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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
27/60

同日 17:40〝ドール〟vs〝ドール〟

 数瞬の間が開く。当事者の瑠璃含め、皆がポカンとしている。

『……大丈夫、先に結論を言っただけ。これからちゃんと説明するから』一歩前に出て、彼女は声のトーンを下げる。『アタシはかなり早い段階から一つのアイデアに固執していたの。つまり、罠ね。屋上に仕掛けた何かが蕗屋君を突き落としたんじゃないかと考えていたの。それが何なのかずっと分からなかったんだけど、ようやく答えが出た』


〝ドール〟よ。


『〝ドール〟そのものが、仕掛けだったの。今回の〝ドール〟同窓会のために用意された〝ドール〟は六体。だけど瑠璃は足の不自由を理由に〝ドール〟に繋がらずゲームにも不参加で、瑠璃の〝ドール〟はサイドボードの置物状態だった。だけど、違ったの。瑠璃もまた〝ドール〟と繋がって、動かしていたのよ』

「フッキーを突き落とすために……?」

 鈴の声が震えている。

『そう。〝ドール〟は本来、医療や災害救助のための遠隔操作ロボットとして開発された。でも皮肉なことに、今回の使用されたのはその真逆だったって訳――順を追って話しましょうか』

 瑠璃を真っ直ぐに見据えながら、彼女は言葉を続ける。

『さっき確認した通り、蕗屋君が食堂を出たのが九時十分、瑠璃が出たのは九時十五分――瑠璃はその五分の間に簡単な仕込みを行った。と言っても、やることは本当に簡単。自分の〝ドール〟をドールハウス、塔の屋上にセットする、それだけ。その後に部屋を出たんだけど、ここで監視カメラに映っておいたのはアリバイ作りのため。死亡推定時刻にドールハウスの前にいなかったことを証明するためにね。瑠璃がその時間に食堂を出たのは客観的事実としてそこにある。ただ、曲がり角の奥で何をしていたのかまでは分からない。それが、このトリックのミソ』

「カメラの死角で、カイちゃんは自分の〝ドール〟と同期したってこと……?」

「スーツはどうすンだよ。あれ着ねェと〝ドール〟動かせねンだぞ。映像での瑠璃はスーツなんか着てねェ。まさか角曲がったところで慌てて着替えたなんて言わねェよな」

『言わない。難しい話じゃないわ。単に、前もって服の下に着込んでおいただけの話よ』

「ゴーグルは?」

『それも服の下に隠して移動したんでしょ。カメラの目を欺くくらいならどうとでもなるわ』

 あの日は確か桜色のワンピースに身を包んでいた筈だ。体の線が出にくいゆったりとした服は物を隠しやすい。車椅子なら、スカートの中に隠すという手も使えるし。

『カメラさえやり過ごせば、あとは誰の目を気にすることもない。堂々とゴーグルをつけて、梯子を昇ってくる蕗屋君を待てばいい』

 その時、すぐ近くに私、利根、鈴、それに波部までいたと言うのに――恐ろしく大胆な犯行だ。

『あとは分かるわね? 物置部屋の前にいた瑠璃はドールハウス屋上に置いてきた自らの〝ドール〟と同期し、視覚を共有した。そこに蕗屋君が塔を梯子で昇ってくる。彼もまた自分の〝ドール〟と同期していた。ここが大事。いい? 瑠璃は物置部屋の前、蕗屋君は塔の梯子と全く別々の場所にいながら、お互いの〝ドール〟は、食堂にあるドールハウスの、塔の屋上――ドール上で出会ったの』

「ンだよ、その〝ドール上〟ってのは」

『だからドールハウスの塔の屋上の略よ。そこで二人は出会った。でも邂逅は一瞬。その直後、瑠璃は勢いよく両手を突き出す。とったアクションはそれだけ。それで充分なの。足がどうとか関係ない。たったそれだけの動作が瑠璃〝ドール〟に伝わり、同様のアクションをとらせる。かくして目の前にいた蕗屋〝ドール〟は衝撃を受け、ドール上から突き落とされたって訳。そしてその動きはオペレーターである蕗屋君自身へとフィードバックされ、哀れ蕗屋君は地面に真っ逆さま――後は何食わぬ顔をして死体を発見して、食堂に戻ってドールを回収すればいい。かくして完全犯罪はなされたってシナリオね』

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

 カイラの長口上が終わると同時に、場が静寂に包まれる。誰もが何かを言いたげだったが、切り出す方法が分からない、そんな状態だ。こんな時に頼りになるのは、我らが切り込み隊長、利根真理央である。

「聞きたいことは色々あンだけどヨ……」こめかみの辺りをポリポリと掻きながら、机の上の書類を手に取る。「まず、瑠璃の〝ドール〟を使ったってトコからして、どうも違うみてェだぜ」

 パンパンと、広げた書類を右手の甲で叩く。

『違うって、何がよ』

「さっき聞いてたろ。〝ドール〟がいつからいつまで起動されてたか、全部履歴として残ってンだよ。蕗屋だけじゃねェ。全員分だ。全員分の履歴が、ここに残ってる」

 そう言えばそんなデータもあったっけか。遺体を発見して警察を待っている間に波部と日野でバックアップを取っておいたという話だが、きっちり全員分を残しておいたらしい。

『ふうん、それで?』

「ないんだよ、瑠璃の〝ドール〟が動かされたって履歴が。同期、起動すらされていない。悪ィけど、これだけでオメェの説を却下するには充分だ」

 さっきのお返しとばかりに決定的なことを告げる利根。しかし、対するカイラは涼しい顔だ。

『ああそう。こっちこそ悪いけど、別にどうってことないわよ。それは瑠璃の〝ドール〟が使われなかったってだけの話でしょう。だったら前もって用意しておいた別の〝ドール〟を使ったまでよ』

 事も無げに言う。推測と想像を重ねただけだが、否定する材料もなく利根は引き下がるを得ない。代わりに、今度は疑われている張本人が相手を買って出る。

「わたしからも、一ついいかしら」

『当然。自己弁護は大歓迎よ』

 ドールハウスの塔の屋上――ドール上で腰に手を当て胸をそらせたお馴染みのポーズで余裕を見せているのが、妙に癪に障る。本来私はカイラの味方でなければいけない立場なのだけど。

「じゃあ言わせてもらうけど――犯行に使われた〝ドール〟って、蕗屋クンを突き落とした後もずっと――ええと、そのドール上に放置されてた訳よね? わたしは物置部屋からそのまま外に移動して、そこで死体を発見してる。その間に食堂に入ってないことは監視カメラが証明してる」

『そうね。それが?』

「でも、その間に利根クン達三人がドールハウスからの脱出を果たしているの。その時、ドール上の〝ドール〟は見られなかったのかしら」


『見られない』


 即答だった。

『人間の心理として、ドールハウスから脱出したらまず食堂の光景に目を奪われる筈よ。塔の上を見上げるなんてあり得ない』

 カイラの言う通りだった。私も利根も鈴も、〝ドール〟視点からの日常的な光景を眺めるのに夢中で、そんな上空のことまで気を回したりはしなかった。しかし瑠璃は追及をやめない。

「何故断言できるのかな。物凄く低い確率でも、誰か上を見上げたらアウトだと思うのだけど」

『だとしても大丈夫。さっき利根君と実験したでしょう。よっぽど屋上の淵ギリギリに立ってない限り、下からは角度的に見えない』

「分かったわ。〝ドール〟状態の三人からは見えなかった――それはいいとしましょう。じゃあ次。わたしが〝ドール〟を回収したのは食堂に戻った時だってカイラちゃんは言ったけど、やっぱりそれは難しいと思うのね」

『って言うと?』

「その時、食堂に戻ったのはわたしだけじゃない。波部クンも一緒で、わたしの車椅子を押してくれてたの。ドールハウスなんて丸見えよ?」

『波部君、その時ドールハウス見た?』

 瑠璃からの問い掛けをそのまま波部にスライドするカイラ。当の本人は腕組して壁に凭れたままの姿勢で、おもむろに首を振る。

「……見たかもしれないが、覚えていない。床に転がる蕗屋の〝ドール〟に気をとられていたからな」

『ほら、当然そうなるわよね。外でゴーグルつけたままの蕗屋君が倒れてるんだもの。それに対応する〝ドール〟はどうなってるか気になるし、そちらにばかり気をとられるのは当然のこと。聡明な波部君にしたって、それは例外ではない。誰もが、蕗屋〝ドール〟に視線を奪われる。ミスディレクション、非注意性盲目と呼ばれる現象ね。その隙に〝ドール〟を回収するのは、難しい作業じゃないわ』

 難しくない、という部分を繰り返して瑠璃の犯行可能を強調する。瑠璃はすでに反撃の為の弾がないらしく、オロオロと視線を彷徨わせる。そこに、いつもの鷹揚さはない。

「波部クン……」

 最終的に、彼女のSOSは壁際の中学教師に着弾する。しばらく目を瞑って沈黙していた彼はゆるりと壁を離れ、ゆっくりと中央に向かって歩き始める。恐らく、彼は彼で元々考えがあったのだろう。口を開くのは早かった。

「……求められない限り、今日は極力黙っているつもりだったが――お前らはどうして、考え方がそう雑なんだ」

 溜息混じりに呆れて見せる波部に、カイラは鼻白む。

『ろくに議論に参加もしないくせ、ちょいちょい美味しいとこだけ持ってくのは腹立つわね……。なに、また後出しじゃんけん?』

「……お前こそ人聞きが悪いな。俺は単に、論理を進めていくのに前提条件の検証が不完全なのを指摘しているだけだ。そこがしっかりしてなければ議論の意味などないだろうが」

『検証って、何のよ』

「こういうことだ」

 言いながら胸ポケットからペンを取り出し、その尻でドール上に仁王立ちするカイラ操る摩耶花〝ドール〟を軽く突く。流れるような早業で、声を出す間もなかった。衝撃を受けた摩耶花〝ドール〟は後ろに傾き、バランスを崩してドール上から転落する。


 その刹那、彼女の目から光が失われる。


 ――いなくなってしまった。


 直感的に、そう思った。魂が抜けてしまったと感じたのだ。奇妙な感覚だ。そこにカイラがいる訳ではないことも、〝ドール〟に魂が宿っている訳でもないことも、ちゃんと理解しているのに。単に〝ドール〟の同期が切れてしまっただけだと、理屈では分かっているのに。

 長い時間に感じられたが、実際には二、三秒だったのだろう。ドール上から自由落下を続ける摩耶花〝ドール〟は、長机に直撃する直前で右手を伸ばした波部にキャッチされる。その動きに迷いはないが、周りは全く意味不明だ。何故いきなりカイラをつっついて落としたのだ。そして、何故彼女の〝ドール〟は急に同期が切れてしまったのだ。

「いきなり何すンだよ……」

 抗議する利根の声にも勢いがない。波部はそれを左手で制し、スマホを取り出しどこかに電話を始める。

「――俺だ。悪かったな――だから悪かったと言っているだろう――それはこれから説明する――そうだ、だから悪いが再同期してくれ――そうだ――ああ、姿勢はいつもと同じでいい。じゃあな」

 波部の台詞しか聞き取れないが、何となく内容は分かる。相手はカイラだろう。

 電話を切った波部は摩耶花〝ドール〟をハウスの前に立たせ、お決まりである直立不動の姿勢をとらせる。――ほどなくして、〝ドール〟の目に光が宿る。カイラが再同期したのだ。

『……それで?』

 顎を上げ、腰に手を当てたお馴染みのポーズで彼女は尋ねる。ああ、久宮カイラが帰ってきた、と思う。

『人のことペンで突っついて落として、それが何の検証になるのか説明してもらいましょうか?』

「では聞くが――ペンで突かれた時、お前自身はどうなった? ドールと同じように、後ろに倒れたか?」

『倒れないわよ。ただ急に視界が暗くなった……だけで……』

 言いながら気が付いたらしい。数秒たって、遅まきながら私も気が付く。

 ――おかしいではないか。一連のカイラの推理は、蕗屋の〝ドール〟を突き落とせばそれに連動してオペレーターである蕗屋自身も同様の動きをする筈、という前提条件を元にして組み立てられている。それなのに、ペンで小突かれたカイラはただ同期が切れただけで、ひっくり返ったりはしなかった……。

「そういうことだ。〝ドール〟に対して外部から物理的干渉を行ったところで、それがオペレーターにフィードバックされる訳ではない。動き、視覚、聴覚、そして触覚までもが連動しているが、それだけだ。〝ドール〟に与えられたダメージがオペレーターに伝わる訳ではないんだよ」

『……そういうことは、早く言ってよ』

抗議するカイラの声音は若干の湿気を帯びていた。

「俺も確証がなかったからな。そのために今検証した。推理の根幹を成す部分だからこそ、検証をちゃんとしろと言ったんだ」

 淡々と正論を吐く波部。反論しようがない。

「考えてみりゃ、そりゃそうなんだよな。ナイフで〝ドール〟切ったらオペレーターまで切られるのかって言ったら、そんな訳ねェし」

 理解できるや否やすかさず便乗する利根。フットワーク軽いな。

「さっきからカイちゃんの〝ドール〟、あっちこっちひょいひょい運んでるけど、それとカイちゃん自身の体が連動してたら大変だね。ぴょんぴょん跳ねるみたいに体が持ち上がって、ホテルの天井に頭ぶつけちゃう」

 鈴まで、クスクス笑っている。

「――あの、落ちる寸前に同期が切れたのは何故かしら?」

 右手を当てた首を傾げ、瑠璃が尋ねる。疑いが晴れたためか、いつものおっとりとした口調に戻っている。

「そういう仕様だ。〝ドール〟とオペレーター、両者の姿勢が完全に一致してなければ同期を保てないようになっているんだ。今の場合で言うと、ペンで突かれてバランスを崩した〝ドール〟と、そのままの姿勢だった久宮との間にズレが生まれた。その瞬間に、同期は切れた」

『右手を上げれば右手、左足を出せば左足って凄くシンプルだけど、これって幾つかの約束事の上に成り立ってるのよね』

「やくそくごと、ですか?」

 自然に波部の言葉を引き継いだカイラに対し、久々に発言したせいで私は舌がもつれてしまう。

『そう。一つは、両方の移動範囲内の地形が全く同じであること。〝ドール〟が真っ平らな場所に置いてあるのに、それを操るオペレーターがデコボコの場所を歩いたしたら、どう? オペレーターの踏み出した右足が十センチ低い地面を踏んだのに、〝ドール〟の踏み出した右足は平らな床の上、って状況になりえるわよね? その瞬間に同期は切られる訳』

 実際に右足を前方に踏み出し空中でブラブラと揺らしながら説明してくれる。

「なるほど……」

『その点、瑠璃が用意してくれたドールハウスは実際の双児館の十分の一スケールそのものですもの。屋敷の中にいる限り同期が切れる心配はなかった訳』

――双児館というより相似館だ、とはあながち冗談でもなかったらしい。

『約束事のもう一つは、やっぱり片方だけ物理的な干渉を受けないこと、になるのかな。さっきみたいに〝ドール〟を突っついてもダメだし、逆にオペレーターの足を引っ掛けて転ばせても、同期は切れる』

 そんな意地の悪い人間のいるところで〝ドール〟と繋がりたくないのだが、まあ物の例えか。

「なんだ、よく分かってるじゃないか」

『……波部君さ、アタシのことIQ20くらいだと思ってる? そこまで丁寧に解説してもらえば否応なしに理解できるんですけど』

「素晴らしい。うちの生徒が全員お前くらい優秀なら苦労しないんだけどな」

 感情のこもらない声でそんなことを言う。反応するのも馬鹿らしいと判断したのか、カイラは何もコメントを返さず、軽く溜息を吐く。

『……とにかく、アタシの考えが間違っていたってことはよく分かったわ。瑠璃に犯行は不可能ね――ごめんなさい、瑠璃。たくさん失礼なこと言っちゃった』

「ううん、全然いいの。そういうことを言い合う場だし。わたしも少なからず覚悟はしてたから」

 胸の前で手を振りながら、大人な態度を見せる。鷹揚と言うより、寛容。この辺り、育ちの良さが見て取れる。

『あー、我ながら面白いアイデアだと思ったんだけどなー』

「お前の発想はいつも面白いよ」長机に凭れながら、彼にしては珍しくポジティブな台詞を吐く波部。「昔から人には出来ない突飛な考えをするのが得意だったからな。水平思考ってやつか。俺は典型的な垂直思考人間だからな……」

 聞いたことがある。提示されたデータを元にして論理的に思考を掘り進めていくのが垂直思考で、枠にとらわれずに次々に新しい考えを発掘していくのが水平思考――だったと思う。なるほど、二人は思考法において対照的らしい。

「ねえねえ、話が一段落したのなら、そろそろ次の説を検証してもいいかしらね?」

 なんとなく弛緩した空気を取り戻したのは、数分前まで疑惑の俎上に乗せられていた仁行所瑠璃、その人だ。

「――わたしも、面白い考えがあるんだけどな」

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