同日 14:30〝ドール〟同窓会
そう言って、今まで聞き手に徹していたカイラはこちらの目をじぃっと覗き込んでくる。
瞬間、『ああ、やられたな』と思った。
この人、〝ドール〟のこと知ってる。
恐らくは、私より遥かに詳しく。
喰えない人だ、と思う。
類稀なる美貌と強い自己主張に加え、彼女は頭も相当に切れる。人心掌握もお手の物で、簡単に操られてしまう。これは注意が必要だ。彼女のことは尊敬しているし慕ってもいるが、かと言って面倒事に率先して巻き込まれたいかと言えば、また話が別だ。
「――何の話ですか」
そんなつもりはないのに、声のトーンが一段下がってしまう。
「実はね、今日は、吉香にお願い事があってここまで来たの」
口角を吊り上げ、カイラは鞄から何枚かの書類や写真を取り出し、そのうちの一枚を私に向けて差し出す。
六つ切りサイズに紙焼きされた集合写真だ。
見た瞬間、強烈な違和感に襲われる。
見たところ、中学か高校の生徒が並んで座っている、何の変哲もない集合写真に見えた。校舎らしき建物を背景に、教師らしきスーツ姿の人物を中心にブレザー制服の人間が四列になってずらりと並んだ、卒業アルバムに載ってそうな写真――なのだけど、何かがおかしい。まじまじと見て、ようやくその違和感の正体に気が付く。
全員、人形なのだ。
人間は一人もいない。全員が硬質な肌をしている。よく見れば、肘も膝も球形関節であることが確認できる。髪も人工的だ。表情も、平面的でのっぺりとしている。
アニメキャラのようにデフォルメされたフォルムではなく、体格も目鼻立ちもリアルにできている。言ってみれば、いかにもその辺りにいそうな学生の姿だ。恐らく、これは実在の人物をモデルにしているのだろう。
一つのクラスが、丸ごと。
「……これは?」
「吉香は〝ドール〟同窓会って知ってるかな」
知っている訳がない。
「歴代の人気人形たちが大集合するんですか?」
知っている訳がないから、返しも適当になる。だけど、対するカイラは大真面目だ。
「語感からしてそう勘違いするのは仕方ないけどね。正解は『ドールの同窓会』ではなく、『〝ドール〟で行う同窓会』」
〝ドール〟――先程自分で説明したばかりのテレイグジスタンス人型ロボット。合点がいった。先程見た奇妙な集合写真は、〝ドール〟の集まりだったのだ。
「でも、何のために?」
「過去にタイムスリップするため、かな。〝ドール〟は外見を自由に変えることができるって言ったでしょ。それはアニメキャラやマスコットだけでなく、実在の人物にも適用できるのよ。今は写真や映像といった素材から、本人そっくりのフィギュアを作ってくれる業者がいるんだよね。で、それを利用して、過去の――例えば、とある学校、とある年度の卒業生丸ごと当時の姿で復元させることも可能になる。そこで何ができる?」
「同窓会、ですか」
「ご名答。過去を丸ごと切り取った〝ドール〟を利用して、その頃の自分に成り切って、当時にタイムスリップした感覚を味わうことができる。それが〝ドール〟同窓会って訳」
「……この写真、後ろに校舎らしき建物が写っていますけど」
私の知る限り、現在開発されている〝ドール〟は縮小サイズのモノばかりで、等身大の〝ドール〟は存在しない筈だ。だとすると、縮尺がおかしい。例えば〝ドール〟が十分の一サイズならば、この校舎も同じ縮尺でないとおかしくなる。
「そこに写っている校舎も本物じゃない。本物そっくりに作られたドールハウスね。これも、専門の業者に頼めば用意してもらえる」
「〝ドール〟が動き回るのはドールハウスだとして、生身の人間であるオペレーターは、実際の校舎の中を動き回るってことですよね。そういうのって、簡単に許可が下りるものなんですか?」
「ああ、そこはすでに廃校になってるからね。会場も廃校舎。現役で使われている校舎に比べれば許可をとるのは簡単。建物は傷んで老朽化しているけど、実際に目に入るのは現役の頃の姿を模したドールハウスだし。勿論、最低限の安全性には気を遣うみたいだけど」
「……面白いこと考えますよね」
「元々とあるイベント会社が企画したものなんだけどね。好評を博して、今では複数の業者が類似したイベント企画を取り扱ってる。〝ドール〟自体の認知度が高まったせいか、今では割とポピュラーなイベントになりつつあるみたいよ」
私は全く知らなかった。得意気になってカイラ相手に〝ドール〟講義を披露していたのが恥ずかしい。
「それで、ここからが本題なんだけど」空になったカップを脇によけ、カイラは気持ち身を乗り出す。「今度、アタシ達もこの〝ドール〟同窓会をやることになったのよね」
仁行学園演劇部
「これがアタシたちの集まり」
ドールショーのパンフレットの隅にペンを走らせ、カイラはかつて自分が所属していていた学校、部活の名前を記す。
「……高校からすでに演劇やってたんですね」
「話したことなかったっけ。埼玉の無名私立の弱小演劇部だったけど、アタシらの代は男女関係なくみんな仲が良くて、前々から同窓会やりたいな、って話をしてたのよ」
カイラは今年二十七歳になる筈だから、およそ十年の歳月が経っている計算になる。
「発案者にして今回の幹事が、この男」
鞄から月刊漫画誌を取り出し、巻末の目次ページを開いて、その最後尾の作品を指差す。
『モルグ・カイギ ふきやとおる』
作品、作者名の横には着流しで後ろを向いた痩身男性のイラストがデフォルメされて描かれている。後頭部、斜めにかぶった狐面が印象的だ。その横に近況報告のような短いコメント。この狐面の人物がふきや某なのだろう。
「……聞いたことのない漫画ですね」
「作品の方は気にしないで。とある連続殺人の被害者たちが事件に関する記憶を失った状態で自分たちを殺した人間が誰か議論しながら推理するっていう、割とよくある設定だから」
「それはよくある設定なんですか?」
「とにかく、問題は作者の方ね。本名はそのまま、漢字で蕗屋透」
再びパンフレットにペンを走らせ、字を教えてくれる。
「ご覧の通り今は売れない漫画家だけど、演劇部では脚本兼役者を担当していたの。昔から自分で話を作るのが好きだったみたい。初めて書いたのが『キャスリング』ってタイトルの、チェスの駒を擬人化した物語。別に強い訳でも詳しい訳でもないのに、チェスを話に盛り込むのがやたら好きなヤツだったけ……」
「演劇部でチェスが流行ってたんですか?」
「ううん、好きだったのは二人だけ。アタシは興味ない。劇の題材になったから駒の種類くらいは覚えたけど、それだけ」
そうだろうな、と思う。頭はキレるが、盤面に向かって黙考するようなタイプではない。
「彼は当時から変わったことの大好きな男で、今回もまた変わった趣旨の同窓会を開こうって言いだしてね――どこからか、この〝ドール〟同窓会のことを聞きだして、『僕たちでもやってみよう』って運びになった訳」
漫画家なんて総じてオタクっぽい人種だという偏見があったが、この蕗屋という男はなかなかアグレッシブで社交的な人物らしい。勿論、アグレッシブで社交的なオタクも多いとは思うが。この蕗屋という人物は、それに加えてなかなかの変人で通っているらしい。
「場所は決まってるんですか?」
「ん、いい質問。その説明をする前に、紹介したい人がいます」
まるで当の本人がこの場に来ているかのような口ぶりだが、当然そんなことはなく、彼女はまた鞄から一冊の雑誌を取り出す。ちょっと洒落た総合誌の見開きページに、若い女性の紹介記事が載っている。冒頭のゴシック体の見出しに、私の視線は吸い寄せられる。
『新進気鋭 車椅子の人形作家・仁行所瑠璃の世界』
見出しの横には車椅子に乗った若い女性の全身を写した写真が掲載されている。切れ長で涼し気な目元が特徴的な和風美人だが、前髪の真上で切り揃えられた前髪のせいで、彼女自身が市松人形のように見えてしまう。次のページには幾つかの少女人形の写真が載せられているが、これらが彼女の作品なのだろう。
「この子も同級生の一人。その記事では触れられてないけど、彼女の家は古くからある老舗ホテルの創業者一族で、今でも全国に幅広くホテルチェーンを経営している、所謂資産家の令嬢って訳」
「『仁行』って、学校の名前と同じですね」
「仁行所家は学園創設者の一族でもあるの。現在の理事長も仁行所家の人間。ホテル経営から学校経営まで色々やってるのよ」
人形作家という肩書といい、何だか別世界の住人のようだ。
「それで、彼女の家の別荘が秩父の山奥にあって、昔から合宿に使わせてもらってたの」
「そこが〝ドール〟同窓会の会場ってことですね」
「人呼んで〝双児館〟」
「ソージカン?」
「双児――要するに双子ね」
「それって、ツインタワーみたいな?」
天高く並んで屹立する摩天楼が脳内に浮かぶ。しかし、秩父の山奥にそんな高層建築が存在する訳もなかった。
「ううん、似た建物が二つあるのは同じなんだけど、二つ並んで建っているんじゃなくて、それぞれ遠く離れた土地に分かれて建っているってことなのね。親が離婚して離れ離れに暮らさなきゃならなくなった双子の兄弟みたいなものよ」
「哀しい例えはやめてください」
「一つは、浦和の本宅近くに作られた離れ。こちらが兄。一方、秩父の山奥に作られた別荘が弟となる訳」
「その弟が、今回の会場ですね」
「そう。アタシたちにとっては思い出の建物――なんだけど、近いうちに取り壊されることが決まってね。それも、この屋敷が会場に選ばれた理由になるのかな。建物の老朽化に加え、エレベーターもない、バリアフリーにも対応してない屋敷じゃ、今の瑠璃には使いづらいだけだもの。場所も山奥の辺鄙な土地で移動も大変だし」
眉を寄せて言うカイラの言葉に、私は引っかかりを覚える。
「車椅子になったのって、最近なんですか?」
「言ってなかったわね。双児館兄は本宅の離れとして使われてるって言ってたけど、本当は少し違うの。正確には使われて〝いた〟――今はもうない。卒業の翌年に、火事で全焼しちゃったのよ」
カイラのトーンが一段低くなる。突如として語られた仁行所家の辛い過去。しかし、本当に辛いのはここからだった。
「瑠璃、偶然そこに居合わせちゃったの。消防隊員の救助のおかげで命は助かったんだけど、右脚が瓦礫に潰されちゃったらしくて……もちろん必死に処置したんだけど、切断するしかなかったって話」
衝撃的な事実を淡々と話す。会ったこともない人物の不幸に、私は言葉を失う。
「だけど、命が助かっただけでも充分に奇跡なんだからね。現にその時屋敷にいた他の人は亡くなってるんだから。当の瑠璃も、あまりのショックで火災前後の記憶は飛んじゃってるらしいんだけど」
いかにもありそうな話だ。人は処理できない困難に直面すると、それをないものとして扱う。記憶から追い出してしまうのだ。
「それで、今は……?」
「元気なもんよ。元々、前向きなコだもの。みんな心配したんだけど、本人は目立つとこに火傷しなくてよかったって笑ってる」
会ったことはないが、お嬢様育ちの割に随分と気丈な人のようだ。勿論強がりに決まっているのだろうけど、私が同じ立場になった時に同じことを言う自信はない。
「今回の〝ドール〟も、この人が?」
「ううん、それは専門の業者に用意してもらった。〝ガワ〟だけ見ると普通の人形に見えるけど、精密ロボットだからね」
考えてみれば、確かにその通りだ。
「その代わり双児館弟のドールハウスは瑠璃の製作。〝ドール〟と違って一つだけでいいしね。ノリノリで引き受けてくれたみたいよ」
仮にもプロの人形作家に頼むことなんだろうか……。
「話を戻すわね。取り壊しが決定、双児館弟が同窓会の会場になるにあたって、瑠璃は使用人に命じて屋敷の大掃除をさせたらしいの。そしたら、出て来たのよね。演劇部の合宿の模様を記録した無数の写真が、段ボールごと。普通は部室や各部員の家で保存するべきものが、何故か合宿に使っていた屋敷の一室で、丸十年も埃かぶって眠ってたのよ。恐らく、最後の合宿の時にタイムカプセルをやろうって誰かが言い出したものの、天候不順が続いてお流れになって、結局そのまま残されてたってことらしいんだけど――とにかく、それが今回、同窓会をやるってタイミングで日の目を見た訳だから、もうこれは当初の目的通り、タイムカプセルの役割を果たしたと言っても過言ではない訳よね。当然、〝ドール〟同窓会の目玉になることは間違いない。幹事の蕗屋くんも、当然そうすると思う」
端正な顔立ちからは想像できない程の饒舌さでベラベラと捲し立てるカイラだが、私には話の着地点がさっぱり見えない。私にしか頼めないお願いはどこに行ったのだろう?
「――この写真ってのがね――問題アリなの。表に出されると良くない写真――が、紛れ込んでるかもしれない、と言うか――」
ようやく話が核心に到達したらしい。到達したらしいが、その途端に分かりやすく言い淀んでいる。しどろもどろもいいところだ。
「恥ずかしい写真ってことですか?」
「恥ずかしいと言うか……あまり、表に出したくない。今のアタシは、まあまあ顔も名も知られてきてる訳で、これからのキャリアを考えると、公のされたくないこともある訳よ」
分かる。誰だって黒歴史はある。十代の頃なら尚更だ。恋人とのツーショット、多人数での乱交、援助交際、或は違法薬物の摂取か、もっと犯罪に即した――いやいや、演劇部の合宿での写真なのだから、それほどのモノとは思えない。
「何ですか、羽目を外して、お酒かタバコでもやったんですか」
「……吉香って、変なところで鋭いのよね……」
図星だったらしい。少し脱力した。
「別にいいじゃないですか。十年も前のことでしょ? いちいち咎められたりしないと思いますけど」
「そう思うでしょ?」目の前に人差し指をズイ、と突き出され、思わず身を仰け反る。「甘いわね。吉香が思ってるよりずっと、世間は潔癖なんだから」
指を下げ、鞄から数冊の週刊誌を取り出す。それには、今をときめくトップ女優が過去に不特定の男性と未成年飲酒をしていた写真が流出したことに端を発するバッシング騒動を報じた記事が載っていた。この騒動なら、連日のワイドショーで私も目にしている。
「でもこれはその後の事務所の対応が悪かったんじゃないですか。本人のSNSでのコメントも炎上に拍車をかけたって話ですし」
「それはそうだけど、そもそもの発端が問題視されなきゃ、ここまでの騒動に発展しなかった訳でしょ。この人、事務所の先輩なのよ。そのせいで事務所もピリピリしてて、些細な問題も起こしたくないのね。そしてアタシは、今割と大事な局面に差し掛かっている」
ファッション誌の専属モデルとして活躍する傍ら、最近はテレビで見る日も多くなってきた。事務所としても彼女本人としても、今後さらなるキャリアアップを目指し、今はとにかくネガティブな話題は避けたいのだろう。
「分かりました。過去の些細なスキャンダルでも、摘める芽は摘んでおきたいし、消せる火種は消しておきたいってことですね」
「聞き分けのいい後輩で助かったわ」
「でも――分かりませんね。それで結局、私に何をしてもらいたいって言うんですか?」
「アタシとしては、当日屋敷まで行って、問題の写真があるかどうか調べて、もし万が一該当する写真があったなら、秘密裡に持ち去って処分しちゃいたい訳」
「そんなことしてバレないんですか」
「秘密裡にって言ったでしょ。百枚以上ある写真のうち何枚かなくなっても気付かないってば。持ち主の瑠璃も幹事の蕗屋くんも、全ての写真に何が写っているかまでは把握してないだろうし。それ以前に、その写真があるかどうかも分からない。なければないに越したことはない。だけど、万が一その写真があって、万が一部員の誰かに見られて、万が一SNSやら写真週刊誌やらに流出したら、モデル・久宮カイラは終わる。それは阻止したいの」
『万が一』の三乗だ。それだけナーバスになっているのだろう。
「だけど、ここで問題発生。同窓会当日、アタシはどうしても外せない撮影があってね――日本から遠く離れたハワイに行かないといけないの。同窓会には絶対に出られない。当然、写真の回収もできない訳よね」
嫌な予感がしてきた。
「誰かに頼めないんですか? その、同窓会に出る誰かに」
「そこまで信用できる人間がいるなら、最初から流出を恐れたりしないって。いや、昔の仲間をまるっきり信じてないって訳じゃなくて、それだけ警戒してるってこと」
一応の予防線を張ってはいるが、同じことだと思う。カイラは過去を恐れ、過去の仲間を恐れている。
「……でも、過去に合宿で撮った写真ですよね? 知られたくないも何も、皆その場にいた筈ではないんですか?」
「肝心なのはそこよ。『久宮カイラが高校時代に飲酒していたという事実』があったとして、当然演劇部のみんなはそのことを知ってる。一方で、アタシはその過去を公にされたくないと思っている――ポイントはここ。アタシは、アタシの過去を隠蔽しようとしている意思を、演劇部のみんなに隠蔽したいと思っているの」
ややこしい。ややこしいが、分からないことはない。
「弱味を握られる、と考えてる訳ですか」
殺伐とした話題だが、カイラは涼しい顔を崩さない。
「そこで、役者・待鳥吉香に白羽の矢が立った訳」
「ロックオン機能が壊れてますね」
「そんなことない。アタシ、選定眼には自信があるの。アナタには、アタシに成りすまして同窓会に参加して、写真の回収をしてほしいの。それが今回のミッション」
情報を咀嚼するのに時間がかかった。咀嚼したところで消化吸収できる代物ではない。
「……無理ですよね。すぐバレるに決まってるじゃないですか。私とカイラさんじゃ、背格好が似てるってくらいしか――」
「だから」ズイ、と再び鼻先に人差し指を突き付けられ、私の勢いは封殺される。「そこで〝ドール〟を使うのよ」
顔を上げると、ニッと口角を上げるカイラと目が合う。よくない兆候だ。早くも、彼女のペースに乗せられつつある。
「……〝ドール〟で、カイラさんに成りすますってことですか」
「いつも吉香がやってることじゃない。ただ今回成り切るのはアニメキャラじゃない。実在する〝アタシ〟という人間」
いとも簡単に言ってのけるが、やはりそれは簡単ではない。インポッシブルとまでは言わなくとも、充分に困難なミッションだ。
「……でも当日って、会ってから別れるまで、ずっと〝ドール〟と繋がった状態って訳ではないですよね」
ボディスーツとゴーグル、グローブを身に着け、完全に動きが連動し、視覚聴覚触覚が共有されている状態を私たちは〝繋がっている〟と表現する。
「その前後は、生身の人間同士で顔を合わせて言葉も交わす筈です。そこでバレちゃうじゃないですか」
「少し遅れて参加すればいい。皆がすでに〝ドール〟に繋がったところで遅れて登場するの。それなら吉香の顔は見られない。で、用事が入ったとか適当なこと言って、途中で切り上げて帰っちゃえばいい。そうすれば、参加者と顔を合わせないで済むんじゃない?」
そううまくいくだろうか。いや、やはりおかしい。
「まだありますよ。目的は、あくまで写真の回収ですよね? 〝ドール〟と繋がってたら無理じゃないですか? 写真は、ドールハウスじゃなくて本物の方の屋敷にある訳ですから」
「無理じゃないわよ。〝ドール〟と接続するしないはオペレーターの任意ですもの。参加メンバーと一緒にいる時と部屋の間を移動する時だけ〝ドール〟と接続して、段ボールがどこにあるか探す時と、その中の写真を物色する時は接続を切って、ゴーグルを外して、自分で目で写真を探せばいい。この作業自体は難しくない筈よ」
簡単に言ってくれる。
「〝ドール〟がどうとか、芝居がどうとか以前に、私は参加メンバーのこと何も知らないんですよ。話が合う筈もない。いくら姿形がカイラさんでも、話が合わなきゃ怪しまれると思うんです」
「だから」
またズイ、と突き出される指先を、私は咄嗟に払いのける。
「それ、やめてください」
「失礼――だからね、アタシにも準備がある」
言いながら、鞄から書類や写真を取り出し始める。
「これ、今回の参加メンバーの詳細な資料。吉香にはこれを覚えてもらいます。アタシたちのことを知って、覚えて、〝ドール〟に繋がれば、アナタはすぐにでもアタシになれる。そうすれば、もう作戦は八割成功したも同然よ!」
最後の方、ほぼ勢いだけで押し切られてしまった。
完全に、断るタイミングを逸した。
嬉々としてメンバーの紹介をするカイラを見ながら、私は無数の糸が自分の四肢に絡みついていくのを感じていた。