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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
19/60

同日 19:40〝アルコール〟上昇中

 え?


 数瞬の間を置いて、今の台詞がじわじわと内側に入って来る。ダージリンクーラーと一緒に飲み込もうとしたが、喉が蠕動した次の瞬間に吐き出されたのは驚愕の感嘆符だった。

「えええええ!? 初耳なんですけど!?」

「ゴメンゴメン。伝達漏れだったね。あの二人、高校時代は恋人同士だったの。昔のことだし、わざわざ言うことでもないと思ったんだけど、言うべきだったね」

 そんな風に素直に謝られてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。

「十年前のことだし、今も関係が続いているかは知らない。ただ、当時は交際していた。さっきも言ったが、瑠璃の存在を介して蕗屋と李杏は関係性があったということだ」

 利根の調査によって様々なことが分かってきた。

 動機らしきモノも見えてきた。

 だけど依然として分からないことの方が多い。

「……ええっと、何度も話の腰折るけど、まだよく分かんないんですけど」

 鈴が再び口を開く。

「九年前の火事が関係してるってことは何となく分かったよ? 仲の良かったメイドさんが傷つけられて、病んで屋敷に火をつけて、ルリルリ自身もあんな体になって、多分その原因になった〝誰か〟が許せないんだろうね。ルリルリとフッキーが中心になって今回の騒動を仕組んだ。その辺は何となく分かった」


 でもさぁ……何で今なの? 


「卒業から一〇年、問題の火事からだってもう九年経ってるんだよ? なんでこのタイミング? あと、二人の目的が分かんない。双児館の模型を舞台にしたこととか、人形とか暗証番号とか、火事を思い出させるアレコレをゲームに散りばめて――だから何、って感じじゃない? 古部さんを傷つけた人間を明らかにしたいだけなのか、その上で謝ってほしいのか、社会的に罰したいのか、もしくはもっと過激な復讐がしたいのか――その辺が分かんないからモヤモヤする。ウチの頭が悪いだけかもしんないけど!」

 普段の鈴からは考えられないほどの饒舌さを見せる。だいぶ酔いが回ってきているようだ。しかし論旨そのものはしっかりしている。私も同意見だ。

「いンや、お前の言う通りだよ、天才」

 三白眼で()め付けながら、利根が答える。

「背景は何となく見えてきたが、何がしたかったのかがイマイチ分かンねェ。想像することはできるけど、それはどこまで行っても想像の域を出ない。裏付けとるのも困難だ。だったらオメェ、話は簡単だ。本人に直接会って話を聞けばいい。明日の午後に会う約束を取り付けてあるからよ、そこで聞かせてもらうことにすんべ」

「そういうことだから、吉香、よろしくね」

 何だかすんなりと明日の予定まで決められてしまった。確かに明日はオフだけど。何の予定もないけれども――何故、私がお供するのが前提になっているのだろう。

「……分かりました」

 確かに、断る理由など何もないのだけれども。

 ここで一旦、全員分の飲み物を再注文する。

 僅かに流れる沈黙。

 何となく、場の空気が弛緩する。

「――ねえねえ、さっき〝想像することはできる〟って言ったけどさ。それってどんな想像? せっかくだから聞かせてよー」

 口を開いたのは鈴だ。目の周りが赤い。

「ん? まあ完全に想像だけどな――」

 新しいグラスに口をつけながら、利根は語り始める。

 

 十年前、オレたちが高三だった当時、仁行所家のメイドであった古部梨杏は、瑠璃を介して演劇部の誰かと交際していた。この誰かを仮にXとする。二人の関係は瑠璃も知らなかった。そしてこの二人、最初のうちは上手くいっていたが、高校を卒業してしばらく経って、破綻することになる。それも、梨杏が一方的に傷つく形で、だ。彼女は精神を病み、絶望した彼女は雇い主の娘、かつ親友の瑠璃がいるのにも関わらず屋敷の自室に灯油を撒いて焼身自殺を図る。屋敷は全焼。逃げ遅れた瑠璃も右脚を失う大怪我を負う。この時のショックで、瑠璃は火災前後の記憶を失ってしまう。瑠璃と交際していた人間が誰なのか、自殺直前に何があったのかは遺書などがなかったために分からずじまい。そして九年の月日が経った。

 きっかけは、秩父の別荘の売却が決まり、屋敷の清掃をしたことにある。物置の段ボールから出て来る無数の写真――瑠璃は過去と戯れるうちに、不意に火事の時の記憶が一部蘇ったんじゃねェかな。李杏の自殺の原因が、Xにあったことを思い出した。だけど肝心の、Xが誰かが分からない。瑠璃はXが許せなかった。復讐とまではいかなくとも、せめて自らの行いを思い知ってほしかった。しかし、どうすればいいか分からない。そこで、彼女は蕗屋の知恵を借りる。蕗屋はかつての彼氏で、こういうことにかけては頭が回る。話を聞いた蕗屋はひどく興味を惹かれたらしく、すぐさま今回の計画を立案する。つまり、当の本人にだけ分かる形で、Xに己の罪を突きつけた訳だ。Xは他のメンバーと同じようにゲームに参加しながら、必死に動揺を隠していただろうな。蕗屋はXを更に追い込んでいく。

『古部李杏の死の真相を、ドールハウスのどこかに隠しておいた。それを世間に公表されたくなかったら、他のメンバーに悟られないようにそれを回収して所定の場所まで持ってこい』

 そんな脅迫まがいの言葉を、ゲームの途中でXに告げたんだ。所定の場所と言うのは、塔の屋上だな。つまり、Xにだけ、他の参加者とは別のミッションが課せられていた訳だ。Xは必死になってその何かを探すが、見つからない。タイムリミットは誰かが脱出を成功するまで。もう間に合わないと悟ったXは、他の皆に悟られないようにそっと蕗屋を屋上に呼び出し、自らの社会生命を守るため、蕗屋を突き落とした――。


「ってのを考えたんだが、どうだろう」

 途中で詰まることもなく、スラスラと自分の紡ぎあげた脚本を披露する利根。よくもまあ想像だけでそこまで考えられるものだ。『小説家になれるな』などという陳腐な常套句が頭に浮かぶ。

「……火のない所に煙を立たせる職種の人は、やっぱり違うわね」

 カイラも似たような感想を抱いたらしい。火災が悲劇の中心にあるという中でその例えはどうかと思うが。

「でもさー、それってゼンブ利根っちの想像デショー? 根拠なんて何にもなーい」

 追加注文したカルアミルクを飲みながら、鈴がいつにも増して間延びした声を出す。

 完全に、酔っぱらってる。

「最初に予防線張ったべ。今の話は全部オレの想像だって」

「うーん……妄想だって一蹴するのは簡単だけど、ここは乗っておきましょうか。その方が話が広がるから」

 頬杖をつき、徳利を揺らして残量を確かめながらカイラは言う。彼女がやるとそんな仕草でも画になる。実態はただの飲兵衛だが。

「えー、カイちゃん今の話信じるのお?」

「信じる信じないじゃなく、仮定として妄想を広げてみましょうかって話。酒の席での与太話だと思って頂戴」

 それにしては題材が血腥いと言うか、不謹慎ではないだろうか。物凄く今更なので、これも口に出しては言わないが。

「その上で、突っ込みどころと言うか指摘が、およそ三つ」

「割とあるなオイ」

「厳選してこの数だから。まず利根君さ、具体的にXが誰かって想定してるの?」

「今の段階で絞るのは無理だろ」

「そう? 古部李杏の相手が演劇部の誰かとして、話の流れからして蕗屋君は除外、そして語り手である利根君も外すとしたら、後はもう波部君しか残ってないと思うんだけど」

「あー、それあたしも気になってたー」

 テーブルに顎を乗せた体勢で鈴も同調する。

 あの真面目な波部が、X?

 勿論、波部とて男だから色恋に興味がないとは思わないが……。

「そうとは限らねェだろ。他にも選択肢はある」

 利根は明言しないが、さすがにカイラは察しがよかった。

「それは――もしかして、古部李杏の恋人が男性とは限らないってことを言いたいのかな?」

「そもそもオレは最初から『恋人』とは言っても『彼氏』とも『男』とも言ってない。当然考えるべきだろ。おっと、古部李杏の性的志向なんて聞くなよ。少なくとも、この二日の調査では分からなかった。ただただ、可能性の話だ。今の段階ではXは女性である可能性も無視できない訳で、つまりカイラや鈴もX候補ってことになるな」

「アタシは違うでしょ」

 新しい徳利から自分のお猪口に豪快に酒を注ぎながら、カイラは即座に反論する。

「あの場にいたのはアタシじゃなくて、代役の吉香だからね」

「そうだな。さっきオレが話した、『古部李杏の元恋人』で『彼女の自殺の原因』で『その事実を握られたために蕗屋の口を封じた』っていう、その三点全てに当てはまるXではないだろうな。だけど前二つは分からんだろ。カイラが李杏の元恋人だったって可能性を潰すことはできない」

「だとしても、アタシは犯人じゃない。事件当夜は秩父から六千五百キロ以上離れたハワイ本島にいたんですからね」

 完全に安全圏にいたのに容疑者扱いされたのが気に障ったのか、多少ムキになって鉄壁のアリバイを持ち出してくる。

「……待鳥さんに頼んだって線は、捨てきれないだろ」

「捨てて、そんな馬鹿な考え。この子はダンスとモノマネだけが取柄の劇団員よ? 依頼殺人なんて、そんな恐ろしいこと出来る訳ないじゃない。それだけはないわ」

 庇ってくれるのは嬉しいのだけど、もうちょっと言い方はなかったのだろうか。事実だけど。

「勘違いするなよ。別にカイラや待鳥さんを疑ってる訳じゃない。ただ、誰でも容疑圏内にいるってことを言いたかっただけだ。勿論、こうして語ってる、オレ自身もな」

 そこまで語ったところで、利根は不意に声を低くする。

「……あともう一人、忘れちゃいけねェ人間もいるしな」

「他に誰かいたっけ」

「しっかりしてくれよ飲兵衛。使用人の日野だよ。あの男も立派な容疑者候補なんだからな」

 さっき注文したばかりの水割りを空にしながら言う飲兵衛。

「もちろん忘れてた訳じゃないけど……あの人は事件の間、ずっと買い出しに出かけていたんでしょう?」

「んなもん、どうとでもなンだろ」

 買い出しに行ったと見せかけて屋敷に残ったのだとか、何らかのショートカットで買い出し自体の時間を短縮させただとか、方法はいくらでも考えられる。しかし、今議論すべきはそこではない。

「あの人のこと、私たちほとんど何も知らないんですけど、えっと、日野さんがXである可能性ってあるんですか?」

「いい質問だな待鳥さん。あの男についても調査してあるんだよ」

 舌なめずりしながら再び身を乗り出す。日野の話題を出したのは、単に調査結果を話したかっただけなのではないだろうか。とは言え、単純に興味はある。これまでほとんど人格を与えられなかった使用人にも、当然過去や背景があるのだ。

「あの日野って男、今でこそ実直な執事みてェな面してっけど、若いころは随分ヤンチャしてたみてェでな、ケンカやら何やらで何度か警察の世話にもなっていたらしい」

「へえ、あの日野さんがね……」

「……カイラさん、会ったことないですよね」

 酔っ払って適当なことを言い出したのかと思ったが、返ってきたのは案外しっかりとした答えだった。

「面識あるって。少なくとも、アタシらが高校の頃はすでにあの屋敷で働いてたもの」

「日野は現在二十九だから、当時十九だな」思った以上に若い。「幼い頃に両親を事故で亡くし、ずっと施設で育ったらしい。仁行所の家に拾われた形だな。――で、面白いのはここからだ」

 手にしたコップが空なことに気が付き、脇に退ける。

「実は同時期、同じ施設にいた人間が仁行所の家で働き始めている。誰だと思う?」

「まさか――古部梨杏?」

「そう。住み込みで働いてるって言ったろ。古部梨杏も天涯孤独な身の上で、日野とは同じ施設で兄妹同然に育ったらしい。そんな二人が男女の関係に発展したって考えるのは不自然じゃねェよな?」

「妄想するのは自由だけどね……どうだろ。同じ施設出身の使用人同士がそういう関係になったとして、そのことに瑠璃が気付かないなんてことがあるのかな……」

 それどころか、蕗屋の知恵を借りて大掛かりな仕掛けで犯人の炙り出しまで行っている。それなのに、肝心の日野は不参加どころか当時屋敷にすらいなかったのだ。色々とチグハグな印象だ。

「まあ、今のはただ調べた結果を聞いてもらいたかっただけだ。日野の過去と古部李杏との関係を頭に入れてもらえばそれでいい。全ては可能性の話だよ」

 やはり本気であの使用人を疑っている訳ではないらしい。手に入れた手札は全てオープンして検討しなければ気が済まないタチなのだろう。


「オーケイ。利根君の考えはよく分かったわ。じゃあ次ね」

 切り替えが早い。お猪口を呷って空にして、手酌で注ぐ。ピッチも早い。

「古部李杏は何かしらの原因があって自ら死を選び、今になって瑠璃は火災の時の一部を思い出し、Xに対して怒りの感情を覚えた――ここまではいいとする。自分ではどうすればいいか分からなかった瑠璃が元カレである蕗屋君に相談したって部分もまあ、よしとするわ。問題はその次ね。蕗屋君は興味を惹かれて瑠璃の復讐を手伝ったって話だけど、この部分がよく分からなかったのよね。つまりは、蕗屋君の気持ちというか、感情面。それは瑠璃への気持ちが残ってるから、彼女のために動こうとしたってことなのかな。それとも、やっぱり漫画のネタにできそうだとか、取材になりそうだとかって話? 義憤――は、ないか」

「漫画のネタになるから、の一択だろうな。瑠璃とどういう付き合いをしていて、何が理由で破局して今はどういう関係だっただとか、オレは知らないし瑠璃に聞かなきゃ知りようもないことだが、この件に関しては断言していい。今も昔も、アイツは他人にも外の世界にも興味がない。誰がどうなっても構わないし、どうでもいいと思ってる。ただ人と接して世界と関係を持つのは、それを自分の創作世界の糧にするためだけだ。アイツにとっては、飯を食うのも女を抱くのも、全ては取材の一環にすぎないんだよ」

「断言するのね。ここまで慎重な発言ばかりしてたのに」

「アイツ、少し前の連載も打ち切りになってたろ。二回目だ。焦ってたんじゃねェかな。知り合いの伝手で聞いた話によると、次回作はサイコパスのシリアルキラーを主人公にしたサスペンスを考えてたらしい。だが、作中人物の考えが伝わりにくいって理由で、何度か編集にボツを喰らってた――らしい。どこまでも伝聞で申し訳ないが、オレはこの辺りに動機の一端があるんじゃないかと睨ンでんだよ」

 基本的に人前に出るのを好まない作家気質の蕗屋が何故今回のようなゲームを主催したのか――昼にモールのバックヤードで私が考えて披露した説ともそれは一致する。


 全ては『観察』のためであり、『取材』のためなのだ。


「そう考えると、一応の辻褄が合う。Xの過去の罪を知った蕗屋は、脱出ゲーム内に古部李杏の存在を匂わせ、Xにプレッシャーを与えた上で脅迫を重ねるだなんて、メチャクチャ回りくどい方法を選んでいる。本人に問い質すとか、探偵を雇って当時のことを調べるとか、幾らでも方法はあっただろうにな。アイツは、特殊空間で極限状態に置かれた人間がどういう行動をとるのか、観察したかっただけなんだろうな。あのドールハウスは、蕗屋透が人間観察のために作り上げた檻だったって訳だ」

 ついさっき注文したばかりのウィスキー水割りを早くも飲み干し、利根は独りごちる。

「挙句、ドールハウスの中の〝ドール〟に返り討ちに遭ってんだから世話ねェわ」

「他の部分に比べると、この部分は断定的ね。こちらとしても今の段階で否定材料がある訳でもないし、ここはここでいいわ。じゃあ最後だけど……その前に、追加注文しよっか」

 空の徳利を振りながら、カイラはテーブルの注文ボタンに手を伸ばす。加速度的にペースが上がってる。何が恐ろしいって、カイラの言動や容姿に全く変化がないことだ。

 追加注文を済ませたカイラは涼しい顔で最後の指摘を始める。

「利根君、犯人であるXは屋上に蕗屋君を呼び出し、自分もその場に行って突き落として犯行を成した、みたいなこと言ってたけど、それって物理的に不可能ってことには気付いてる?」

「……細かい検証はしてねェよ。各々の動きも暗記してるわけじゃねェしな」

「そんな複雑なものでもないわよ。アタシも又聞きだからそんなにしっかり把握してる訳じゃないけど、それでも何となくの状況は分かってるつもり。鈴や吉香に聞いた話だと、ゲームの終盤は皆ほとんど固まって行動してたって話じゃない。蕗屋君を直接突き落とせた人間がいたとは思えないのね」

「いや、物理的にできなくはない。一番抜けした波部や、途中で見取り図を見に抜けた鈴なんかは犯行が可能だった筈だ」

「へええ? ウチい?」

 それまでテーブルに突っ伏して潰れていた鈴が、自分の名前に反応して身を起こす。

「念のためだが、あくまでも可能性の話だぞ。積極的に二人を疑ってる訳じゃない」

 こういうところは相変わらず慎重だ。

「物理的に、ねえ……確かにそれはそうかもだけど、現実的じゃないと思う。仮に蕗屋君と屋上で会う時刻を正確に決めていたとしても、都合よくその時間に屋上に行けるとは限らないし、そもそも蕗屋君含めたゲーム参加者の動きは全てドールハウス内の〝ドール〟と連動してる訳でしょう? 屋上に出たら、当然〝ドール〟もドールハウスの屋上に出る。ドールハウスがある食堂には常に瑠璃がいるのに、そんなことするかな?」

「瑠璃も共犯だった、ってのはどうだ」

 新しくきた赤ワインのグラスを一気に半分も呷って、利根は勢いよく言う。ウワバミカイラのせいで目立たないが、この人も相当なザルだな。自分の名前に反応して一旦起きかけた鈴は再びテーブルに突っ伏してしまう。

「どうだって……それを言い出したら割と何でもアリになっちゃうんですけど」

「だが動機面からしても、なくはないだろ」

「ないでしょ。と言うか矛盾してる。破綻してるわよ。自分で言ったことよ、よく思い出して? 蕗屋君と瑠璃は元恋人同士で、蕗屋君は瑠璃の相談を元にして脱出ゲームを企画したんでしょ? いわば二人は仲間同士だった。それなのに、どうしてXと瑠璃が共犯になるのよ」

「瑠璃が裏切ったんだよ。元々、瑠璃は別件で蕗屋に殺意を抱いていた。だから、Xが蕗屋を殺すのに協力したんだな」

「……本当に何でもアリになってきちゃったな。利根君、酔っぱらってるでしょ」

「馬鹿言うな。まだ20%の力も出してないぞ」

 ダメだこりゃ。とうとう少年漫画に出て来る悪役みたいなこと言いだした。

「それにな、瑠璃が共犯以外の可能性だって考えてンだぞ、こっちは」

「聞かせて」

 頬杖をついて、一気にお猪口を呷る。

「簡単さ。屋上に行く前に〝ドール〟との連動を切っておけばいい。それならどれだけ動いても、対応する自分の〝ドール〟は棒立ちのままだ」

「あのさ、いちいち指摘するのも面倒なんだけど……その時、ゲーム参加者の四人はゴーグルがロックされてたんでしょう? 〝ドール〟との連動を切ったらゴーグルの電源も落ちる訳で、そしたら視界は真っ暗、右も左も分からなくて、屋上にいくどころじゃないと思うんですけど」

「Xだけは、ゴーグルのロックを免れたんだよ。蕗屋と密会するために、ロックしないでもらっておいたんだ。自由に動くためにな」

「……色んな意味で、限界が近い気がしてきた。想像だけで喋っていいって最初に言ったのはアタシだけど、やっぱ想像だけだと本当に何でもアリの言いたい放題大会になっちゃうんだね……」

 今更か。私は結構前の段階で呑兵衛たちの妄想大会を呆れ半分で見ていたのだけれど。

「理屈は幾らでもつけられるでしょうね。でも取り敢えずこれだけ言わせて。アタシは、直接突き落としたんじゃなく、何か罠的なモノを使ったんだと考えている。梯子を昇ってきた蕗屋君を、どうにかして自動的に落とすような、何か機械的な仕掛けがあるんじゃないかってね」

「梯子自体に細工の跡はなかったって話だぞ」

 昼に私がしたのと同じ指摘をする利根。

「それは聞いた。でも多分、警察も皆も見逃した何かがそこにはある筈なのよ」

「オメェの方こそ言いたい放題じゃないじゃねェかよ。そりゃ、推理じゃなくてただの願望だ」

「アタシの勘は鋭いのよ!」

「そりゃ勘じゃなくて妄想だッつってんだよッ!」

「それはお互い様でしょうがッ!」


「もー、うるさいよ……?」


 酔いつぶれていた鈴が、テーブルに上半身を投げ出したままの格好で唸る。

「大きな声出さないで……痴話喧嘩だと思われるでしょ……」

「悪ィ」

「痴話喧嘩だとは思われないでしょうけどね」

 とは言え、ヒートアップした二人を冷やすには十分な効果があったらしく、二人とも気まずそうに自分の杯を呷っている。

「……やっぱり、情報収集は大事だね」

「そうだな。想像だけなら、際限がなくなっちまうもんな……」

 反省したらしい。

 結局、この場の成果としては、随分前に相関図にして書き出した事実が全てで、以降の考察はほとんど無駄な時間ということになってしまったらしい。


 考察? 


 いや、妄想か。


 根拠と証拠と判断材料を欠いた議論は空論にしかならず、全ては酒席の与太で、戯言だ。


 だから――ここまで、現実感がないのだろう。


 リアルじゃないから、本当じゃないから、容疑者だと指摘されてもヘラヘラと笑っていられるのだ。そこで殺人犯と糾弾されているのは、あくまで自分ではなく、自分の記号と属性を纏った、自分を模した人形にすぎないからだ。どうやらまだお人形遊びは続いているらしい。

 いつになったら私は本当を、真実を手に入れられるのだろう。

 手にしたグラスを一気に呷り、ドリンクメニューを開く。今度は少し強めの酒を頼んでみようか。

 今はひどく、酔いたい気分だ。

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