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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
37/60

同日 21:15〝リンク〟不可

 そう言って、並べられた〝ドール〟の一番端に立つ細身の少年を手に取るカイラ。高校生時代の蕗屋透を模した〝ドール〟だ。

「その前にまず、前提条件として確認しておくけど、今日のアタシの説は〝蕗屋透が殺人計画を立てていた〟という説を元にして立てられているのね。兼ねてから殺人者の心理描写に悩んでいた蕗屋君は瑠璃からの相談を受け、興味津々の体でその話に首を突っ込む。正義の顔して人を殺す、絶好の大義名分が出来たとばかりに、ね。蕗屋君はその頭脳を駆使して、この双児舘とその相似形であるドールハウス、そして皆の〝ドール〟を使った殺人計画を練り上げた。その計画は例の脱出ゲームの最中に遂行される筈だった――」

『でも、失敗しちゃったんんだよね』

 ポツリと漏らす鈴。

「万全を期して臨んだ計画だったのに、蕗屋君はしくじった。そして亡き者となった。彼がどんなミスを犯したか――それはひとまず置いておきましょう。それよりもまず肝心なのは、どんなトリックを用いて誰を殺すつもりだったか、ってことね」


『あべこべじゃねェか……』


 利根が溜息混じりに言う。

『ん? 利根っち、あべこべって?』

『だからよォ、普通この手の謎解きって言ったら、最初に殺人事件があって、被害者がいて、さァ犯人は誰でトリックは何でしょう、ってなモンだろ? それがこりゃどうだ。まず事件は起きてねェ。だから被害者も分かンねェ。だが犯人は分かってる。そんな状況で、トリックを解けときている』

『あー、そうかあ。起こりもしない殺人事件のトリックと被害者を探すなんて、雲を掴むような話だもんね……』

 高校生の姿をした利根と鈴がボソボソと言い合っている。

「そうね――でも、ヒントはある」

〝ドール〟同士の遣り取りを聞きつけたカイラが声を張り上げる。


「蕗屋君の死に方を思い出して。塔の梯子を昇って、落ちた――その状況こそが唯一にして最大のヒントだと思うのよ」


『分からん。オメェの言うことはさっぱり分からん』

「心配しないで利根君。アタシだって、さっぱり分からなかった。分かる訳がないのよね。だから、そこで出発点を変えてみることにした訳」

『出発点?』

 首を傾げる鈴。

「不可能犯罪を演出したって言うけど、蕗屋君が犯人である以上、不可能犯罪を起こすこと自体が難しいのよ。だって、同窓会の主催者である上に、舞台も小道具もゲーム企画も全部蕗屋君が準備したもので――そのゲームにしたって、他の参加者はゴーグルが外せない中、蕗屋君だけはゴーグルの着脱が自由だったのよ? 圧倒的なアドバンテージよね。そんな中で殺人事件が起きたら、どうやっても蕗屋君が疑われるのよ。だからこそ、誰がどう見ても蕗屋透には犯行が不可能だと思わせる状況を作らなければならなかった――それはどういう状況だろうね?」

『結論を言えや。回りくどい』


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どう?」


『……密室殺人ってか。推理小説でよくあるヤツだな』

『え、でもそんなの、フッキーだって無理じゃん? ってかどこの部屋でやんの?』

 意気がった小僧姿の利根が嘆息し、派手なギャル風の鈴が困惑している。秀才然とした波部は腕を組んでそっぽを向き、チェス盤に腰掛けるお嬢様は全くの無反応。〝ドール〟四体の反応は四者四葉だが、カイラはとりあえず鈴の疑問に答えることにしたようだ。

「どこの部屋かって? あるでしょう。見るからに怪しい空間が」


『……物置!?』


「ご名答。あの部屋は暗証番号入力のために用意されたものだけど、カンニング防止のために部屋の鍵をかけないと番号が入力できない仕組みになっている。言い換えれば、入力中は密室内に一人きりってこと。そこで、扉には鍵がかかっているにも関わらず、例えば胸をナイフで刺されて死んでいる人間が発見されたら?」

『そりゃ確かに不可能犯罪だわなァ』

『でも、フッキーが犯人なんでしょ? 何かあるんだよねっ、フッキーにしか出来ない方法が』

 身を乗り出し、答えを催促する鈴。手品師に種明かしを迫る子供のようだ。だけどカイラはそこまで甘くない。

「そこではここで設問を一つ。密室となった物置で、ナイフで刺殺された死体が発見されたとして、蕗屋君はどのようにしてそれをやったのでしょうか?」

『逆に聞かれても……』

『蕗屋の野郎が知恵絞って練り上げたのに、オレらがちょっと考えて分かるワケ……いや、待てよ』

 突如として降って湧いた命題に、鈴は狼狽している。利根も最初は諦めムードだったが、不意に何か閃いたらしい。

「……あるよ。密室破る方法。ドールハウスの外にいる蕗屋だからこそ出来た方法が』

 利根の声が弾んでくる。

『え、何何!? 早く聞かせてよ!』


『簡単だよ。屋根を外せばいい』


『……あたしのワクワク返してほしい。人類史上で一番価値のない数十秒……』

 この人も浮き沈みが激しいな。鈴は十代の頃の姿だと若干テンションが上がる傾向にある。

『そりゃ言い過ぎだろ。オメェ、勘違いしてねェか? 屋根外して中のドールを刺したって話じゃねェぞ? オレをバカにすンな』

〝ドール〟に物理攻撃を加えたところでオペレーターにはフィードバックされない――一昨日の推理合戦でそれは検証済みだ。

『じゃあ何するのよぅ』

『決まってンだろ、鍵開けンだよ。ここには物置が二つあるよな? 現実の双児館にある本物の物置――リアル物置と、ドールハウスの物置――ドール物置だ』

 カイラに倣ってか、利根はざっくりとした略し方をする。

『で、二つの扉の鍵は連動している。ドール物置の鍵を開けりゃ、リアル物置の鍵も開く。パッと見、ドールハウスの外にいる人間にはどうやっても施錠されたリアル物置への侵入は不可能に見えるよなァ? だけど、簡単なことなんだよ。食堂に戻り、ドールハウスの上階を外して、開いた天井から手を伸ばしてドール物置の扉を解錠すればいい。それだけだ。密室は解かれ、蕗屋は悠々とリアル物置に侵入して、中にいる人間を煮るなり焼くなり好きにすればいい』

「面白い考えだけど、それは無理ね」

 利根の長台詞をばっさりと一蹴する。

『何が無理なんだよ!』

「うーん、色々あろけど、大まかに五つ」

『そんなにかよ!』

「まず、ドールハウスの上階を外すって簡単に言うけど、これ縦に二メートルもあるから一人で持ち上げるのは相当に骨が折れるわよ?」

『……やってやれないことはねェだろ』

「二つ目、もしその時に二階以上に誰かがいたらどうするの? 物凄く揺れて、誰かがドールハウス動かしたのなんてバレバレよ? 最悪、顔を見られるかもしれない」

『……分かった。天井を外すってのはやめるわ。窓から細長い棒を突っ込んでスライド錠を開けたってのはどうだ』

 出た。自分の推理を却下されるや否やあれこれ条件を変えて食い下がる、利根が得意にする戦法だ。

「それでも無理」

『何でだよ』

「三つ目ね。考えてもみてよ。ドール物置にはその時、人がいるの。他でもない、これから殺そうとする標的がね。リアル物置にいるオペレーターはゴーグルで目の前が見えてないけど、ドール物置にいる〝ドール〟にはバッチリ見えているの。急に天井が外れたり、窓から棒が突き出されてきたら悲鳴の一つでもあげるわよ。悠々と煮たり焼いたりなんて出来っこない」

『それは……』

「四つ目」カイラは尚も畳み掛ける。「言ってなかったかもしれないけど、密室は一つじゃないの」

『はァ?』

「事件当時、玄関以外の出入り口は全て内側から鍵がかけられていたんだよね。建物自体が玄関以外からでは出入り不可能だったの。そして玄関、そして食堂前の廊下は絶えず監視カメラが撮影されていた。さっき利根君は食堂に戻って、なんて簡単に言ってたけど、それはありえない。それどころか、あの時に蕗屋君は屋敷に一歩も足を踏み入れてないことがすでに証明されてるの」

『そもそも、食堂にはルリルリがいたんだからドールハウスに近づくこと自体ムリだよね。あの時はたまたまいなかったけど……』

『クソッタレが……』

 鈴の追撃にぐうの音も出ず、利根は項垂れてしまう。

「これが最後、五つ目なんだけど――そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『ハァ?』

「人形に見えて精巧なロボットである〝ドール〟と違って、ドールハウスはあくまでドールハウスで、機械的な仕掛けは一切ないの。瑠璃お手製ですもの、そんなものがある訳ないわよね。あくまで、ドール物置の扉と暗証番号入力装置、それに通路への扉が連動していただけ。扉や鍵の動きが連動している訳ではないの。連動してるのは、それを開く人間の方。オペレーターがリアル物置の扉を開くと、オペレーターの動きと連動した〝ドール〟がドール物置の扉を開く――ただそれだけの話。だから、例え外部からドールハウスの扉や鍵を操作したところで、現実の扉に干渉はしないのよね」

『そういうことは、早く言えや』

「もう、利根クンはどうして考え方がそう雑なのかしら。論理を進めていくのに前提条件の検証は不可欠だと思うのだけど」

 髪をいじりながら口角を上げるカイラ。

 この遣り取り、どこかで見たぞ。

 調子に乗る人気モデルを、二体の〝ドール〟が睨みつけている。

 一体は完全論破された利根。

 そしてもう一つは――

『ね、ね、カイちゃん、波部っちが見てる』

 鈴が小さな手でカイラの太もも辺りを叩く。

「うん、知ってる。アタシ今、そっち見られないから」

 無言で顔を上げる波部から視線を外しながらカイラが言う。

 ああ、そう言えばさっきのは波部が言った台詞ではないか。

 気まずくなるならパクリなんかしなければいいのに。

 微妙な空気を戻したのは、もちろん利根だ。

『だったらよォ、一体全体、蕗屋はどうやってその不可能犯罪をやるつもりだったって言うンだよ? 当然、その答えは出てンだろ!?』

「もちろん」

 タイミングよく、厨房から空の配膳台を押した日野が姿を現わす。

「これから、それをお目にかけてあげるわ」

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