同日 22:05〝ルービック・ドール〟
数分後、私達は食堂へと戻ってきていた。
部屋の中央に長机、その上に鎮座するドールハウス、その横に持ってきた蕗屋〝ドール〟を置き、カイラは説明を再開する。
「さっき日野さんが言った通り、ドールハウスそのものは結構な大きさがあることに加え、梯子が付いている塔だけを切り離して持っていくことはできない構造になっている。ならばどうするか――答えは明瞭。切り離し、持ち運びが可能な代替品を持っていったのよ」
長机に片手を付いて皆を見渡すが、今一つ伝わらない。
『代替品って……階段みたいなもの?』
鈴が首を傾げている。
「違う。蕗屋君が梯子を昇っている以上、連動している〝ドール〟が昇るのも梯子形状である必要がある。それも、段数や間隔が完全に一致しているモノをね」
『梯子〝形状〟ってなァ、何だよ』
「必ずしも本当の梯子である必要はないの。ほら、これ――」
建物に付随する形でL字に伸びる通路の天井を外し、中の様子を見せる。
「梯子の形状をしていると思わない?」
L字の長辺、その片面を覆う棒の連続体を指でなぞりながら、ニィっと笑って見せる。
『縦格子……? でも、向きが違うよ?』
「鈴も案外頭が固いわねえ。そんなもの、こうすればいいのよ」
ドール通路を手に取り、それをL字短編が下側になるよう、縦向きにする。
縦格子は、梯子になる。
自分を取り巻く世界がぐにゃりと歪曲していく音を聞いた。真実はいつだって目の前に無造作に転がっているものなのだ。
「しかも驚き、格子の間隔と太さ、梯子を十分の一にしたのと全く同じ数字なのよ。本数も同じ。じゃなきゃ、梯子の代替品とはならないものね」
オペレーターと〝ドール〟が連動して動くには、常に同じ姿勢をとり続ける必要があり、そのためには完全に同じ地形が必須となる。塔の梯子と縦格子は完全に一致しているということだが……。
『はァ? ンな偶然ありえンのかよ?』
「偶然じゃなく、必然かもね。他の窓には格子なんてなかったのに加え、あの格子だけやたら真新しい感じがしたから、もしかしたらこの計画ためにわざわざ設置したのかもしれないけど……どうですか、日野さん。使用人のアナタなら知っていますよね。今回の同窓会にあたり、もう取り壊しが決まっている別荘の、その通路の窓に用途不明な縦格子を付け加える改築をしていたかどうか――」
自分に投げかけられた質問に対し、かぶりを振って返答を拒否する。気持ちは分かるが、それは肯定しているのと変わらない。警察が調べれば分かることだし。
「まあいいわ。じゃあ次に、縦格子を梯子の代わりにすると、何が変わるのかを考えましょうか。この通路は単独で切り離せる。ドールハウス全部は無理でも、この通路だけなら、瑠璃でも簡単に持ち運ぶことができたんじゃないかな」
「……カメラはどうするんです」
日野の反論もだんだん勢いを失いつつある。
「もちろん、服の下に隠したのよ」
「無理です。いくらドールハウス全体に比べればコンパクトとは言え、それでも結構な大きさがあるのですよ。自然な動きで監視カメラの目から隠して運ぶことなど不可能です」
「不可能じゃない――瑠璃にだけは、それができる」
カイラの視線は、真っ直ぐ瑠璃の足元に向けられている。
――そうか。
私はその事実に気が付き、慄き震える。あるじゃないか。格好の隠し場所が。
『……義足を外したのか』
火災で右脚を根元から失った彼女はいつも義足を嵌めて生活している。その義足を外せば、そこには空間が生まれる。
「義足を隠す場所なんてどこでもいいし――例えば、サイドボードの下の鍵付きの戸棚とか、ね」
鎌を掛けるカイラだが、瑠璃は無反応だ。表情がフィードバックされないのが悔やまれるが……私は、間違いないだろうと確信していた。あの戸棚は内側まで日野に命じて綺麗に拭き取り掃除がされていた。長年使われていない筈なのに、そこだけ埃がなかったら不審に思われると思ってのことだろう。それが逆に、あの戸棚を隠し場所にした傍証になってしまっている。
「あるいは、最初から付けてなかったのかもしれないわね。瑠璃は裾の長いスカートやワンピースみたいな服しか着ないから、義足の有無を気付かれる心配はない」
『スリッパは? 車椅子の足を乗せておくとこ、両足ともスリッパ履いてたの、ウチ覚えてるんですケド』
鈴の言葉に私も頷く。
「フットレストね。そんなの、両面テープか何かで固定しておけばいいだけよ」
『それより、そんなうまく収まるか確かめたのかヨ』
「吉香、こっちに座って」
カイラに促されるまま、私はソファに腰掛ける。カイラは通路を持ち上げ、今度はL字の短編が上側にくるよう縦向きにして、私の左脚へとあてがう。
「通路の玄関を足の付け根側、玄関ロビーを腿、縦格子のある通路を膝から脛へと当てはめると――ほーらぴったり。吉香と瑠璃はだいたい似たような体格だから、瑠璃の脚にも合致する筈よ」
調査の時、今と同じように私を座らせて脚の長さを計測したことがあったが、こういう意味があったらしい。瑠璃の身長は分からないが、座高を見る限りでは私と大差はないのだろう。あの場にはモデル体型のカイラと長身の日野、大柄な刑事コンビしかいなかったため、私の脚を使うしかなかったのだ。
『何でそんなピッタリなんだよ。オイオイ、まさかこの通路も計画のために増設したなんて言わねェよな?』
「さすがにこれは偶然でしょうね。窓に格子を付けるのと新たに通路部分を増築するのでは規模が違い過ぎるもの。〝義足部分に隠して運ぼうと思ったらサイズがピッタリだった〟じゃなくて〝たまたまサイズがピッタリだったから義足部分に隠して運ぶことを思いついた〟というのが正しいんじゃないかな」
なるほど、順序が逆な訳か。
『でもでも、縦格子が付けられてるのって、通路の内側だよね? 外側にいたら、どっちみち昇れなくない?』
「誰が外側にいるなんて言ったの。蕗屋君の〝ドール〟はドール通路の内側にいたの」
『でもよォ、内側を登ったんじゃ天辺まで行けなくね? 壁に頭がぶつかっちまうだろ』
「車椅子の中に隠して運ぶ時は逆Lの字だけど、肝心の梯子状態の時はひっくり返して、Lの字型にしたのよ。通路の先は引き戸になってるでしょ。ここを開放しておけば、頭がぶつけることはない」
『上下をひっくり返して……ん?』
『……何だか頭がこんがらがってきたなァ』
鈴と利根が混乱している。同感だった。横の物を縦にしたり、表裏が逆だったり、上下ひっくり返したりとやたら忙しない。
「時系列で説明するとこうよ」
ドール通路を所定に位置に戻し、蕗屋〝ドール〟を手に取ってカイラはまとめにかかる。彼女の説明は、以下の通り。
蕗屋君と瑠璃の二人は食堂で標的の動向に注目していた。瑠璃は時々ドールハウスを覗いて皆の動きに注目していたなんて言ったみたいだけど、それは少し嘘。多分盗聴器を仕掛けて誰がどこにいるか、これから何処へ向かうか正確に把握してたんでしょう。
二人が動きを見せたのは、標的が正答に至り、暗証番号を入力するために物置に向かった時。蕗屋君はドール通路の天井をずらし、通路と玄関ロビーの境目近くに自分の〝ドール〟を置いて食堂を出て、玄関を経由して塔の下へ向かい、そこで〝ドール〟と同期した。
蕗屋君が食堂を出てすぐに瑠璃は彼の〝ドール〟が入ったドール通路を取り上げ、自分の右脚部分に隠した。本来通路があった所には、あらかじめ用意しておいた代わりのドール通路を置いておくことも忘れない。あと、ドール通路を縦にする時、中にいた蕗屋〝ドール〟はいた所から落ちないよう、格子に掴まっていたのかもしれないわね。
準備を済ませた瑠璃は食堂を出て物置の前へと向かい、ゴーグルを付けているために瑠璃の存在に一切気が付かない皆と接触しないように気を付けながら、排気口の真下でドール通路を取り出し、逆Lの字だったモノをLの字になるようにひっくり返し、穴に到達できるように頭上に掲げ、中の蕗屋〝ドール〟に合図。格子に掴まって待機していた彼は急いで縦向きになった格子を上がる。
この時、蕗屋君本人は塔の梯子を昇っている。〝ドール〟蕗屋が格子の端まで行って、開放されている引き戸から外に出て、排気口を潜り、物置の棚板を渡る。あらかじめ棚板に置いてあったナイフを手に取り、今まさに暗証番号を入力している標的の心臓に刃を突き立て、すぐに踵を返す。さっき吉香が実演してくれた通り、手際よくやれば一分もかからずに終わるわ。ナイフは心臓に突き立てたまま放っておけばいいし、抜き取らなければナイフ自体が蓋の役割を果たして返り血の心配もない。殺人〝ドール〟は来た道を戻り、穴を潜って〝ドール〟通路へ入る。それを確認した瑠璃は食堂へ戻るだけ。一方その頃生身の蕗屋君はと言えば、塔を昇って、屋上でナイフを拾う〝動き〟をして、真っ直ぐに進み、人を刺す〝動き〟をして、戻り、人形の同期を切ってゴーグルを外し、梯子を降りて、あとは何食わぬ顔をして待っていれば、暗証番号を入力しに物置に入った誰かが事切れている標的を発見して騒いでくれる。鍵のかかった扉と監視カメラと、二重密室の外にいる蕗屋君に犯行は絶対不可能。かくして完全犯罪はなされる――予定だった。




