですね。漫画が好きって話はありましたけど、まさかアイドルアニメまで守備範囲だったとは驚きです」

「範囲外だ。ただ、教室で生徒がイベントで撮ったって画像を見せ合ってるのが目に入ってな。この“ドール”ショーの画像だった。どうも女子中学生の間で流行ってるらしくてな。このセンターの中の人、先生の知り合いだぞって話したら、思いの外に反響があって――サインを頼まれた。悪いが、五枚ほど書いてもらえるか」

 早口で一気に捲し立て、鞄から色紙とサインペンを取り出す。少し照れているらしい。

「そんな、私サインなんて書いたことないんですけど……」

 とは言え、せっかく波部が色紙まで用意してくれたのだ。無碍に突き返すことなど出来る筈もない。かなり気恥ずかしかったが、サインペンでサラサラと自分のサインを走らせる。

「あ、書いたことはないけど、サイン自体はあるのね……」

 カイラの素朴な感想に顔から火が出る。Yoshika Matoriを崩して書いた横に簡略化した鳥のイラストを添えた渾身の出来だ。中学の時に考えたんだ。悪いか。私は紙コップにシュガーを追加して一気に呷る。

「よかったじゃない。これ、価値が出るかもよ」

 今まさに売れ出している人気モデルに言われてもな。

 ――それより。

「私、来月いっぱいで〝ドール〟の舞台、降りるんですけどね」

 言わないつもりだったのだけど、つい口が滑った。

 この二人になら、言ってもいいと思えたから。

「ええーっ!?」

「……残念だな。素人目にもいいステージだと思ったんだが」

 驚愕するカイラと、どこまでも冷静な波部。

 ここまで来たら全て話してしまおう。

「別にこの舞台が嫌になった訳じゃないですよ。ただ、今までと全く別の分野から、ちょっとしたお声がかかりまして――新規のエンタメ事業、とでも言うんですかね」

「スカウト? 吉香が?」

「私が、です。その会社の人が私のステージを見て、いたく気にいってくれたらしいんです。その新規事業はもちろん〝ドール〟を使うんですけど、今やっているステージとは一線を画すモノです。今まで誰もやらなかったことなんで、正直どう転ぶかなんて分かりませんけどね」

「……何だか具体性に欠けるな。信用できるのか」

「あ、その辺りは大丈夫です。ベンチャーではあるんですけど、割とちゃんとした会社なので。ただまあ、契約上、これ以上詳しいことは今ここでお話できないんですけど」

「ああ、大人の事情ね。はいはい。だったらこれ以上詳しくは詮索しないし、吉香の選んだ道ならアタシたちは全力で応援するだけよ」

〝アタシ〟ではなく〝アタシたち〟なのに、胸がじんわり熱くなった。


 閑話休題。


「それで、本当の理由は何なんですか」

「……まるでショー観劇が本来の目的じゃないみたいな言い方だな」

「私も馬鹿ではないので、そのくらいのことは分かりますよ」

 片眉を上げる波部。どれだけ馬鹿だと思われていたんだ。

「事件のことで、言いたいことがあったんですよね?」仕方がないので私の方から核心に触れる。「ドールショーが見たいだけなら、カイラさんを同伴させる必要ないですもんね?」

「……鋭いな」

「ウチの後輩、大人しいけどこれでなかなか頭はキレるのよ。何て言ったって、アタシの後輩ですからね」

「カイラさんは少し黙っていてください。それで、どうなんです?」

「……そこまで察しているのなら、もういいだろう。そうだよ、俺は特別補習のため、今日ここに来たんだ」

「わざわざ教師っぽい言い回しにしなくていいですから……」

 呆れる私だが、ケチをつけられたカイラは分かりやすく機嫌が悪くなる。

「まさか、今になって反論なんてしないわよね?」

「だったらその場で言ってる。お前の推理自体に文句はない」

 少し引っかかる言い方だ。

「それ以外に文句つけるトコある?」

「……舞台設定の甘さだな。お前は今回、関係者の半数を“ドール”で参加させた」

「皆を秩父に集めるのは無理があるからね」

「無理でも手間でも関係者は全員現場に集めるべきだったな。どうしても都合が合わなければ日時を改めるべきだった」

 飲みかけの紙コップを近くの机に置き、ポケットに手を入れ壁にもたれる。いつものスタイルだ。

「いいか? 推理小説やサスペンスドラマの終盤、探偵役が関係者全員を集めて一席ぶつって展開は、最後まで犯人が誰か推測させないって作劇的演出以外にも意味はある。犯人の逃亡や自殺を防ぐためだ。警察を同席させたのはよかったが、肝心の仁行所がその場にいなければ意味がない。アイツが何か行動した時、“ドール”越しでは止める術がないんだからな」

「瑠璃なら逃亡の心配はないでしょう」

「運転免許もないし、運転手を務めている日野は遠く離れた場所だからな。逃亡に関してはそれでもいいだろう。だが自殺はどうだ。手元に刃物や毒物、ガソリンを準備していたとは考えなかったか?」

“ドール”はオペレーターの動きをトレースしているに過ぎず、本人の周囲の状況までは分からない。狼藉逃亡の心配がないにしても、自分自身に牙を向ける意思があった場合、それを止める術など私たちにはない。

「これでも細心の注意を払って追及したんだけど?」


「そうだな。お前は崖っぷちまで追い詰めはしたが、ギリギリ逃げ道を残していた。あのヌルい追及は敢えてそうした、と捉えていいんだな?」


 眼鏡の奥、双眸が光る。


「聞き捨てならないわね。追い詰めないようにはしたけど、追及の手を緩めたつもりは一切ないんですけど」

「追及ねえ……」

 首を傾げている。これには私も黙っていられない。

「事故じゃなく殺人だって解明したのは立派な追及じゃないですか。あのままだと確実に事故死として処理されてた訳ですし。それに火事のこと、古部梨杏のこともそうですよ。言いづらいことを、わざわざ本人の口から言わせたのだってカイラさんですよ」

「まずそこなんだけどな」

 指摘が飛んでくる。余計なフォローをしたらしい。

「古部梨杏が死んだのは、揉み合いになった拍子に灯油のポリタンクを蹴倒して、そこに火のついたジッポを落としたから、だったよな。それを蕗屋が盗聴していて、それをネタに強請られた――ってことなんだが、脅迫のネタとして弱くないか? 事故なんだろ? 殺人計画の手伝いなんて馬鹿げた交換条件とは明らかに釣り合わない。ましてや、その罪を大切な使用人にかぶせると言うのだから尚更だ。現に追い詰められた仁行所は蕗屋を殺害している――だが、そんなことをしなくとも、単に脅迫を突っぱねて相手にしなければいい話だ。直接の原因が自分にあったとは言え、あくまで不幸な事故なんだから」

「……何が言いたいの」


「火災もまた、故意だったんじゃないか? 心が離れるくらいなら、壊してしまった方がいい――陳腐な恋愛小説のようだが、理解できなくはない。要するに、無理心中だ。仁行所は相手を殺し自分も死ぬつもりで、故意に火を放った」


 ざわざわと二の腕が粟立っていく。事ここに至って、まだ反転する余地があったのか。

「双児館兄は焼失し、古部梨杏も焼死した。だが、幸か不幸か自分は生き残った。更に不幸なことに、その一部始終は盗聴されていた。事故による火災と放火殺人では雲泥の差だからな、蕗屋の脅迫に屈したのも納得できるんだがな」

「根拠はあるの?」

「ない。盗聴した音源は破棄したって話だからな、仁行所が口を噤んでいる限り真相は闇の中だ」

「だったら波部君の妄想として片付けて」

 吐き捨てるカイラ。仮にそれが真相だとしても、瑠璃を追及するつもりはないようだ。私も同感だった。少なくともその件では、もう充分に罰を受けていると思うから。

 波部もその気持ちを汲んだのか、話題を転じる。

「ならこの話は終わりだ。次に、もう一つ分からずじまいの件を片付けたいんだが」

「そんなのあったっけ?」

「古部梨杏が心移りした相手だよ」

 じっとカイラを見つめて波部は言う。

「……それは教えてもらえなかったんでしょ」

「お前はどう思ってるんだ」

「どう、って――」


「自分だと思ってるんじゃないのか」


 瞬間、時間が止まる。

「俺たち、何度か仁行所の屋敷に遊びに行ったことあったよな。全員、面識はあったんだよ。そしてお前は、昔から人を惹きつける力が強かった。異性同性問わずにな。お前にはその自覚があった。あの場では何も言わなかったが、古部梨杏の気持ちが自分に向いていたのだと、お前は考えたんじゃないか」

「妄想を通り越して言いがかりね。そんなのどうやって証明するの」

「実際がどうかではなく、お前がそう思ってるんじゃないか、という話をしている」

「アタシが?」

 目を大きく見開く。何だか妙な話になってきた。

「それが原因で気を病んでるんじゃないかと思ってな。事件を解決したのに、元凶が自分にあると思い悩みながらこれから過ごしていくのは馬鹿げている」


 俺はその『呪い』を解きたい。


 じわりと心が温かくなるのを感じた。優しいところもあるのだ。

「心配してくれた訳だ。大丈夫。アタシもそこまで自意識過剰じゃないから」

カイラはそう言うが、その顔はどこか晴れ晴れとしている。恐らく波部の指摘は図星だったのだろう。過去の糸に捕らわれていたのは瑠璃だけではなかったのだ。

安心する一方で、私は気になったことを尋ねる。

「……結局、古部梨杏が誰を好きになったのかは分からずじまいってことですか」

「正直なところ、古部梨杏に好きな人間ができたというのは別れるための方便だったんじゃないかと、俺は思ってる」

 改まって波部は自分の考えを述べる。また架空の人間か。

「俺たちの知る仁行所は鷹揚でおっとりとしていたが、話を聞く限り、恋愛面ではかなり独占欲の強かったらしいな。古部梨杏はそこから逃げ出したかったんじゃないか」

「『私はお嬢様のお人形じゃない』だっけ。その台詞に全て集約されている感じね」

 力が抜けた。無数の糸が絡んだ複雑な事件だと感じていたけど、糸を解けば中身は空っぽだったという訳だ。

「これで、本当に全てが終わりね」

「いや、最後にもう一つ」人差し指を立て、波部はジャケットの胸ポケットから数枚の紙を取り出し、カイラに手渡す。「ゲームの途中で見つけたものだ。お前、こういうのが広まると困るだろ」

「……あーっ! これ!」

 カイラの上げる声に飛び上がり、慌てて彼女の背後から渡された紙を覗き込む。それは三枚のスナップ写真で、中には制服姿の久宮カイラ――手には缶チューハイ。思い返せば、私が“ドール”同窓会に潜入したのはこれを探すためだったのだ。今の今まですっかり忘れていた。

「ずっと探してたの!」

「だろうな。俺もずっと渡す機会を探していた」

 そう言えば、この二人が揃っているのを見たのは今日が初めてだ。序盤の調査に波部は不参加だったし、雑居ビルではカイラが、双児館弟では波部が“ドール”だった。渡したくても渡せなかったのだろう。

「大方、待鳥さんを代役に仕立てたのもこれを回収するためだったんだろ。後輩を便利に使いすぎだ」

「何から何までお見通しねえ……ちょっと怖くなるわ。本当、波部君が探偵役をやるべきだったのに」

「勘弁してくれ。舞台に上がるのは俺じゃない」

 笑いながら潰した紙コップをゴミ箱に放り投げる。この人が笑うのを初めて見た気がする。

 それでこの場はお開きとなり、私は午後の部へと戻る。

 いつもと同じ曲、いつもと同じ振り。私は今日も吉良摩耶花を演じ踊る。だけど以前のように〝ガワ〟を纏う感覚はなくなっている。

 私は私、待鳥吉香だ。

 間奏の合間に顔を上げると、カイラ、波部の隣に利根と鈴が並んで観劇しているのが目に入った。

 だから、来るなら来ると言っておいてくださいよ……。

 苦笑いをこぼしたが、〝ドール〟ごしでは分からないだろう。


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