同日 17:00〝マスター〟激怒
いつもながらあまり感情を表に出さない使用人である。話の流れから次は自分の番だと覚悟していたのかもしれない。
「日野さん、ゲームをやってる間ほとんどの時間が不在で、そのために今まで話題に上がることもなかったんですけど、そもそもここからして違和感があったんですよ。イベントの最中に買い出しって何ですか。そんなの前もって済ませておくことでしょう」
殺人事件の容疑者として告発している筈が、何故かイベント準備の不首尾を詰られる形になっている。
「あ、違うの。それはわたしがお願いしたの。みんなが集まってから飲み物が足りないことに気が付いて、急遽車を出してもらったのよね。言っておくけど、買い物はちゃんとしてもらいましたからね。コンビニにだって防犯カメラはあるだろうし」
素人の私たちでは調べようもないが、その辺りは警察がしっかりと調べているに違いない。
日野にだって、アリバイはあるのだ。
「そりゃそうだろうヨ。でもな、オレはそこからして違和感を覚えてンだ。調査の時に気付いたんだが、山の麓にはコンビニとは別に個人経営の酒屋もあンだよな」
ホワイトボードにペンを走らせ、簡単に地図を描く。
「山道を道なりに下っていくと本来見えてくるのはこの店の方なンだよ。しかも、コンビニよりも少し近い。実際に酒屋の店主に話聞くと、仁行所の人間は昔からこの店を利用しているって言うんだよな。この店の存在を知らない訳がないってことだ。なのに、当日の日野さんはわざわざ分岐を右に曲がって、少し遠い、あまり馴染みのないコンビニまで行って買い物を済ませている。何故か。その理由が、今なら分かンだよ」
「利根クンもたいがいくどいわねえ。それは何よ」
呆れ混じりに瑠璃が聞く。
「防犯カメラだよ。日野さんは、敢えて防犯カメラに映ることで自身のアリバイを確保しようとしたんだ」
「実際そうでしょう。日野が防犯カメラに映っていた時刻は二十時半。十九時四十三分に家を出てからほぼ五十分でコンビニに到着し、さらにその五十分後の二十一時二十分に戻ってきている。ぴったりじゃないの」
「計算は合うな。でも、山道を飛ばせば通常よりもずっと早い時間に到着することは可能だ。日野さん、あなた、本当は申告した時刻よりもずっと早くこの屋敷に着いていたのではないですか?」
さすがに日野を相手にする時だけは丁寧語になる。口調が変わっただけで探偵っぽくなるから不思議だ。
「……私としては、違いますとしか……」
「いい。反論はわたしがする」
立場上、あまり強く出られない日野の代わりに、雇い主が相手をするようだ。以前に自宅で話を聞いた時もそうだったが、瑠璃には使用人を守るという強い使命感があるようだ。
「なあに? 本当は二十一時二〇分よりずっと早く屋敷に着いていたウチの使用人が、どうしたって言うの?」
いつもより、ほんの少し語調が強い。お嬢様はおかんむりだ。
「先に屋上に上がり、待ち伏せしてたンだよ。約束の時刻は二十一時二十分。それより先に上がって、待ち合わせ時間に昇ってきた蕗屋をそのまま突き落とした訳だな。で、自分も降りて、後は何食わぬ顔をして第一発見者を装えばいい」
あまりにもシンプルな犯行だ。だとしても、やはり先程の情報が引っかかる。
「蕗屋クンは、玄関から外に出た直後からずっと〝ドール〟と繋がってたのよ。生身の日野と会って話すのに、どうしてわざわざ同期する必要があるの?」
日野の弁護士を買って出た瑠璃がもっともな疑問を口にする。
「蕗屋と待ち合わせをしたのは別の人間だったんだよ。そいつはオレたちの中の誰かで、ゴーグルが外れない状況にあった。密談するには〝ドール〟経由じゃないとできない。日野さんはそのことを知って、待ち合わせ場所で待ち伏せして無防備な蕗屋を突き落としたんだ」
「えっと、うん……」車椅子の手すりに肘を置き、額に手をやる瑠璃。反論の糸口を探しているのではなく、突っ込みどころが多すぎて処理が追いつかないのだろう。「言いたいことは山ほどあるんだけど――まず、その元々待ち合わせをしていた別の誰かは、何で待ち合わせ場所である屋上に来なかったの?」
「日野さんとその人間は共犯だったんだよ。初めから屋上へ行くのは〝ドール〟と繋がっていない日野さんが行く段取りになっていたんだ」
「つまり、その人物も日野も、蕗屋クンがこのゲームをやることも、それでゴーグルが外れなくなることも、あらかじめ知ってたってことになるよ?」
「そうなるな」
「それプラス、わたしが日野に買い出しを命じることも予測していたってことになるけど」
「そうだ」
言葉少なに肯定する。主張が綻ぶのが嫌なのか、もうあまり余計なことを言わなくなってきている。もっとも、誰かが糸を引っ張るまでもなく、至る所が解れだらけ、穴だらけではあるのだが。
「……じゃあ次。えっとね。密談をするために屋上を待ち合わせにするって話、これはさっき否定された筈だよね? 蕗屋クンは外に出てからずっと〝ドール〟と繋がったまま、その状態で塔を昇れば食堂にいたわたしの目に入るのは明らかだったんだから」
「だから〝ドール〟に繋がってない日野さんが――」
「蕗屋クンの話をしてるんでしょうが!」
利根の反論を遮り、声を荒げるお嬢様。鷹揚な彼女にしては珍しく攻撃的な態度だ。
「〝ドール〟との同期が切れない共犯者に代わって日野が塔を昇って突き落としたって言うんでしょ? 蕗屋クン側の状況は変わらないじゃないの。事実として、蕗屋クンは〝ドール〟と繋がったままで昇ってるの。その時点で屋上で誰かとこっそり待ち合わせた、って可能性は消えたの。もうその話は終わってるんだからさ。そんなのでわたしのトコの使用人を犯人扱いしないでもらえるかな」
怒っている。
当然だろう。
身内に矛を突き立てておいて、その矛先がフニャフニャではカチンと来るというものだ。
「……じゃあ、こいうのはどうだ」
『待ち合わせたんじゃなく、何らかの理由で塔を上がってた蕗屋君を買い出し帰りの日野さんがたまたま目撃して、殺意が芽生えて引き摺り下ろしたって言うんでしょ? 何コレ、デジャビュ? つい最近全く同じ話を聞いた気がするんだけど』
堪らなくなったのか、しばらく沈黙を守っていたカイラが先回りして説を潰す。ループは許せないらしい。
『そもそも、どれだけ山道を飛ばそうが、しばらく留守にしていたことは確定してるのよね? その間、屋敷内、引いてはドールハウス内がどういう状況なのか知る由もない。蕗屋君や瑠璃はもちろん、他の誰がどのタイミングで飛び出してくるのか分からない中で殺人なんてリスキーな真似するとは思えない。そもそもが無理のある話なんだって。日野さんは犯人じゃない』
辛抱強く利根に付き合っていたカイラだったが、とうとうそれも限界が近いらしい。バッサリと切り捨てる。
「そもそもコンビニに行くように指定したのはわたしですからね。飲み物と一緒に幾つかの日用品を買ってきてほしいと思ったから、酒屋じゃなくてコンビニにしてもらったの。大した理由じゃない。ましてや、防犯カメラに映るため、なんてふざけた理由では決してない」
補足説明する瑠璃の言葉尻にはまだ怒りの炎が燻っている。自分は何を言われても構わないが、使用人に疑いの目が向けられるのは可能性の話だとしても許せないのだろう。
「……つまり、鈴も波部も日野さんも、犯人ではねェってことか」
『そうとは限らないわ。あくまで、本人が直接突き落とした、引き摺り落としたって方法じゃないってこと。ここで否定されたのは〝フー〟じゃなくて〝ハウ〟の方。方法は他にあるのよね』
胸を張る吉良摩耶花。十七センチに満たない彼女の体が一回り大きくなったように見える。
「フン、攻守交替か。いいよ、じゃあオメェの考えるオメェの説を聞かせてくれよ」
素直に引き下がる利根。奇しくも本人が嫌がっていた〝前座〟の役割を果たしたと言える。
本番は、ここからだ。




