10月20日(月) 18:15〝ハウス〟探索
――そう、思っていたのに。
「何やってんだろ、私……」
雑居ビルでの推理合戦から一日挟んで月曜の今日。
私は秩父に来ていた。
そう、事件現場である仁行所家所有の双児館弟だ。西日の差し込む食堂で、私は久宮カイラの背中を見ながら深く長い溜息を吐く。
「……ん? 吉香、何か言った?」
「いえ、何も」
私の乾いた返答に、無言で再び背中を見せる。今彼女は事件当時に使っていた長机へ向かい、ドールハウスをバラバラに分解してあれこれ検分している。それは事件当時に使われていた本物で、一応彼女も指紋がつかないように手袋をしている。ドールハウスだけではない。各メンバーの〝ドール〟も、瑠璃製作のメイド人形も平面図もチェス盤も暗証番号入力装置も、あの日あの現場にあった全てのオブジェクトが、今ここにある。先日、これくらいは再現しなくては当日に何が起きたか検証してするのは不可能だと波部が説明した数々の代物だ。それらは警察が全て保管していて、だからこそ事件解決は彼らに一任すべき、という結論が出た筈なのだけど――。
なんで私はここにいるんだろう。
今度は口に出さず、心の中で小さく溜息を吐いたのだった。
一昨日、北浦和の雑居ビルでの推理合戦から一夜明けて、私は完全に事件が自分の手から離れたものだと思い込んでいた。いや、そもそも私は最初から一貫して無関係であって、今までカイラの探偵ごっこに付き合わされていたのが理不尽だったのだ。だけどそれももう終わった。そりゃあ確かに蕗屋透が何を企んでいたのかは気になるけれども……。
土曜に休んだ分を取り戻すべく、日曜は朝からショーに出ずっぱりで自宅アパートに帰ったのは日が暮れてからだった。メイクも落とさずベッドに倒れこむ。明日は休みだ。溜まっている家事を片付けなくては。そう言えば、二十日は近所のスーパーの特売日だった。卵と牛乳を買わなくては……そんな所帯じみたことを考えながら半分眠りに落ちていたところを、メッセージ着信で起こされる。
『明日秩父に行くよ』
一気に眠気が吹き飛んだ。
慌てて電話すると、相手はすぐに出た。詳細を問い質して返ってきた答えは以下の通り。
・あの後ずっと考え続けて出た、とある答えを実地で検証したい。
・どんな答えが出たかは言葉での説明が難しいから今は話せない。
・警察と瑠璃にはすでに話がつけてあって、使用許可は出ている。
・思い出したことがあるという建前だから現場にいた人間が必要。
・瑠璃と日野以外を誘いたいが、利根と鈴は仕事で、波部は論外。
・月曜休みなのも家事くらいしか用事がないことも把握している。
・汚れ仕事上等。この久宮カイラには無理という理屈が意味不明。
――以上のことを息つく暇もなく、のべつ幕なしに捲し立てられ、こちらは取りつく島もない。無茶を要求をされているのに反論の矛先は先に潰され、逃げ場がない。相手の手番しかないチェスを指されている気分だ。こういう時にすぐ折れてしまうから良くないのだと分かっているのだけど、もうどうしようもない。気付けば無数の糸に絡めとられ、踊らされている。いつもそうだ。
かくして私は、彼女の都合に合わせて月曜夕方に秩父へと発ったのだった。
ただ、実際の屋敷で実際の小道具を使って調査をしたい、ということは分かったが、具体的に何を知りたいのかは一切知らされていなかったので、到着した時に彼女が一階階段の奥にあるトイレの壁を子細に調べているのには驚いた。
「……隠し通路や隠し部屋を探してるんですか……」
脱力し、失望した。
人を秩父くんだりまで引っ張り出しておいて、出て来たアイデアがその程度とは……。
「ああ吉香、来たのね――ってか、隠し通路なんて探してる訳ないでしょ。そんなモノがないことはとっくに確認済み。ただ各部屋の出入り口に不審な隙間がないかを探していただけよ」
到着した私への挨拶もそこそこに本来の目的を口にするカイラ。ショートパンツにロングTシャツという夏らしい装いだが、手に嵌めた捜査用の白い手袋だけが恐ろしく似合っていない。
「隙間――って、糸とかを通す隙間ですか?」
「……それよりは、もうちょっと大きい、かな」
意味深な言葉を漏らし、彼女は踵を返す。
「吉香も来たことだし、双児館をおさらいしてみましょうか」
「あの私は別に……」
「アタシの考えを整理するためにするの」
「ですよね」
大足で踏み出すカイラ。と同時に、階段の奥から大柄な男が二人連れだって動くのが視界に入る。間軒警部と多見刑事だ。二人とも共通して上背があるうえに筋肉質なので目に付きやすいのだ。
「……スイマセン。今回はウチの先輩が無茶を言ったみたいで……」
そそくさと近寄って頭を下げる。対する警部は分厚い掌をいかつい顔の前で振って笑う。
「いやいや。久宮さんの発想は自由で面白いものがありますからね。我々の目がありますから証拠の隠蔽や破棄は不可能でしょうし、どうぞご自由にして頂いて結構ですよ」
それでいいのか埼玉県警。カイラの後ろを一定の距離でついていく間軒警部の背を見送りながら、今までずっと背後に控えていた多見刑事が私に近寄り耳打ちする。
「警部の娘さんがファンだって言ったでしょ。一緒に写真撮ってもらう約束をしたんですよ。それですっかり、舞い上がっちゃって」
あの警部、いかにも現場主義の石頭みたいな顔して、意外とミーハーなところがあるらしい。この多見刑事にしても細目でマッチョで耳も潰れていて近寄りがたいが、割と軽い部分もあるらしい。
「お互い、下の人間は大変ですよね……」
うんうん、と頷き、私は慌ててカイラの後を追ったのだった。
「玄関は重厚な観音外開きの鉄扉で、上部に監視カメラ、開くと通路部分、と」
玄関に立った彼女は口に出しながら実際に扉を開く。
「通路部分――幅は一.五メートル、奥行きは三メートル」
壁に寄り、グッと足を伸ばした大股で歩きながら長さを確認している。一歩を一メートル換算で計っているのだろう。
「突き当りを右に曲がって通路――全面にはガラス張りの大窓。開閉は不可な上に内側に木製の縦格子が付けられている。窓は下部と上部それぞれが五〇センチほどで、縦格子の間隔は三〇センチ。通路の長さは五メートル」
すらすらと数字が出てくるのは私が来るよりも前に計っておいたからだろうか。さっき自分の考えの整理をするため、と言っていたが、彼女の中では何かしら意味のある儀式なのだろう。
ロビーと通路の概要を語り終えたカイラはさっさとその先の引き戸を開けて階段室を進み、さらにその先の扉を引いて先に進む。
「あれ、ここの長さは計らないんですか?」
「必要ないからね。さ、行くよ」
と言うことは、ロビーや通路の寸法は事件に関係あるということだろうか。愚鈍な私にはさっぱり分からないが、昨日の電話からすると彼女の中ではすでに何かしらの結論が出ているらしい。今はその確認作業らしいが……。
食堂の扉を開いたカイラは一直線に長机へと向かう。
「これ、バラすの手伝って」
長机のドールハウス、その三階部分の端を掴んで私にそう言う。双児館は細長い長方形の形をとっていて、幅が四〇センチ足らずなのに対して奥行きは二メートル近くもある。女性一人で上げ下げするには骨が折れるのだ。
「ああ、はいはい。平面図みたいに置いていけばいいですか」
「そうそう、一昨日みたいにして」
雑居ビルに到着した時、すでにドールハウスのレプリカは机の上に並べて置かれていた。その場にカイラはいなかった筈だが、そもそもそう置くように指示したのは彼女自身なのだ。話が早い。
ドールハウスは各階の部分とさっき調べた通路の部分、計六つのパーツから出来ている。私と協力して各パーツを長机に並べたカイラは、何を思ったのか一つ一つを手に取って子細に調べ始める。持ち上げて横にしたり、ひっくり返して裏側を見たり、自分の鞄から取り出したコンベックスであちこち計ったり――黙々と作業しているが、何の説明もないので私はその背中を見ることしかできない。
「何やってんだろ、私……」
そこで冒頭の場面に戻る。
先程からカイラは一人で調べて一人で納得しているが、後ろについて回っている私は何をしているのかさっぱり分からない。愚痴の一つも出るというものだ。
「吉香、ちょっと座って」
顔を上げると、ソファを指差すカイラの姿。ここに座れ、ということらしい。大人しく指示に従うと、カイラは座った私の脚をコンベックスで計測し始める。
「……何してるんですか」
「うん、だいたい分かった。ありがと」
相変わらず何の説明もないまま、脚を触られたままで終わった。そしてまた無言でドールハウスの検分を始める。本当に何なのだ。
「あの、帰っていいですか?」
「え、何でー?」
手にしたドールハウスから目を外さずに間延びした声を上げる。
「だって私、ここにいる意味ないじゃないですか。刑事さんたちともうまくやってるみたいだし……」
「まあ待ってなさいって。吉香にはしてもらわないといけない大事な仕事があるんだから、ね?」
「そう言われましても」
「手持無沙汰なら、外に出て梯子でも昇ってみたら? アタシのもう一人の〝助手〟に働いてもらっているから」




