同日 16:45〝ティーチャー〟抗弁
指を差す先、中学教師は再び腕を組んで壁に凭れている。すでに自分の仕事は終わったとでも言いたげな態度だ。
「ドールハウスの中からは屋上にいく方法がない。それは分かった。だったらよォ、次に怪しくなるのは、その時ドールハウスの外にいた人間になるよなァ? つまり、波部、オメェだ」
利根は自信満々だが、聞いている皆の上には等しく大きな疑問符が浮かぶ。代表して尋ねたのは、もちろんカイラだ。
『……波部君が玄関から外に出たのは蕗屋君より九分も後よね? どう考えても、梯子を昇ったのは蕗屋君の方が先だと思うんだけど』
「何か問題があるか? 二人は他の誰にも見られずに密談がしたかった。そこで塔の屋上を待ち合わせ場所にして、先に蕗屋が昇り、波部が後を追った。落ち合った二人はそこで少し言葉を交わす。その際、僅かな隙を見つけて波部は蕗屋を突き落とし、すぐに自分も梯子を降りて第一発見者を装ったんだ」
一応、筋は通っているように聞こえる。ただ、それは〝聞こえる〟だけで、実際は穴だらけだ。
「あのね、さっきと同じこというんだけど――」
右斜め三〇度ほど首を傾げて瑠璃が発言する。
「わたし、ずっと見てたんだよ、ドールハウスのこと。塔の屋上なんかに二人で昇ってきたら、丸見えだと思うんだけど。実際は席を外していたとは言え、それは完全にわたしの思い付きの行動で、蕗屋クンだって知らなかった筈だし……」
「塔を昇る時は〝ドール〟との同期を切ったんだよ。波部も蕗屋も体一つで昇ったんだ。〝ドール〟は動かない。瑠璃の目に入ることもない」
『スイッチを切ったら視界は真っ暗よ』
「ゴーグルを外せばいいだろ」
「えっと、波部っちもウチらと同じで、ゴーグルは固定されてた筈だけど」
「実はこっそり外してもらってたんだよ。裏で蕗屋と話をつけておいた訳だな」
カイラや鈴からの追撃ものらりくらりとかわしていく。典型的な〝ああ言えばこう言う〟だ。と言うか、この説、居酒屋でも話していたな。余程気にいっているらしい。
『ねえ、波部君も何か言ったら? 自分が疑われてるんだよ?』
ドールハウスの影から顔を出し、部屋の奥で沈黙を守る波部に声をかけるカイラ。対する波部は僅かに顎を上げるという最小限の動きで応じる。
「……仮説というより、ただの想像だな。結論ありきで事実をそこに寄せていく作業を繰り返しているだけだ。俺は屁理屈や詭弁を相手にしたくない」
「やる気ゼロかよっ! オメェの話をしてンだぞ!?」
「そうだな……なら言わせてもらうが、蕗屋はゴーグルをつけた状態で転落したんだよな? その時、〝ドール〟とは繋がっていたんですよね?」
刹那、場が静寂に包まれる。発言の内容のせいではない。誰に対しての発言か分からなかったからだ。急に丁寧語にならないでほしい。みんな困惑している。さすがに波部もすぐにそのことに気が付いたらしく、言葉を追加する。
「日野さん、あの日に記録してもらった履歴があった筈なんですが」
「――ああ、あの時の――はい、これですね」
数瞬、困惑の表情を浮かべた日野もすぐに波部の発言の意味を理解したらしく、傍らの資料を引き寄せて読み上げる。
「蕗屋様の〝ドール〟は、二十時三十分頃は一旦同期が切られていますが、二十一時十五分程にはまた繋がり、それからご遺体が発見されて警察が来る頃まで、ずっと繋がったままになっていますね」
「随分と細かい時間まで分かンだな。何を根拠にそんなことが言えンだよ」
「〝ドール〟というのは結局、精密ロボットなんだよ。だから、いつ運転準備が入り、いつ起動して、いつ切られてたか、全部内臓されたコンピューターに履歴が残る。警察を呼んで待っている間、日野さんにお願いして〝ドール〟の履歴をデータとして手元に残しておいたんだ。多分必要になる時があるんじゃないかと思ってな」
「先に教えてくれよ! 後出しジャンケンじゃねェか!」
「履歴が残るとは言っても、起動と切断の時刻くらいのもんだ。細かい挙動まで記録される訳じゃないから、それほど重要ではないと思ってたんだけどな」
こめかみを人差し指でかきながら、淡々と語る波部。そこに利根は食い下がる。
「簡単に改竄できたりすンじゃねェのか」
「いじったらいじった跡が残る。この履歴はまず信用していい。そうすると、どうなるか。蕗屋は梯子を昇っている時は〝ドール〟と繋がったままで、その様子を仁行所に見られることも承知していた。つまり、屋上を密談の場にしていた訳ではないということになる」
これまた淡々と、利根の説を潰していく。確かに根拠の提示は後出しだが、説得力はある。
「それなら――こういうのはどうだ。蕗屋は別の理由があって、ドールに繋がったまま塔の梯子を昇っていった。その後にドールハウスの外に出た波部は、何かの拍子に上空を見上げて、塔の屋上に蕗屋が立っているのを目撃したんだよ。それで、慌てて自分も梯子を昇って、隙を見て突き落とした――」
「ねえ、だからわたしの存在は?」すかさず瑠璃が口を挟む。「わたしがドールハウスの外に――」
「いなかったんだろ? 現実にその時はもういなかった。知ってた知らなかったじゃなく、波部は〝ドール〟の目を通して、ドールハウスの外、つまり食堂に瑠璃がいないことを知り、続けてドールハウスの塔の上の蕗屋を見た。かつての自分の罪を知り、脅してきた男の姿だ。そこで殺意が芽生えたっておかしくないよな?」
次から次へとまあ、ポンポン話を思い浮かぶものだ。本当に小説家にでもなればいいのに。
『じゃあ次の指摘。玄関からドールハウスの外に出て、上空を見て塔の上の蕗屋君を見たってことだけど、五階建ての建物の屋上――つまり六階相当の高さにいる人間を、地上にいる人間が下から見えるものなの?』
「屋上の淵のギリギリに立ってりゃ、まァ――」
「確かめてみたらいいじゃないの」と、瑠璃。「せっかく接続済みの〝ドール〟とドールハウス、両方揃ってるんだから。カイラ、お願いしていい?」
『それはもちろんいいけど……』
カイラの了承を得たところで簡単な実験を始める。まずは利根と日野の二人でドールハウスを組み立て――と言っても二階、三階、そして四階と五階の部分を一階部分に乗せるだけだが――塔の屋上部分に蕗屋に見立てた適当な〝ドール〟を乗せ、玄関近くに立った、カイラが操る吉良摩耶花〝ドール〟に見てもらう。さっきまでは蕗屋の役があてがわれていたが、今回は波部役だ。ここに来て初めて、彼女が〝ドール〟を介して参加しているというこのシチュエーションが役に立った。
「どう? カイラ、見える?」
『……見えない』
腰を反らし塔を仰ぎ見る摩耶花〝ドール〟。しかし、角度的に厳しいようだ。
「もっとギリギリに立たせろって」
どうしても自説を成立させたい利根、塔の上の〝ドール〟を本当に屋上の淵ギリギリに立たせる。
「どうだ。これなら見えンだろ」
『うん、見えた――けど、これ、どう見ても今から飛び降り自殺しようとしている人なんですケド』
同感だった。これから死のうとでも考えなければ、あんな際どい所に立つ理由がない。
「ずっとその場に突っ立ってた訳ねェだろ。ちょっと下の様子見ようとして顔を覗かせたとか、ほんの一瞬だよ。その一瞬を波部は目撃したんだ」
自分でも苦しいと分かっているのだろうが、勢いで持って行こうとしている。
『まあいいわ。百歩譲って塔の上の蕗屋君が見えたんだとしましょうか。で、その後は? どうやって蕗屋君を落としたの?』
「は? どうやってって……」
虚を突かれたのか、言葉に詰まる利根。
『待ち合わせの約束をしたんじゃなくて、勝手にズカズカ上がっていった訳でしょう? いきなり梯子から波部君が上がってきたら、蕗屋君は当然警戒すると思うの。自分が脅していた相手なら尚更よね。隙なんか見せる筈がない。落とすのは相当に難しいと思うけど』
「いや、どうにかしていけンだろ」
『いけないって。そこを適当に流さないで。警戒している相手が梯子で昇ってきたんだよ? 蕗屋君は絶対に背中は見せないし、落ちそうな範囲に移動することもない。この状況では後から昇った波部君が圧倒的に不利なのよ?』
「それに、波部クンに続いて、すぐにわたしも外に出てるのよねえ。そんなに時間的余裕もなかった筈なのよ」
「武器で脅したってことはないよね。波部っちもフッキーも手ぶらだったもん。何かでフッキーの気を引いて端っこに誘導した――ってのも無理か。とっさに思いついた犯行なんだから」
カイラ、瑠璃、鈴の連続攻撃。利根はただでさえ悪い人相を歪めて、更なる説を捻りだす。
「……前言撤回だ。波部が見た時、蕗屋はまだ梯子を昇っている途中だったんだよ。それなら目撃もしやすいし、引きずり落とすのも簡単だろ」
その場にいた全員が顔を見合わせる。
「ううん……梯子で真上にいる人の足引っ張って落とそうとしたら、真下にいる自分の上に落ちてきて危ないと思うんだけど……」
と、これは瑠璃。
「じゃあ――そうだ、梯子で昇ってる途中、下の部分を思いきり蹴ったんだよ。んで、震動で落としたんだ」
『そんな、カブトムシ捕まえるんじゃないんだから……』
「波部っちにそんな強いキックできるとは思えないけど……と言うか、それほど強い衝撃だったら、物凄く大きな音がしただろうし、ドールハウスの中にいたウチらにも震動が伝わった筈だよね」
完全に女子三人にやりこめられている。私が利根のセコンドならとうにタオルを投げ込んでいる。
「……分かった。波部はやってない。認めよう」
「お、利根選手、これは潔い」
瑠璃が薄く笑みを浮かべながら皮肉を口にする。楽しんでるな、この人。
「じゃあ、これで最後だ。その時ドールハウスの外にはもう一人いたよな? と言うより、〝ドール〟と繋がっていなくて、あの時梯子昇って塔の屋上にいけた人間なんて一人しかいないんだよ」
利根の三白眼が一同の隅で静かに控えていた人物を捉える。
「……私ですか」
日野が、きょとんとした顔で立っている。




