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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
40/60

同日 22:00〝ラダー〟代用

 言われた瞬間。


 彼女は――震えていた。


 チェス盤に腰掛けた〝ドール〟姿の彼女からは、当然の事ながら表情は窺えない。だけど、分かる気がした。蒼白な顔、蒼褪めた唇、極限まで収縮した瞳孔――その全てが、手に取るように。


「……何を、仰っているのですか」


 やや上ずった声。瑠璃ではない。誰が反論しているのかと声をした方を見れば、それは日野だった。自らの主が殺人の共犯者扱いされて黙っていられなくなったらしい。

「何言ってるも何も、そのままの意味よ。蕗屋君死亡推定時刻の前後で食堂から物置まで移動したのは瑠璃しかいない。そもそも、最初から怪しかったんだけどね。生身で動くみんなの姿が見たかったなんていってたけど、そんなの嘘。瑠璃の役割は蕗屋君の分身を犯行現場まで運搬することにあったのよ」

「食堂前の廊下には監視カメラがあるんですよ? 食堂から出るお嬢様は〝ドール〟なんて持っていなかったではないですか」

「配膳台と一緒だと言ったでしょう。服の下に隠したのよ。屋敷の主だから、カメラの位置なんて熟知してたでしょうしね」

「そんな……」

 額に手をやって途方に暮れる日野。

 しかし、目は死んでいない。

 必死に頭を巡らせ、瞬時に新しい反論を弾き出す。

「やはり無理です。物置の前まで来て、その後はどうするんです。その場にいた皆さんはゴーグルで目の前のことが見聞きできない状況だったから無視できるとして――肝心の穴にどうやって届かせるんです? あの排気口の高さ、二メートルはあります。比較的背の高い私ですら手を伸ばさなければ届かない高さです。立ち上がることすらできないお嬢様が、どうやってそんな高さにある穴に〝ドール〟を入れることができたと言うのです」

 いつもに比べると若干興奮しているが、それでも彼の口調は落ち着き払っていて、論旨も明瞭である。対するカイラの返答は、少し様子がおかしかった。


「だったら、〝ドール〟に昇ってもらうしかないでしょうね」


「……仰っている意味が分かりません。昇るって、壁をですか? そんな、蜘蛛やヤモリじゃないんですから……」


『だよなァ。階段や梯子があるならまだしも――』


『それッ!』


 同調する利根の言葉を遮るように、鈴が大声をあげる。


『……大声出すなよ。何がそれなんだ』

『利根っち分かんない? ハシゴだよハシゴ! フッキーが昇ったのもハシゴじゃんかっ!』

 だんだん分かってきた。

 つまり、〝ドール〟は梯子を使って排気口まで昇った、ということらしい。オペレーターの蕗屋自身はリアル塔にいて、〝ドール〟は物置の外にいる。蕗屋が塔の梯子を昇ると、蕗屋〝ドール〟も〝梯子〟を昇る。蕗屋が屋上まで昇りきると、〝ドール〟も排気口にまで到達することができる。

 その仕組みは分かった。

 だけど。

 だけれど。


『よく分かンねェなァ。〝ドール〟が昇るのは、当然ドール塔な訳だろ? だけどヨ、それをどうやって物置の前まで持ってくるんだよ? あれ、相当にデカいぞ。オレらですら、二人がかりじゃないぞ持ち運ぶのは難しいんだから』

「切り離して持ってきたのよ」

「……ここまでですね」日野が復活する。「それは無理です。ドールハウスは各階ごとの建物、プラス通路の六つのパーツを組み合わせて出来る仕組みになっていて、塔だけを単独で切り離すことは構造上できないのです。どうしてもドール塔を梯子代わりにしたいのなら、ドールハウスごと運ぶ必要がある。しかしそれは不可能。お嬢様では尚更です」

『この配膳台を使えば……って、無理か』

「そうです利根さん。もう一度言いますが、廊下には監視カメラがあるのです。いかなる手段を講じようと、ドールハウスを食堂から持ち出せば必ずカメラに映った筈です。小さな〝ドール〟とは違い、服の下に隠すことも不可能。つまりお嬢様は共犯などではないということです」

 ここまで強い自己主張をする日野など初めて見た。お嬢様に罪を着せまいと必死なのだろう。しかし当の本人は目を伏せて俯いたまま黙っているので感情は窺えない。

「正しい反論ね。でも、方法はある。これからそれをお見せします」


 ――一旦食堂に戻るわよ。


 言うが早いか、配膳台を引いて踵を返すカイラ。何をするつもりなのだろう。調査を真横で見ていたにも関わらず、私には何も分からなかった。

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