同日 19:25〝ダーティーワーク〟譲渡
「何故かと言われても断言などできないが――失敗したんだろうな。想定外の何かがあって」
『つまり、事故ということね?』
「そういうことだ。誰かの意思の下ではなく、純然たるアクシデントとして、アイツは命を落とした――結局、そう考えるのが一番しっくりくるんじゃないか?」
よく考えてみろ。
ドールハウスの置かれた机から数歩前に歩み出て、振り向いて皆を見渡す。芝居がかった所作だが、そう言えばこの人も演劇部だったことを思い出す。観客を惹きこむ術を分かっている。
「今回のゲームは、企画も運営も場所の選定も小道具の用意も、全てゲームマスターである蕗屋が用意している。一部は仁行所も手伝った部分もあるが、それとて蕗屋の指示に従ったにすぎない。ゲームは全て蕗屋の管理下に置かれていた。そんな中、そのゲームマスターの裏をかいて命を狙うなんてことができると思うか? それも、ゴーグルが外れない状況で、だ。仮に事前に話をつけて自分だけゴーグルの戒めを外してもらっていたとしても、蕗屋を出し抜き、仁行所や他のメンバー、それに監視カメラの死角をつき、かつ捜査の目を掻い潜って完全犯罪を成すなんて離れ業が可能だろうか? 俺は無理だと思う。ああだこうだと議論を重ねるまでもなく、端から殺人の可能性など捨てて考えるべきだったんだよ」
『だから、事故死?』
「そうだ。今回の件は発端から末路まで、終始一貫して蕗屋が主体となっている。他の人間が介在する隙間などない。奴は何かをやろうとして、できずに失敗した――それだけの話なんだよ、これは」
波部が言葉を区切ると、コンクリ打ちっぱなしの部屋に静寂が訪れる。私は静かに固唾を呑む。何だか色々と分かってきた。もちろん全ては仮定で、波部の想像だ。しかし、致命的な瑕疵はないように思える。
ただ、謎は増えた。
塔を昇ることで発動する殺人トリックとは何か、蕗屋はそれで誰を殺そうとしていたのか、そしてその時に何があって彼は死に至ったのか――。
「結局、肝心のトコが分かンねェじゃねェか」
利根が代表して総括を述べる。
「でも波部っちなら全部パパッと解いちゃうんでしょ!?」
「もう一度言うが、無茶を言うな」目を輝かせる鈴にうんざりした声を上げる。「何か勘違いしているようだが、俺は名探偵でも何でもない、ただのしがない中学教師だ。こんな、現場から何十キロと離れた雑居ビルで想像の翼を広げたところで何一つ実証できることはない。あくまで仮説、推論だ」
「え、でもドールハウス用意したじゃんか」
「悪いが須藤、これだけでは全然不十分なんだよ。実際の現場で、事件に使われた本物のドールハウスと、全員分の〝ドール〟、それに平面図や仁行所製作のメイド人形、暗証番号入力装置――それら一切合切全てを用意して、完全に事件当日の現場を再現する。それによって、初めて実りのある実証がなされる。それができないのなら、いくら人数揃えて頭を捻ったところで時間の無駄なんだ」
強い口調で波部はそう締め括る。中途半端な再現で真相を掴むことはできない、ということか。
「瑠璃、双児館はもう立ち入りは許可されてンのか?」
事件直後は捜査のために館への出入りが制限されていた。一週間たった今はどうなのか、利根はそこが気になるのだろう。
「どうかしら……わたしの許可があれば、屋敷へ入ること自体は問題ないと思うのだけど……」
『ダメよ。〝ドール〟もドールハウスも、ゲームに使われた色んなアイテムも、全部警察で保管されてるのよ? 謎解きをしたいので返してください、なんてアタシら民間人が言ったところで聞く耳持つと思う? 門前払いされるに決まってるわ』
言い方はややキツいが、カイラの言う通りだ。これが推理小説ならば警察は探偵役にやたら協力的なのだが、現実はそうもいかない。
「ううん、やっぱ警察に任せるしかないのかなあ」
「須藤」
鈴の名を呼び、ツカツカと彼女に近づいていく波部。近づかれる方は目を白黒させている。
「な、何……?」
「それが正解だ。ここに来て初めて正しい選択肢を見つけたな」
「……え?」
当の本人が分かっていない。
しかし、聡いカイラにはそれで伝わったようだった。
『ちょっと、それはないでしょう? せっかくここまで来たのに、手柄を横取りさせるわよ?』
「……お前は何だ、久宮」
鼻息荒いカイラに対し、ゾッとするほど冷たい声を出す波部。そのトーンに、さすがのカイラも困惑する。
『何だって、何よ……』
「警察か? 検察か? 探偵か? どれも違う。久宮カイラはモデルだろうが。事件捜査はお前の仕事じゃない。餅は餅屋。捜査は捜査のプロ、警察に任せるんだ」
『そのプロが信用できないから、こうして素人探偵みたいな真似を――』
「それでもプロはプロ、専門家だ。別に、お前たちの能力を低く見ている訳でもないし、面倒だから協力を拒んでいる訳でもない。警察組織に過剰な信頼を寄せているのでもない。いいか? 誰彼構わず疑惑の目を向け、本人も隠しておきたい過去を暴くなんて行為は、言ってしまえば汚れ仕事だ。精神的な負担が大きいし、恨みを買うことだってある。はっきり言って何のメリットもない。そんなのは警察に任せておけと言っているんだ。お前の貴重な時間を使うことはない――分かるよな?」
『それは分かるけど……』
思いの外に真摯な波部の訴えに、カイラは言葉をなくす。そこまで言われては引き下がるしかないだろう。
「でもよォ、もったいなくねェか? ここで今日一日話したこと全部捨てて警察に丸投げしちまうンだろ? オレらのハズレ推理はともかく、オメェの話なんて相当参考になると思うンだけどなァ」
またしても利根が皆が思ってることを代表して口にする。
「勿論、無駄にはしないさ。全部聞いてもらう――と言うより、聞いてもらっていた。そうですよね?」
意味不明なことを言って、机の上に視線を寄越す。
次の瞬間、私は自分の目を疑った。机の上の、事件当時の各人の動きを確認するために用意した〝ドール〟の中の一つ、グラサンベアーが――
『ええ、もちろん拝聴しておりましたよ』
動いたのである。
そして、当たり前のように喋っている。その声はキャラの容貌から連想される通りのユーモラスな声音だったが、口調はどことなく聞き覚えがある。
「……ビックリしたぁ……」
『申し訳ない。驚かすつもりはなかったんですがね』
後ずさる鈴に謝罪の言葉を述べて少し前に出るグラサンベアー。
「ああ、これも〝ドール〟なのか」数拍遅れて利根も同じことに思い至ったらしい。「いや、だとして、オペレーターは誰だよ」
「今言ったばかりだろう。警察の方々だよ」
『間軒取蔵です』
『多見仁太です』
グラサンベアーの後ろに控えていた犬、グラサンドッグも熊と同様に前に出て口を開く。間軒警部と多見刑事――私たちからすればすっかりお馴染みの、今回の事件を捜査している二人だ。ただ、下の名前は初めて聞いた。
それにしても――聞きたいことは山ほどある。
疑問符が、渋滞を起こしている。
「はあ? 何で? いつから? オメェがやったの?」
こういう時、利根は全て吐き出してくれるから楽だ。
「お前らの考えを警察の方々に聞いて頂くために、俺が準備した。いつからと言われれば、この二つを机に置いた辺りからだ」
「序盤も序盤だなァ」
『我々としても、こうした真似は避けたかったのですがね……』
首を振り、サングラスを外す間軒。その下の目は光っていて、〝ドール〟が同期していることを表している。恐らく、それを隠すためにサングラスは用意されたのだろう。〝グラサンドール〟というキャラがいたのは渡りに船だったという訳だ。熊や犬のビジュアルをした〝ドール〟自体はレンタルショップにデフォルト仕様として置かれている。置物みたいな顔をして、ずっと話を聞いていたということか。
「俺は最初から警察に任せるつもりでいたし、早い段階から蕗屋の死が殺人でないと確信していた。だがそれを俺一人が言ったところで到底信じてもらえるとは思えなかったし、かと言ってこの場に刑事さんたちに同席してもらうのもな――お前ら、萎縮してろくに喋らなくなるだろう」
刑事コンビは二人とも体格がよく、目付きも鋭いため威圧感が半端無い。その辺りは波部の読み通りだと思う。
『……謀ったわね』
「人聞きの悪いことを言うな。円滑に物事を進めるための工作だ。久宮の警察嫌いは俺も把握していたからな。皆が萎縮する以前に、刑事さんたちの同席を打診したところで拒絶されることは火を見るよりも明らかだった。そう思って、刑事さんたちに〝ドール〟操作のためのスーツ、ゴーグル一式を渡して、今回の議論を見学してもらったんだよ」
『おかげで面白いものが見られました。皆さん、なかなかの名探偵揃いのようで』
熊の姿をした間軒警部がどこまで本心か分からないコメントをする。十中八九、皮肉なのだろうけど、その容貌で言われても不思議と嫌な気はしない。
「皆で互いの身の潔白を証明し、殺人などなかったと結論づけ、その様子を刑事さんたちに見てもらう。よかったじゃないか。皆が無実だと分かったんだ。もう痛くない腹を探られることもないし、刑事さんたちとしても捜査方針を立て直すことができた」
「……今日ここであーだこーだ言い合った内容は、オメェは全部最初から想定済みだったって訳か。オレらの推理も、オメェのことだから一通りは考えてて、その上で却下したんだろ? だからどの説に対しても即座に反論材料が出てきたんだ。最初から犯人がいないことは分かっていて、その上でオレらに即興劇を演じさせてたんだな。刑事さん二人を観客にして」
嘆息混じりに利根が締め括る。なるほど。だとしたら大した傀儡師だ。この人だけは敵に回したくない。
『――さて、ここから先は我々専門家に任せていただきましょうか』熊の姿の警部が再び口を開く。『汚れ仕事のプロにね』
先程の波部の台詞を引用し、ニヤリと笑った――ように見えた。長いこと〝ドール〟を相手にしてきたことで、決して変わることのない表情の変化を口調などから察知できるようちなったらしい。日常生活では全く役に立たないスキルだ。
「すみません。久宮を説得するためとは言え、警察の方々に対して失礼な発言をしました。お詫びします」
殊勝に頭を下げている。仲間に対しては無愛想だが、一応社会人として必要最低限の礼儀は弁えているらしい。
『いえいえ、事実ですからね。今のは一連の話を全て聞いていたというポーズです』
鷹揚な熊の態度を尻目に、私は正直安堵していた。
これでようやく、全てを警察に任せられる。
今まで好奇心が強く、かつ警察嫌いのカイラに散々振り回されてきたが、それも今日でオサラバだ。もちろん事件の真相は気になるが、それを調べるのは私の仕事ではない。
終わった。
私は自分の四肢に絡まる無数の糸が消え去るのを感じていた。




