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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
22/60

10月18日(土) 16:00〝ドールハウス〟運搬

 当日、私は京浜東北線の北浦和で下車し、地図アプリと睨めっこしながら所定の場所へ向かっていた。どうも昨日からさいたま市内を行ったり来たりしている。秩父山中の別荘に行くことを考えれば、近場で済んでいるだけ御の字とも言えるが。

 駅から一キロほど、マンションが立ち並ぶ住宅街をひた歩き、路地を一つ曲がったすぐのところに目的の雑居ビルはあった。所定の場所は一階フロアとなっているが、外壁のプレートを見る限り、一階は空きテナントとなっているようだった。中を覗き見ると、一階フロアに通じるドアは扉留めで開いたまま固定されていて、箱を抱えた男が忙しなく出入りしている。入居か改修作業でもいているのかと作業者を見れば、見知った顔がそこにある。

「……あれ、日野さん?」

「待鳥さん、ようこそいらっしゃいました。お嬢様方がお待ちです」

 別荘の時と同じような挨拶で中に迎え入れてくれる。いつも堅苦しい服装だが、今日はポロシャツに作業ズボンと随分ラフである。オールバックの髪も下ろし、少し若く見える。この人、これで二十九なんだよな。ようやく年相応になった、と言うべきか。

「えっと、あの、この場所であってるんですよね?」

「ええ。ここは仁行所家が所有しているビルの一つでして、お嬢様の従兄弟が管理を任されているんです。実は以前より久宮様から近場で時間を気にせず自由に使える場所はないか、というリクエストを頂いておりまして、ならば北浦和のビルがいいのでは、とお嬢様が使用許可をもらったという訳です」

 あの人、裏でそんな動きをしていたのか。

「長々と立ち話もなんですから、中へどうぞ。皆様お揃いですので」

 両手で抱えた箱を持ち直しながら、日野が再度促す。

「ああ、ごめんなさい、荷物運んでる途中で」

「いえいえ、嵩張る大きさですが、重量は大したことないので」

「何ですか、それ」

「ドールハウスの一部です」


 日野に続く形で足を踏み入れたその空間は思いの外広く、内装の類が一切排除されているためにガランと殺風景で、壁も床も天井もコンクリートが剥き出し状態のままであった。大きめにとられた窓から差し込む陽光が舞い上がる埃を輝かせている。その向こう側、空間の中央にはホワイトボードと一緒に長机がまとめて置かれているのが見える。その上に、いくつかの大きな白い箱のようなものが並べて置いてある。そして、それを挟んで見下ろす三人の男女。利根と鈴ともう一人、ジャケットを着た眼鏡の男――波部貴夜だ。

「……これは組み立てなくていいのか」

「うん。上から見て室内の様子が分かるように、平面図と同じようにセッティングしといてってお達しなの。だから天井も取り払っておいて、だって」

「指示が具体的なのは助かンな」

 こちらに気付かず、長机の上の屋敷を眺めている。利根が説明した通り、ドールハウスは階層ごとに分割され、天井も取り払われて部屋の様子がよく分かるようになっている。

 一番左に一階フロア、その右に二階フロアが置かれ、右端には手前から順に三階、四階、五階といった感じで並べられている。


・ドールハウス立体図寸法一覧(内部省略)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


・《参考》双児館平面図

挿絵(By みてみん)


 どうやら、元からドールハウスはいくつかのパーツに分けられていたのを、組木細工のように組み合わせていたものらしい。考えてみれば、十分の一サイズとは言え、ドールハウスは一番長い部分で人の身長ほどはある代物なのだ。そのまま運搬しようとすれば、まず部屋の出入り口でつかえてしまう。

「これが最後のパーツです」

 それまで気配を消していた日野が長机に近付き、一番左の箱に組み付けるようにしてドールハウスを付け足す。彼が持っていたのは玄関からL字に伸びる通路部分だったらしい。これで、ドールハウスは完成した。

「えっと、これってあの時に別荘にあったドールハウスですか? 警察に押収されちゃったって聞きましたけど」

 日野の後ろから首だけ伸ばして私は口を出す。

「……勿論、あの時にあった現物ではない。ドールハウスの作者である仁行所が予備に作ってあったものを持ってきてもらったんだ。簡略化されてはいるが、大きさや構造は全く変わらない。各自の動きを確認したいのなら、これで充分だろう」

 淡々と私の質問に答える波部。以前にも増して無機質な口調で、およそ熱量を感じさせない。

「……お久しぶりです、波部さん」

「まだ一週間も経ってないけどな」

 愛想ゼロか。

「しっかし、どういう風の吹き回しだァ? オメェ、事件の捜査は警察に任せておけって言ってたじゃねェか」

 対する利根の言葉は粘度が高い。因縁を吹っかけているように聞こえるが、これが彼の素なのだ。

「……そのつもりだったんだけどな。久宮が動き出したんじゃ俺も見過ごす訳にはいかない。アイツは常にアクセル全開だ。ブレーキとハンドル、それにカーナビ役が必要だ」

「その全てをオメェが担うって訳だ」

「冗談じゃない。分担してくれ。俺はナビになるだけだ」

 平たく言うと、波部も真相追及の手助けをしてくれる気になったということだ。愛想はないが頭は切れる。心強いことこの上ない。

「……変な汚名着せられるのも嫌だしな」

 若干体を外に向け、ボソリと呟く。それを聞き逃す利根ではない。

「お、古部梨杏の件、カイラから聞いたか。んだよ、オメェ、自分が疑われてると思ってンのか?」

「話を聞く限りではそうなるだろう。うちの生徒でも俺を疑うよ。痛くもない腹を探られるのはゴメンだしな」

 私や利根が抱いていた疑念を口にして、はっきりと否定する。カイラの暴走を止める云々も嘘ではないのだろうけど、こちらの方がメインの目的かもしれない。要するに、自衛だ。

「あらあら、もうみんなお揃い? 賑やかになってきたわねえ」

 ニコニコと笑いながら長机のすぐ横に置かれているホワイトボードの影から瑠璃が姿を見せる。本日は薄紫色のワンピースで、相変わらず足元は見えない。――それよりも私は、彼女の左膝の上に鎮座する、ある存在に視線を奪われてしまう。

「ご無沙汰してます」

「そんなでもないわよ。せいぜい三日ぶりじゃないの」

 波部と似たようなことを言われてしまう。どうもこの数日は時間経過が実際より早く感じるようだ。

「ゴメンナサイね。裏で事件のこと考えてて」

 そう言って右膝の上に乗せていた書類を日野に渡し、彼はそれを手際よくホワイトボードに張り出していく。屋敷の平面図、監視カメラの映像や互いの証言を元にしたタイムライン――あの日あの時の、事件の断面図だ。これらのデータはカイラが皆に一括で送り、共有している。私も受け取ったその時からずっと考えているのだが、私の脳味噌であっさり解けるのなら苦労はしない。それは皆も同様の筈で、だからこそこの場が設けられたのだ。

 それはいいのだけど――私の目はやはり、瑠璃の左膝に釘付けにされてしまう。

「……あの、瑠璃さん、それは……」

「あら、やっぱり気になっちゃう?」

 大きく広がったフリルの衣装、ボリュームのある亜麻色のツーサイドアップ、顔の三分の一もある大きな瞳――見紛う事なき美少女アイドルが、そこにいた。


 吉良摩耶花だ。


 正確に言えば、彼女のフィギュアである。

 大人気アニメ〝ドレスアップ・ドリーマーズ〟に登場するアイドルグループ〝アビエ〟のセンターにして本作の主人公で、私が連日ドールショーで操作しているキャラでもある。覇権アニメの主人公キャラだけにフィギュアの類は無数にあるが、問題は何故それが今ここにあるか、だ。いや、本心を言えば薄々勘づいてはいるのだが、敢えてとぼけたふりをして見せる。

「それは、本人に聞いてみればいいんじゃない?」

 あの日に屋敷で見せたような悪戯っぽい笑みを浮かべ、瑠璃は広げた左手の上に摩耶花人形を置く。作品内で『無双アイドル』と評される彼女も現実世界では手の平サイズ。数多のファンを魅了する双眸も、今は昏いまま――だったのだけれど。

 不意に、光が宿った。

 虚を突かれた次の瞬間、摩耶花人形はやおら立ち上がり、左手を腰に当て、右手を裏返したVサインの形にして右目の上に掲げてポーズをとる。


『お待たせっ! アナタの心にきらめく歌姫、吉良摩耶花ですっ!』


 彼女のアニメ声が部屋に響く。これも正確に言えば彼女の担当声優である皐月(さつき)比奈(ひな)女史の声なのだけど。

 対する私の態度は冷淡だ。


「……何やってるんですか、カイラさん」


『へええ? カイラって誰? 摩耶花は摩耶花だよー?』


「……摩耶花はそんなこと言わないんですよ」


 我ながら信じられないくらい低い声が出た。そして考えるより先に瑠璃の手から摩耶花人形を取り上げ、大きく振り上げる。

『ちょ、ちょっと待って! タイムタイム! やめて! 叩きつけるのはやめて! 高いから! 二つの意味で高いから!』

 高度と高値というダブルミーニングか。慌てている割に冷静だな。

 毒気を抜かれた私は軽く息を吐いて、ドールハウスの近くに摩耶花人形――と言うより、摩耶花〝ドール〟を置く。

「すいません。ついイラッとしちゃって……」

「……あまり激昂などしそうもない人間だと思ってたんだがな」

 向こうの方で波部が呆れている。

「ううん、今のはカイラが悪いわよ。吉良摩耶花って、待鳥さんにとっては特別愛着のあるキャラなんだから、そんな風に茶化したら、それは怒られるって」

 小首を傾げる瑠璃。うん、それに加担したのはアンタだけどな。わざわざ波風を立てたくないので無言で流しておくけれども。

「ねえねえ、この〝ドール〟はどうしたのよ」

 鈴が私も気になっていたことを質問する。この摩耶花〝ドール〟は私が普段ショーで使ってるのと同じタイプだが、まさかそれを拝借した訳ではないだろう。ショーで使われる〝ドール〟は劇団で厳重に管理、保管されている。毎回使用記録が取られているし、ロボットには起動履歴も残る。貸し出しは厳禁だ。

『うん、調べたら〝ドール〟専門のショップってのがあって、レンタルもしているのね。そこで借りたの。動物とかヒーローとか、それこそ有名アニメのキャラとか、色んなタイプがあったんだけど――せっかくだから、吉良摩耶花がいいかなって』

「せっかくだからの意味が全くもって分かりませんけどね」

 特に深い意味などないのだろう。こういうところは適当な人だ。

『……だけど、吉香、アタシが〝ドール〟で登場したこと自体には驚かないんだね。もっと新鮮なリアクションを期待してたのにな』

「さすがに察しがつきますよ。京都にいながらにして埼玉の話し合いに参加するって聞いた時点で、そんなことだろうと予想してました」

『うーん、吉香に読まれるようじゃ、アタシもお終いね』

 失礼にも程があるだろう。それを摩耶花の顔と声で言うから、また腹が立つ。踏んづけてやろうか。

「ちょっと待て待て。オメェらだけで話進めないでくれよ。なんでカイラは〝ドール〟参加なんだ? 京都って何だよ」

 利根が当然の疑問を口にする。

『ああ、吉香と瑠璃にしか話してなかったっけ。アタシ、今日明日と関西で撮影なの。そっちには逆立ちしても行けないから、こんな形で参加してるって訳』

 そう言いながらその場でクルクルと回って見せる。

『今いるのは京都のホテル。動ける範囲は狭いから、あまり歩いたり走ったりはできないってことを先に言っとくね』

 離れた場所から話し合いに参加するだけなら、今時いくらでも通信方法はある。通話だけなら電話でもいいくらいだ。そこを敢えて、専門ショップでレンタルしてまで〝ドール〟を使ったのはカイラなりに狙いがあってのことだろう。……自分も〝ドール〟を操ってみたかっただけ、なんて単純な理由かもしれないが。

『それに、用意したのはアタシの分だけじゃないのよ――日野さん』

 斜め後ろに控えている日野を顎でしゃくる摩耶花〝ドール〟。呼ばれた日野は長机の下から段ボールを出し、そこからさらに四体の人形を取り出す。同じ作品に登場する仲間のアイドルやライバルキャラたちだ。

「事件当時の各人の動きを確認する訳だからさ、吉良摩耶花だけ用意しても仕方ないじゃない。事件当時に屋敷にいたのは五人――ならちょうどいいわねってことで、まとめて借りてきたの。摩耶花〝ドール〟と違ってオペレーターとなる人間はいないけど、駒の代わりにするだけだから問題ないわよね」

カイラが語る横、日野がどこから取り出したのかカラフルな付箋にメンバーの名前を書き込み、ペタペタと〝ドール〟の顔に貼っていく。


『利根』

『波部』

『鈴』

『カイラ(吉香)』


 ちゃんとカッコ書きで私の名前を付け足す辺り、律儀というか何というか。

「んで、オメェは蕗屋か。吉良摩耶花〝ドール〟のオペレーターがカイラで、演じる役柄が蕗屋って、もう訳分かンねェなァ」

 全く同感の意見を口にしながら、日野の手から付箋を取り上げた利根は勢いをつけて摩耶花の額にそれを押し当てる。


『蕗屋』


「ちょ、見えない! お札か! キョンシーか!」

 喚きながら額の付箋を後頭部に移動させる。

「だって、オメェも駒の一つなんだろ? だったら視覚もいらねェだろうが」

「いるわよ。アタシはアタシで見て考えたいことあるんだから」

「見て考えるったって、分かりづらくねェか? なんつーか、俯瞰して見られねェだろ」

「いいのいいの。俯瞰するのはみんなに任せる。アタシはこのサイズで、ドールハウスの中から物事を見てみる。ミクロ視点ってやつよ」

「……使い方、合ってンのか?」

 不安そうな顔で波部に視線をスライドさせる。しかし国語教師は細かい言葉の誤用など興味がないようだった。

「……何でもいいが、それじゃ足りないだろう」

 それぞれ役割が与えられた五体の〝ドール〟を一瞥し、波部は彼の私物らしいスーツケースを持ってきて中から新たに二つの人形を取り出す。

 一体はクマで、もう一体は犬。

 服は着ていないが、大きな黒いサングラスを装着している。

「何それ、カワイイ……」

『波部君にしては随分とファンシーなデザインね』

 鈴とカイラが二人が食いつくが、波部はそれを鼻で笑う。

「手芸部の生徒に借りたんだ。俺は何でもいいと言ったんだが、〝グラサンアニマル〟は密かなブームなんだとさ」

 恐らくそれがコンテンツのタイトルなのだろうが、別段アニメファンという訳でもない私にはピンとこない。

「それより、波部クン、〝それじゃ足りない〟って?」

 女性陣で唯一、瑠璃が違う角度から発言する。

「よく考えろ。これから再現しようとしているのは、事件当時の屋敷での一同の動きだろう。ドールハウスでの、ではない。と言うことは、五人じゃ足りないだろ。登場人物は、七人だ」

 迂闊だった。確かに、あの日あの時ドールハウス内で動き回っていた〝ドール〟は五体だが、屋敷には七人の人間がいた。彼女らも立派な容疑者の一人だ。例え、一人は車椅子で、もう一人は買い出しのためにほとんど屋敷にいなかったとしても、だ。

 波部は日野から付箋とペンを借り、サラサラと役割を書いてそれぞれの後頭部に貼る。


『瑠璃』

『日野』


 五人のアイドルと二頭の動物が揃い、ドールハウスの前に並ぶ。現実世界でも、私、鈴、利根、瑠璃と日野、波部と、当時屋敷にいた人物は全員が揃っている。そこにカイラが加わり、いよいよ役者は揃った。舞台も、できている。

「じゃあ、時間もないことだし、ぼちぼち始めましょうか」

 そして、幕が上がる。

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