同日 21:50〝マーダー〟指名
カイラの言葉で、催眠術が解けたように私が纏っていた〝ガワ〟は剥がれ落ちる。腰にあるスイッチを押し、同期を切り、ゴーグルを外す。調度品など何もない101号室を出て、隣の物置へと戻る。カイラと日野と刑事ペアと、四体の〝ドール〟が私を出迎える。
『熱演だったなァ』
利根の言葉に、私は急に恥ずかしくなってくる。
「……すみません、色々と失礼なことを口走ってしまって……私、役に入り込むと熱に浮かれたみたいになってしまうので……」
『本当に憑依型なんだね……』
鈴の呟きは呆れと感心が半々と言ったところか。
「再現のクオリティを上げるために本人に成り切ってもらったんだけど、かえって混乱させちゃったみたいねえ」
カイラも苦笑いしている。
『オレはまだ混乱してるけどな』
腕組みをした利根が低い声を出す。
「そう言えば、利根君も言いたいことがあるって言ってたわね」
『ああ、オレからは大きく二つだ。一つ目。オメェ、要するに〝ドール〟を遠隔操作することで密室殺人を作り上げたってことを言いたいんだろ? だけどさ、オレだってそれくらいのことは考えたよ。密室だって言ってンのに露骨に怪しい穴が空いてンだから、誰だって考えるよな? だけど、それは却下したよ。何でか分かるか? 一昨日の集まりでその考えが否定されてたのを思い出したからだ』
『勘違いしないで。あれは、塔の屋上にいる蕗屋君を突き落とすのに〝ドール〟は使われてないって話だったじゃない。だけどその後の話で、蕗屋君は被害者ではなく加害者になろうとしていたんじゃないかって疑惑が出てきた。立場が逆転したのよ。確かに、瑠璃の〝ドール〟は動かした形跡がないし、アタシたちの知らない未知の〝ドール〟を秘密裏に用意して犯行に使うのは現実的に困難って結論は出たわよ? だけど、今回使われたのは蕗屋君の〝ドール〟な訳。彼自身がオペレーターとなり、密室に侵入して、生身の人間にナイフを突き刺した。何の矛盾もないわ」
『それだよ。それがオレの言いたいことの二つ目だ。おかしくねェか? 犯行に使ったのが蕗屋の〝ドール〟だったとして、それをどうやってここまで運んできたんだよ?』
隣のカイラが薄く笑う。話が自分の想定した通りに進んでいるのが愉快なのだろう。
「あらかじめ蕗屋君が置いておいた、とは考えられない?」
『絶対に違う。事件の時、オレらは確かに自分の〝ドール〟を抱えてソファに座る蕗屋を展望台から見ている。それからアイツの〝ドール〟は食堂から一歩も外に出ていない』
「何故そうだと言い切れるの?」
『監視カメラに映ってねェからだよ。〝ドール〟を持って物置に向かう人物も、〝ドール〟だけが単独で歩いて物置に向かう姿も、両方映っていない。〝ドール〟が瞬間移動でもしない限り、物置に〝ドール〟がいる訳がねェんだよ』
「でも、現実にいた」
言葉に力を込め、明確に口角を上げる。
「それも再現したの、気付いてる? みんなが配膳台に移った時、蕗屋君の〝ドール〟は確実に食堂にあった。でも、今ここにいる。それは何故だと思う?」
『分からねェよ。それも込みで混乱してンだっての。いいから早く教えろや!』
苛ついているのか、口調が極端に攻撃的になる。ヘアバンドから覗く怒髪で天をつきそうな勢いだ。
「そうね――とは言っても、今さっきアタシたちがやったことに関しては本当に大したことじゃないのよね。ただ、同じ配膳台に乗せて一緒に運んできただけ」
言いながら、ペラリと配膳台を覆うカバーを捲る。床から一〇センチ程度の高さに板が渡されていて、そこにも物が乗せられるようになっている。
「二段になってたの。皆を乗せた後でこっそり下の段に忍ばせて物置まで運んだって、ただそれだけの話。物置についてからは、日野さんがこっそり下の段から〝ドール〟を取り出して、廊下から排気口に〝ドール〟を押し込んでもらったの。その間、アタシはみんなの注意を外にそらさないよう、露骨に視線誘導していたんだけどね」
『本当に大したことなかった……!』
「〝ドール〟が排気口から室内の棚に移動したのを確認したら吉香に合図を送って、隣室に移動して〝ドール〟と繋がってもらった。そこからはさっき〝蕗屋君〟が説明した通り。引っ込みナイフは元から棚に置いておいたから、後はステップを上がる多見刑事の胸に引っ込みナイフを押し当てるだけ。多見刑事に前もって話は通してあったけどね」
被害者役の彼だけではない。上司の間軒警部、〝ドール〟の運び役であった日野や、そして勿論、蕗屋を演じることになった私とも、ざっくりとした打ち合わせはしてあった。
だが、知っているのはここまでだ。
カイラが掴んだらしき事件の真相については「その時になったら話すから」の一点張りで、それ以上のことは教えてもらってない。そこが肝心なのに。
『……あのヨ、今の一連の流れ、事件と関係あったか? 再現でも何でもねェじゃねェか』
「何言ってるの。再現だってば。少し形は変えてあるけど」
何故だろう。カイラの語り口は淡々としているのに、だんだんと背中の辺りが緊張していくのを感じる。
『形を変えてって何だよ。あの時、配膳台なんてなかっただろ』
「だからそこが〝形を変えて〟なんだってば。配膳台はなかったけど、それに代わるもので蕗屋君の〝ドール〟を物置まで運んだ人間がいるの。つまり、〝ドール〟を操作して殺そうとした実行犯たる蕗屋透とは別に、〝ドール〟を物置まで運んだ共犯者がいた訳ね」
あの日あの時あの場所で。
そんな機会があった人間も、そう見られる行動をとっていた人間も、一人しかいない。
最初から怪しげではあったのだ。
ただ、置かれている立場からの心理的抵抗と、あまりにも明白な身体的物理的制約により容疑者圏外に置かれていた。一昨日の集まりでは疑いの目を向けられる一幕もあったが、結局は濡れ衣として処理された。
だから完全に油断してた。
やっぱり、アンタが関係してたんじゃないか。
「そうよね、瑠璃」




