10月15日(水) 17:00〝ドールアーティスト〟告白
久しぶりに二日酔いになった。
今日は一日休みの予定だったのに、おかげで午前中はほとんど使い物にならなかった。溜まった洗濯物や洗い物を片付けたかったのに、ようやく体が動くようになったのは夕方で、瞬く間に出かける時間になってしまっていた。そして今は、浦和の住宅街を利根が運転するシヴィックで進んでいる。
「いやー、昨日は楽しかったわねー」
助手席のカイラは上機嫌だ。多分この人はあれだけ鯨飲しても二日酔いなどしなかったのだろう。人生を楽しむために生まれてきたような人なのだ。
「今年で一番笑ったなァ」
ハンドルを握る利根も同様の台詞を吐く。モデルとパパラッチ、職種の相性は最悪だが、人間のタイプはよく似ている。それはいいのだけど、昨日の集まりの何がそんなに楽しかったと言うのか。少ない情報で妄想を広げ、キーキーと不毛な議論をしているだけのように見えたが。
「そうでしょ、ウチの吉香は飲ませると最高に面白いんだから」
「……え、私!?」外を見ていて、反応が遅れた。「私ですかっ!?」
「そうよ。あの後、潰れた鈴をタクシーに乗せてから三人でカラオケに行ったの、覚えてない?」
「……全く記憶にございません」
政治家かよ、と利根。
「記憶飛んじゃったか。いいよ大丈夫。変なことはしてないから」
「モノマネメドレーっつうの? 歌ってる横で芸能人とかアニメキャラとかの名前を言ったら、アドリブでモノマネしてくれるやつ。あれを延々とやってたンだよ。驚いた。まさかレパートリーが三桁いくとはなァ。想像の遥か上を行ってたもん」
「最後の方、一時間くらいは執拗に『猿』と『ニワトリ』と『発情期の猫』をローテーションでやってたけどね。みんな酔っぱらってたから」
「変なことしてるじゃないですか……」
最悪。
これだから酒は嫌いなのだ。幸いにも周囲からの評判は上々なのだけど、そんなの私の望む私じゃない。別に、モノマネ芸人になりたい訳ではないのだ。
「……鈴さん、今日は不参加なんですね」
「店があるからね。今日はこの三人で行きます。でも運がいいわよ。アタシも利根君もたまたま時間が空いてたからね。おかげで今日も調査を続行できる」
『たまたま』の部分を強調してカイラは言う。発言だけを切り取ると見栄や虚勢を張っているようだが、カイラが人気モデルなのは事実だ。実際、二日連続で調査の時間をとれるのは幸運なのだろう。
「今日も波部君に声かけたんだけどね――『平日の夕方に教師の身が空くと思ってるのか……』って呆れられちゃった」
「でしょうね」
そもそも波部は素人探偵に否定的なのだ。多忙の中、時間を割いてくれるとも思えない。
車外は変わり映えのしない景色が続いている。
「……瑠璃さんの工房って、遠いんですか?」
「全然。あと五分もしないで到着するわよ」
カイラが言う通り、すぐその家は見つかった。パッと見は何の変哲もない平屋に見える。
『ドール工房 NIGYOSHO』
玄関脇の木製看板がなければ見逃してしまうところだった。
「何か普通の家なんですね」
建物横の駐車場にバックで車を入れながら、利根が答える。
「もちろん実家は別。大宮の郊外に、この十倍以上のでかさがある豪邸があンだよ」
「えっと、火事になったのは……?」
「双児館兄ね」今度はカイラが答えてくれる。「焼け落ちた双児館は離れの扱いだからね。利根君の言った通り、母屋はもっとずっと大きい。前はそこで創作活動してたらしいんだけど、ちょっと前に自宅兼工房を新築したらしいの」
「わざわざ、ですか」
「向こうはバリアフリーじゃないから、色々と不便らしいって話」
「埼玉だけでどれだけの家を持ってるんですか……」
人形作家としてそれだけの収入があるとは思えないから、全ては仁行所の財のなすところなのだろう。
「さ、行くわよ」
車を降りた私たちは門扉のインターホンで使用人の日野を呼び出し、彼の案内で自宅兼工房へと招かれる。
建物内も平凡な建売住宅といった感じで、普通に靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて、廊下を少し進んだ先にある客間らしき部屋に通される。一切の段差がなかったり、廊下に手摺が付いている辺りがバリアフリーと言えるだろうか。
「悪いわねぇ、わざわざ自宅まで呼びつけちゃって」
待ち構えていた若き女主人は、車椅子に腰掛け、部屋の中央奥に陣取っている。今日はカーディガンに花柄のスカートという出で立ちだ。前回のワンピースと同様、丈は足首まであり、しっかりとスリッパも履いているため相変わらず欠損した右脚がどうなっているかは分からない。
「いいのいいの。アタシも久しぶりに瑠璃に会いたかったし」
「本当はこの前の同窓会で一緒したかったんだけどねー。ほら、こんな体だと少し出歩くのも大変でね……。あ、座って座って。みんな、お茶でいいわよね」
日野にアイコンタクト。ぎりぎり二〇代の少しくたびれた使用人は音もなく姿を消し、私たちは勧められるまま、ソファに腰掛ける。
「あまりお構いしなくていいわよ。瑠璃も忙しいだろうし、それほど長居するつもりもないの」
「えー、変なトコ気を遣わなくていいってー。カイラ、そんなキャラクターじゃないでしょ。ゆっくりしてっていいのよ。何なら、お酒の用意もさせるけど」
「オメェ、どんだけ酒豪だと思われてンだよ」
横で利根が笑ってるが、事実だから仕方がないと思う。しかし当のカイラは凛とした表情を崩さない。
「さすがに明るいうちからは、ちょっとね。それより、今日は瑠璃に聞きたいことがあったの」
「うんうん、電話でも言ってたね。会わないと話せない内容だとか、何とか――もしかしなくても、事件のこと、かな?」
若干、瑠璃の目に警戒の色が浮かぶ。ちょうど日野が現れ、盆に載せたカップを私たちの前に置いて、ティーポットの紅茶を人数分注いで回る。馥郁たる香りを漂わせるカップを口元に運び、カイラは口火を切る。
「――察しがいいわね」
「分かるよー。何か事件直後から、本宅や別荘の周りで変なのが出没してるって話だもの。本人は新聞記者を名乗ってるんだけど、聞かれることは十年前のことばっかりで、胡散臭かったって」
私とカイラの視線が一斉に利根に向く。
「……不審がられてるんですけど」
「いいンだよ。情報引き出しゃこっちのモンだ」
「やっぱり利根クンだったんだね……。こそこそ調べまわってること自体より、その行動の早さにビックリだよ……」
「オレが何を調べてたのかは聞いたのか? それにはビックリしなかったか?」
利根が追撃をかける。あまり刺激しない方がいいと思うのだけど。
いつも鷹揚な態度を崩さない瑠璃も、額に手をやったままコクコクと沈んだ表情で頷くばかり。
「……聞いた。何かもう、バレバレって感じだね」
「昨日、この三人と鈴で会って話してね、ちょっとした推理をしてみたの。推理と言うか、ただの想像だけどね」
保険をかけて、カイラは利根の描いたストーリーを語る。限られた材料で紡ぎあげたツッコミどころ満載のシナリオだが、瑠璃は真剣な表情で黙って聞いている。
全てを聞き終えた彼女は、深く長い溜息を吐く。
「……当たらずとも遠からず、ってところかな……」
「ねえ、瑠璃。今回の同窓会は、何だったの? あそこで、何が起きていたの? どうして蕗屋君は、死んだの?」
ゆっくり、柔らかい口調で、カイラは問いを重ねる。決して詰問調にならないよう、彼女なりに気を遣っているのがよく分かる。
「……最初に断っておくけど、あの日あの場所で何が起きたのか、わたしも本当に分からないの。まさか蕗屋クンが死んじゃうなんて……もう、訳の分からないことばかりで」
「知ってる範囲でいいのよ。瑠璃、蕗屋君と何をしようとしていたの? 古部李杏は、どう関わってくるの?」
「少しだけ、時間を頂戴ね」
ゆっくりとした所作でカップを口に運び、再びロングブレス。気を落ち着かせているらしい。
「順を追って話すわ。わたしはカイラちゃんや波部クンみたいに頭の回転が早い方じゃないから、時間がかかるかもだけど」
「瑠璃のペースでいいいわ」
カイラの言葉を受け、ポツリポツリと自分の言葉で語り始める。
「……李杏は小さい頃に両親を亡くして、それ以降は施設で育って、中学出てすぐに住み込みで働き始めたんだけど、同い年のわたしとは特に仲が良くてね……色んなこと話したよ。最近見た映画や、好きな歌手とか他愛のないことばかりだったけど……」
「恋愛話も? 誰と付き合ってる、とか」
自分のペースでいいと言った割に、いきなり核心に迫る。
「……華やかになったな、とは思ってた。垢ぬけたというか、お洒落にも気を遣うようになって……いい出会いがあったのかな、とは思ってたけど、直接聞いたりはしなかった。……だけど、出逢いなんてない方がよかったんだよね……。あんな、最悪な目に遭うくらいなら」
唇を歪める。珍しい表情だ。この話題に入ってから、瑠璃は沈鬱な顔を見せることが多くなってきた。
「最悪な目? 自殺に繋がる出来事ね?」
「その頃は何にも分からなかったし、知らなかったし、気付けなかった――それも違うか。様子がおかしいとは、思ってた。確かに雰囲気は華やいだけど、ある頃を境に、あまり笑わなくなったし――何かに悩んでる節は、あったの。でもわたしは追究しなかった。臆病なんだよね。卑怯、とも言うけど」
目を伏せ、卑屈に自嘲めいた笑みを浮かべる。
「卑怯なわたしは現実を受け入れられなくて、火事のことも――あの時あの家で何があったのかも全て忘れちゃってた。ただ後になって李杏が自分の部屋に火をつけたらしいって聞かされて、あの子の焼身自殺ってことで処理されて……」
「それは本当のことなのね?」
「そう。だけど、その理由だけがずっと分からなかった――ううん、忘れていた、と言うべきかな」
わたし、あの時に李杏の口からその理由を聞かされてたの。
いつになく乾いた口調で、瑠璃はその事実を口にする。
「あの子ね、わたしにも内緒で演劇部の誰かと付き合ってたらしいの。卒業してからもその関係は続いていて――だけど、その関係は一方的に終わりを告げられる。たかが失恋って思うかもしれないけど、それまで独りで生きてきたあの子にとって別れる、切られる、捨てられるって世界の終わりと同義なの。それに――その時の李杏、妊娠していたらしくて、それが絶望に拍車をかけたんだと思う」
淡々と話す瑠璃。皆、黙って聞いている。
「その時の私は双児館兄の二階に自分の部屋があって、その日はそこで本でも読んでたんだと思う。それが、何か焦げ臭いなと思って一階に降りたら、煙が出てて……。一階の一番奥が李杏の部屋だったんだけど、気が付いた時、もうあの子は部屋中に灯油を撒いて火をつけた後だった。凄まじいスピードで燃え広がる中で、今の告白を聞いたの。今思えばその時に相手の名前を聞いておけばよかったんだけど、逃げるのに必死で――ただ、『アンタのせいだ』『アンタがあの人を連れてこなければこんな目に遭わなかったのに』って言葉ははっきりと覚えてる。つまり、わたしが二人の橋渡し的な役割になったって意味よね?」
カイラと利根の顔を等分に見ながら瑠璃は言葉を吐く。
「でも、あの頃にわたしが屋敷に招いたのなんて、演劇部のメンバーくらいしかいないの。そんな大事なことを、わたしはつい最近まで忘れていた……」
「むしろ、なんで今になって思い出したんだよ」
利根が当然の疑問を口にする。
「秩父の別荘を取り壊すことにしたでしょう。弟の方。この体になってから行ったことがなかったんだけど、仕方ないから片づけに行ったの。実際に作業するのは日野さんだけど、わたしが指示しないと駄目だしね。それで――あの番号入力装置の置かれていた物置、覚えているでしょ? 弟の屋敷では物置だったあの部屋、兄の方では李杏にあてがわれてた場所だったのよね」
そう言えば、一階の一番奥だと言っていたか。
「わたし、全く同じ造りのあの部屋に入って――それがスイッチになったのか、不意に十年前の火事のことがフラッシュバックして、ずっとずっと記憶の底に沈んでたのが一気に吹き上がってきたのね。火の海と、あの子の幽鬼めいた形相と、いくつかの告白と――わたし、パニックを起こしてその場で失神した。すぐに日野さんが介抱してくれたけど……結局、わたしはそれで思い出したの。何で李杏が死んだのか――何でわたしが、こんな体になったのかも、ね」
全く同じ造りの双児館こそが記憶を呼び覚ます引き金になったということか。話が一段落したのを見計らってカイラが尋ねる。
「それから、瑠璃はどうしたの?」
「うん、どうしたらいいか分からなくて……李杏の相手がどうしても知りたかったんだけど、日記とか手紙とか探したけど見つからなくて、他に調べる方法なんてないし……それで、蕗屋クンのことを思い出したんだよね。」
「よりによって蕗屋の野郎かよー。もうちっと他に選択肢なかったのかね」
「わたし、家や仕事の関係で顔は広い方だけど、こんなことを頼める人なんて他に思い浮かばなくて……できるだけ昔から知ってる人に頼みたかったし」
九年前に一人の少女を自殺に追いやった卑劣漢を探せなどという無理難題をこなせる人材はそうそういないだろう。プロの探偵なら可能性はあるだろうが、瑠璃は以前からの知り合いでなければ嫌だと言う。ならば、自ずと選択肢は限られてしまうのだろう。
「日野さんには相談しなかったの?」
「……私、ですか?」
カイラの疑問に対し、背後で気配を消していた日野が不思議そうな声を上げる。
「同じ施設で育ったんですよね。兄妹みたいな仲だったって聞いてますけど」
カイラの後をついで補足する利根に対し、瑠璃は僅かに眉根を寄せる。いつも鷹揚な彼女にしては珍しい表情だ。
「この短期間でよく調べたわね。利根クン、探偵にでもなった方がいいんじゃないの」
ティーカップに口をつけながら呆れた声を出す。嫌味や皮肉ではなく、本心でそう言っているのだろう。
「……私はただの使用人です。そんな出過ぎた真似は、とても」
「そうよ」静かだが凛とした声音で瑠璃は言う。「そんなこと、日野にさせられないわ。あの子が死んで日野がどれだけ悲しんだなんて、私だって理解している。だからこそ、負担になることはさせたくないの。今回のことは私と蕗屋クンでやったこと。日野は雑用を手伝っただけで、計画にはタッチしてない」
先ほどまでの弱々しさが嘘のようなしっかりとした口調で、瑠璃は言い切る。使用人を守らなければ、という想いがあるのだろう。
「変なことを聞いたわね。ごめんなさい」
「ううん、気にしないで」
すぐに折れたカイラに対して瑠璃も態度を軟化させる。それはそれとして、私も気になっていたことを消化しておきたい。
「あの、私からも一つ、いいですか?」
「もちろんよ、待鳥さん」
「高校の頃、蕗屋さんとお付き合いしてたって、本当なんですか」
「本当よ」
ずっと沈鬱な表情を浮かべていた瑠璃が、ここに来てニコリと微笑みを見せる。それが本当の感情なのか、あくまで部外者である私に対する礼儀としてそういった顔を見せたのか、判断できない。
「どうして蕗屋さんと?」
失礼な問いに対しても、瑠璃は気分を害した様子はない。
「今の蕗屋クンは妙にエキセントリックなトコばかりが悪目立ちしてる感じだけど、あの頃は普通にカッコよかったんだよね。競争率高かったんだから」
はにかみながら、当時を振り返る。つまり、瑠璃の方からアプローチしたということか。確かに、顔は悪くない。頭も切れるし口も達者となれば、モテない要素は少ないだろう。
「新しいモノや変ったモノが大好きで、とにかく何でも実践しないと気が済まないタチだった。発想も突飛で、一緒にいて飽きなかったな……」
感想が全て過去形なのが哀しい。
「でも結局は別れたんだよね?」
横からカイラが口を出す。
「そりゃ、高校生の恋愛だもの。長くは続かないって」
「随分と誉めてたのにか」
すっかり中身の冷めたティーカップを持ち上げ、利根が指摘する。
「好きな間は好ましく見える点も、気持ちが冷めたら逆のベクトルを向いてしまうものよ。最初のうちは楽しかったんだけど、だんだんついていけなくなってね。卒業を待たずに別れたの」
「だけど、友人関係は続いていた」
再び、カイラが聞き役へと戻る。
「そうね……カイラちゃんたちとはあまり会う機会もなかったけど、蕗屋クンとは比較的頻繁に会って話してたかも。男女の関係ではなく、普通に友達としてね。……今回も、割とデリケートな問題だったけど、蕗屋クンなら何かアイデアがあるんじゃないかと思って、全部相談してみたの。そしたら――」
「〝ドール〟同窓会を持ちかけられた?」
「そう……脱出ゲームの中に古部李杏の存在をまぶして反応を見るから、舞台提供と、小道具製作の協力をしてほしいって言われたわね。それが、あのドールハウスと『エル』って訳」
何てことない脱出ゲームに見せかけて、アレは参加者一同がどういったリアクションを見せるかを観察される場だったのだ。
しかし、納得できない御仁が約一名。
「そこが分からないのよね。『エル』が古部李杏だと気付いたら、それでXってことになっちゃうの?」
瑠璃は演劇部の皆を屋敷に招いたことがあると話していた。そこでXと瑠璃は出会った訳だが、他のメンバーにしたって、面識自体はあった筈なのだ――ただ覚えていなかっただけで。逆に、覚えていたらそれだけでX候補にされてしまうことになる。いくら何でも杜撰すぎやしないだろうか。
「もちろん、それだけじゃないよお。ただ単に知っているだけと、疚しいトコがあるのとじゃ反応も違ってくるでしょう? 蕗屋クンはそういうトコ目敏かったからねえ……参加者の一挙手一投足を観察して、誰がXなのかを見定めるつもりだったみたい」
「なるほどね」持ち上げたカップが空だと気付いたカイラ、背後の日野にアイコンタクトをしてお代わりを催促する。「まあいいわ。じゃあ最後に、核心に触れる質問を二つ」
「何かな」
「結局、同窓会をやってみて、瑠璃はその犯人が誰か、分かったの?」
かぶりを振り、ノーを示す瑠璃。
「じゃあ次、蕗屋君は、犯人が誰か分かったみたいだった?」
「それは……多分」
思わず利根と顔を見合わせてしまう。
「それは誰!?」
「いやだから、わたしは分からないんだって……」
勢いよく身を乗り出すカイラに、瑠璃は引き気味だ。
「落ち着け。気持ちは分かるけどヨ」
「えっとね、じゃあ質問を変える。蕗屋君が気付いたって、どうして瑠璃は気付いたの?」
ややこしいが、言っている意味は分かる。
「本人がそう言ってたの。見当はついてるって。もう接触して、これから会うって言って部屋を出て行ったの」
「それが例の監視カメラに映ってた、食堂を出て行く蕗屋君ね?」
「そう――わたしも当然、誰なのって聞いたけど、お楽しみは後でって、答えてくれなくて……」
その直後、彼は玄関から外へ出て、塔の外壁にある梯子を昇り、転落して、帰らぬ人となった。十中八九、Xの返り討ちにあったのだろう。問題は、Xが誰で、どのような方法で蕗屋を転落させたか、の二つに集約される。
入り組んだ背景が説明され、私たちはようやくスタート地点に立つ。さて、これから――というところで、部屋の扉が開き、いつのまにか姿を消していた日野が顔を出す。
「お嬢様、警察の方がこれからおいでになるそうです。過去のことでお話を伺いたいのだとか」
サッと、場の空気が張り詰める。
「……そりゃあなァ、素人探偵一人が短期間で突き止められたくらいだから、警察だって当然辿り着くわなァ」
そして、利根は場の緊張を即座に弛緩させる。この辺り、狙ってやっているのか分からない。
「ふうん、無能なりに一応仕事はしてるってことね」警察嫌いを標榜するカイラはナチュラルに毒を吐き、腰を浮かせる。「それじゃあ、聞きたい話は聞けたし、この辺りでお暇しようかな。刑事たちと鉢合わせして不愉快な思いなんてしたくないし」
「オメェはホントに警察が嫌いなんだなァ……」
呆れる利根。彼女の警察嫌いは同級生の間でも周知のことらしい。
「あの、カイラちゃん。今日ここで話したこと、刑事さんにも聞かれたら同じように答えちゃうけど、いいかな」
「もちろん。警察の捜査に協力するのは市民の義務ですもの」
どこまで本気か分からない台詞を吐く。
今日は、ここまで。
私達は遑を告げる。いくつか判明した事実と共に、腑の底にどんよりとしたモノを残して。




