同日 18:15〝ドールアーティスト〟反撃
『何よ、面白い考えって』
怪訝な声を出すカイラに対し、瑠璃はたっぷりと間をとって、ゆっくりと微笑む。
「……わたしね、さっきのカイラの推理を聞いて、本当に感心したの。みんなと同じ情報しかない筈なのに、なんて自由で突飛な発想をするんだろうって。その相手がわたしってのは、まあ、確かにいい気はしなかったけど……でも、それより感動の方が優ったって言うのかな。不可能を可能にするトリックって言うの? わたしも一つ披露できたらなー、と思って」
ニコニコしているが、なかなか凄いことを言っている。
「オイオイオイ、オメェまで推理合戦に参戦しちまうのかヨ」
「最初はそんなつもりなかったんだけど、カイラの話聞いてたら、ビビッと閃いちゃったのよね。不可能犯罪ってやつ」
『いいじゃない――聞かせて』
腰に手を当て顎を上げる、いつもの拝聴の姿勢をとるカイラ。
「そうね――カイラ、さっき言ったわよね? 今回の関係者の中で、誰もが無意識のうちに容疑者圏外にしちゃってる人間がいて、それは足が不自由なわたしだって。それと同じで、わたし以外にも一人、関係者なのに容疑者圏外に置かれてる人がいるのになーって、思ったの」
『それは、誰』
「死亡推定時間に、現場から何千キロも離れた南の島にいた人とか」
瞬間、空気が極限まで張り詰める。その音まで聞こえてきそうだった。あまりにも露骨な告発に私はオロオロと周囲を見渡すが、利根も鈴も日野も似たようなリアクションだった。波部だけが無反応で、当のカイラは口元に挑発的な笑みを浮かべて、幾分声のトーンを上げる。
『……ふうん。それで? 現場から六千五百キロも離れたアタシがどうやったら犯行が可能になるのかしら?』
同窓会当日、カイラはハワイ島で撮影をしていた筈。鉄壁どころではない、完璧なアリバイだ。
「簡単なコト。カイラの推理とおんなじ。〝ドール〟を使ったの」
顔を見合わせる一同。
十分の一サイズのカイラだけ、視線を合わせる相手がいない。
「……えっと、それはムリって話じゃなかったっけ。〝ドール〟を押してもオペレーターには影響ないって、さっき波部っちが――」
「違うの」
反論する鈴の言葉を遮る瑠璃。彼女にしては珍しい。
「押されるのは、生身の人間。押す方だけが、〝ドール〟なの」
『整理して』
「難しい話じゃないってば。カイラの推理では、ドールハウスの塔を昇ってきた〝ドール〟の蕗屋クンを突き落とすってことになってたでしょう? わたしの考えは違ってて、実物の双児館の塔を昇ってきた生身の蕗屋クンを、カイラと繋がった〝ドール〟が落としたってモノなの。元々遠隔操作に特化して製作されたモノですもの。数千キロ離れた場所からの犯行なんて簡単なことだと思うの」
なるほど、ドールハウスではなく、実物の方に〝ドール〟を設置したという訳か。確かにその方がシンプルで分かりやすい。だけど、もちろん指摘すべき部分はある。
「ちょっと待って――え、ムリじゃない?」
私が口を開くより早く、鈴が頓狂な声を上げる。
「突き落とすって言ったって、〝ドール〟だよ? こんなに小さいんだよ!?」
『指差さないの』
自身に突き立てられた人差し指を空中で払う仕草を見せるカイラ。
「生身の人間相手じゃ、ジャンプしたって膝にすら届かないじゃん! パワーだって足りないし……」
『そう、そうよ! 普通の人間が十七メートルの巨人を相手するようなものよ!? はっきり言って絶対不可能ね!』
鈴の言葉に即座に乗っかるカイラ。相変わらず切り替えが早い。対する瑠璃は、あくまでおっとりと自説を展開する。
「相手が両足で踏ん張って立ってる状態なら、確かに厳しいかもね。でも、蕗屋クンは終始ゴーグルを着用していた。つまり、現実の世界が視認できない状態だったの。もちろん目の前のドールにも気が付かない。思い切り脛を蹴られたり、片足が着地する直前にすくい上げてバランスを崩すだとか、工夫次第で落とす方法なんていくらでも考えられるんじゃないかしら」
上品な語り口でえげつないことを言っている。
「梯子を掴んでいる手に飛びついて、その指を引き剥がすって手もあるよなァ」
「ホラー映画に出てくる殺人人形みたい」
利根と鈴が横で話している。また随分と古い映画を持ってきたものだ。いや、今でも不定期で新作が作られているんだっけか。私は初期のスラッシャー然とした作風が好きだが、もちろん今ここで映画談義を始める気はない。
『……落とす方法については、百歩譲ってそれでいいとしましょうか。でも、まだおかしな点はある。実際の塔の屋上にドールを置いておいたって話だけど、それはいつの話? と言うか、アタシは秩父の双児館なんて、高校卒業以来一回も行ってないんですけど』
「それを証明できる?」
『悪魔の証明ね』
「分かって言ってる。あの屋敷、普段は当然施錠されてるけれど、敷地への出入りは自由で、外部の人間がこっそり塔に昇ること自体は簡単なの。もちろんそこから建物内には入れないけど、屋上に到達することはできる。梯子の近くにドールを置いておくことは、可能よ」
『だからそれはいつよ? アタシは同窓会のあった日の前日に日本を離れてるから、直近でも二日前ってことになるんだけど、現実的に考えてちょっとリスキーじゃない? 屋上は雨風を凌ぐモノがないもないのよね? 精密機械である〝ドール〟が雨に濡れたらどうするの? 強い風が吹いたら?』
「前部分だけを開いた箱状の囲いでも置いて、その中に設置すれば済む話でしょ。ある程度の重量があれば風で飛ばされる心配もないでしょうし」
『……分かったわ。いいでしょう。いいとしましょう。同窓会の数日前に人知れずこっそりと秩父くんだりまで出向いて双児館の塔に昇って〝ドール〟と雨風避けの囲いを設置して当日になったら数千キロ離れた南の島にいるアタシは誰にも見られない場所でこっそりスーツを着込んでドールと同期して蕗屋君が塔を昇ってくるのを待った訳ね、何故その時間に何の目的があって蕗屋君が昇塔したのかについては敢えて掘り下げない、どうせ前もってそういう約束を取り付けておいたとか何とか言うんでしょ、その下りは利根君の番でしつこくやったから割愛する。で、塔を昇ってきた蕗屋君をアタシは何かしら工夫して転落させる、ここもよしとしましょう」
でもね。
――と、物凄い早口で捲し立てたのも束の間、カイラは不意に言葉を止め、キッと瑠璃を睨め上げる。
『その後はどうするの!? 殺人に使ったドール、ついでにさっき言った雨風避けの囲いも、全部屋上に放置されたままだよね!? どうやって回収するの!? アタシ、ハワイよ!? 逆立ちしたって回収なんて不可能だよね!?』
時間経過と共にカイラのボルテージは上がっていく。割と時間経っているのに、この人の体力は底なしだな。
「逆立ちしなくていいわ。そうね。カイラには無理――だとしたら、答えはたった一つ――ひどくシンプルで凡庸な結論に帰結する」
『無理して小難しい言い回ししなくていいから――それで、瑠璃の出した結論は何なの』
「共犯者がいた――ってのは、どうかしら?」
深く、長い溜息が摩耶花〝ドール〟からこぼれ出す。
『……そんなことだろうとは思ったけどね――いいでしょ。いないって根拠がない以上、否定することはできない。ただ、これだけは教えて――それは、誰?』
「ううん――それこそ、何の証拠もないんだから、誰でもいいと言えばそれで終わってしまう話なのだけど――でも、もう一人、容疑者圏外に置かれてる人がその共犯者だとしたら、どうかしらね?」
『回りくどいな! それは誰かって聞いてるんでしょうが!』
「分からない? 関係者の中で唯一、仁行所家とも仁行学園演劇部とも関係がない人間がいる筈なんだけど」
――瞬間、周囲五メートルの気温が五度は下がった気がした。
それは。
つまり。
そんな。
「どう? カイラよりわたしより、誰よりも部外者、傍観者みたいな顔してたのに、いきなり矢面に立たされる気分は」
瑠璃の視線はしっかり私を捉えている。
疑われているのは、私だ。
鉄壁のアリバイを誇るカイラが〝ドール〟を駆使して蕗屋を転落死させ、部外者然とした私が犯罪の痕跡を処理する――嗚呼、これほどシンプルで無駄のない完全犯罪があっただろうか。眩暈に襲われ、膝を突きそうになる。
『吉香は関係ないでしょ! アタシはまだいい。でもこの子は関係ない! 大事な後輩よ! 今回のことは、アタシのワガママで巻き込んだだけなんだから!』
「そうね。でもね、こっちも使用人を犯人扱いされてるからね」
『日野さんを疑ったのは利根君でしょうがッ!』
吠えるカイラ。飄々としている瑠璃。えずきそうになるのを必死に我慢する。
どうしよう。
カイラと私が犯人である証拠はない。だけど同時に、犯人でないと示す反証もない。一応、彼女の推理は筋が通っている。指摘するべき点は多いが、なんやかんやで覆されてしまった。私は、私の無実を主張できない。
『波部君! 何とか言ってやって!』
SOS信号を出したのはカイラの方が先だった。いつだって私は出遅れる。助けを求められた中学教師は若白髪の頭を掻きながら大儀そうに歩いてくる。
「俺はお前達のお抱え弁護士じゃないんだけどな……」
『いいから! 君のことだから何か考えがあるんでしょ!』
「そうだな……まあ、これは久宮の説の頃から疑問に思ってたんだけどな……」
『……何よ』
「その犯行に使った〝ドール〟は、どこから調達してきたんだ?」




