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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
18/60

同日 19:00〝パパラッチ〟調査報告

 浦和駅前の繁華街を少し外れた路地裏の地下一階に、指定された店はあった。表に小さな看板が出てるだけの小さな居酒屋だったが、週末ということもあってか、客も入りはそこそこの模様。入口でカイラの名を出すと、若い女性店員は笑顔で店の奥の個室へと案内してくれた。簾で目隠しされた奥に、先客は三人。カイラと鈴、そして――


「オゥ、遅かったじゃねェか、アカデミー女優」


 顔を覗かせたと同時に飛んでくる粗野な声。上座に座るバンダナ頭の三白眼、若干顔が上気しているのは、右手に持った大ジョッキのせいだろうか。

「利根さん……」

「いやァ、待ちくたびれたぞ。もう二杯目に入ってっからね」

「吉香が来るまで待とうって言ってたんだけどね」

「でも、カイちゃんもお銚子二本目だけどね」

 利根の隣にカイラ、その向かいに鈴が座っている。カイラの席には二合徳利、鈴の所にはカシスオレンジ。どうやらすっかり場は出来上がっているらしかった。

「ショーの後、フォーメーションの変更がありまして――」

 傍らにバッグを置き、利根の向かいに腰掛け、遅れた理由を説明しながら、ようやく私は場の雰囲気が想像していたモノと違うことに気が付く。

「と言うか、これ何の集まりでしたっけ? 昼にバックヤードで話した時は、雇った探偵に調べた蕗屋さんのことを教えてもらう、みたいこと言ってましたけど」

「そうよお? 調査報告会ね」

「いや、ただの飲み会ですよね」

 浦和の居酒屋で、同級生三人プラスアルファ。大ジョッキと銚子とカシスオレンジと。この場のどこが調査報告会だと言うのか。

 そもそも。

「探偵って人はどこにいるんですか。まだ来てないんですか?」

「おいおい、目の前にいるじゃねェかよ、優秀な調査員がよ」

 焼き鳥の串で自らを指し、利根はニヤリと笑う。

「……利根さんがですか? でも、利根さんって、パ――カメラマンですよね?」

 危うく『パパラッチ』と口にしかけて、押しとどめる。知り合ってまもない人間が本人を目の前にいて口にしていい言葉ではない。

「対象者の動向を調べ、居所を突き止めて尾行、張り込みをして決定的な瞬間をカメラに収める――パパラッチと探偵って、割と業務内容がかぶるのよね。だから、適任だと思って頼んでおいたの」

「パパラッチって言うんじゃねェよ! 今せっかく待鳥さんが言い直したのに、気遣いが台無しじゃねェか!」

 串を突きつけ、上気した顔をさらに赤くさせる。私がパパラッチと言いかけたことはバレていたらしい。少し恥ずかしい。

「あら、パパラッチであること自体は否定しないのね」

「それはもう諦めたわ!」

 大きな声を出してはいるが、別段本気で怒っている訳ではなさそうだ。むしろ、楽しそうに見える。個人的に調べ物を頼んだ件と合わせて考えても、二人の仲は割合良好な部類と言えるのだろう。

 ……信用できない人物というのは、利根のことではなかったのだろうか。そもそも、今考えればあれは私に写真探しをさせるためのカイラの方便だったのかもしれない。

「……まあ、利根さんが調べてくれたのは分かりました。それはいいです。だけど、何で居酒屋なんですか?」

「アタシも利根君も、お酒飲みながらの方が頭の回転がいいのよ」

「完全にアル中の発言じゃないですか……」

「この二人は高校の頃からお酒飲んでたもんね。飲むなって言ってもダメだよ、待鳥さん」

 フライドポテトをパクパク摘まみながら、横の鈴が口を出す。

「いやまぁ、カイラさんの酒豪伝説は学内でも有名だったんで、そこをとやかく言うつもりはないんですけど……」

 と言うか、この人の未成年飲酒がきっかけで、私はこの件に巻き込まれているのだ。カイラとアルコールは切っても切れない関係にあるのだろう。

 そう言えば、例の写真の件はどうするつもりなのだろう。仮にあのドールハウスの中にあったとしても、今は警察に押収されてしまっているのだけれども。

「波部君にも声かけたんだけどね。探偵ごっこに興味はないって、素っ気なく断られちゃった。それは警察の仕事だ。警察の邪魔はするな、だって」

 波部の言いそうなことだ。正論でもある。

「でも、やめる気はないんですね」

「警察の邪魔はしないわよ。警察をあてにする気もさらさらないけどね」さらりと警察不信を口にする。「――さ、前振りはこれくらいにして、さっさと本題に入りましょうか。その前に、吉香の飲み物も注文しましょうか」

 ドリンクメニューを手渡しながらカイラは言う。いや、まだ納得はしてないのだけど……こうなっては無駄か。

 一番甘くて一番度数の低い飲み物はどれだろう。


「まァ、改まったところでたった二日じゃ大したことは調べられなかったんだけどな」

 追加注文したウィスキーのロックで唇を湿らせながら、利根が切り出す。私もダージリンクーラーを口にしながら、次の言葉を待つ。

「どういう経緯でどこをどう調べたとかのカッタルイ部分は割愛して、まずは結論を先に言わせてもらうわ」


 古部(ふるべ)李杏(りあん)って名前に聞き覚えはないか?


 利根の小さな黒目が、カイラを、そして鈴を順に射貫く。そして彼はA5サイズのメモ帳とシャープペンシルを取り出し、さらさらと字を走らせて解説してくれる。


古部李杏 LIAN FURUBE


「こういう字を書く」

「……RじゃなくてLなんだね」

「そう、『L』だ。日本人としては珍しいな」


 ぞわり、と肌が粟立った。


 エル。


 それは、あのドールハウスに配置されてた一連のドール群の連作名と共通する。偶然だろうか。


 そんな訳がない。


「名前を知らなくても、この顔は見覚えがあるだろ」

 携帯端末を簡単に操作して、呼び出した画像を私たちに見せる。

 そこにはエプロンドレスに身を包んだ少女がバストアップで写し出されていた。細面で髪が長く、目が大きく唇が厚い――間違いない、この少女はドールハウスの『エル』と瓜二つだ。いや、逆か。あの人形たちが、この少女をモデルにして作られていたのだ。

「これは――誰なの?」

 鈴が至極もっとも疑問を口にする。私も気になる。

「仁行所家のメイドだ。年齢は当時十九歳。双児館兄に住み込みで働いていたらしい」

「『働いていた』。過去形ね」カイラが言葉尻に喰いつく。「しかもその場所が双児館の兄の方ってのも気になる。それって、九年前に焼失した屋敷よね。例の、瑠璃が巻き込まれた――」

 彼女が右足を失う原因となった火災のことだ。その時のショックで瑠璃は未だに火災前後の記憶を失っている。件のメイドはそこで働いていたらしい。


「ああ。だが火災の被害者は瑠璃だけじゃない。死人が出てる――それが、古部李杏だ」


 あまりの事実に認識が追いつかない。 

 メイド人形のモデルは、焼死していた――。

「えっと、火事の原因って何だったっけ」

 グラスを傾けながら鈴が言う。

「鈴、オメェさ――あの火事のこと、どれだけ知ってンだ?」

「え、どれだけって……」

「具体的に言うと、火事の起きた日付と、原因だ」

「覚えてないよ……原因だって、知らないから聞いたんじゃん。あの時はとにかくルリルリの安否で頭いっぱいだったし――普通に火の不始末とかじゃないの?」

 文句をつけながらも律儀に答える辺り、鈴の人の善さが出ている。

「……そうだな。オレも似たようなもんだ。瑠璃のことばかり気掛かりで、火事のことまでは知ろうともしなかった。……だから、この前のドールハウスでも気付けなかったんだんだよな……」

 言葉尻を小さくしながら、ジョッキを呷る。だけど私たちは意味が分からない。

「利根君」

「分かってる。悪い、感傷的になった。意味分かンねェよな。順を追って話す。まず火事の原因だが、あれは放火だったらしい」

「犯人は?」

 首を傾げる鈴。

「すでにこの世にいない。放火って言葉はよくなかったかな。より正確に言うなら、焼身自殺の影響で屋敷まで燃えてしまった――ってとこか」

「それって……」


「古部李杏の仕業ってことね?」


 目を白黒させている鈴と、冷静な口調のカイラがいいコントラストになっている。

「そうだ。住み込みで働いてるって言ったろ? どうも、自室としてあてがわれていた部屋に灯油を撒いたらしいな。瑠璃の記憶が戻らなくとも、消防署の調査でこれは確実らしい。瑠璃はその巻き添えを喰らった――まあ、色々と聞きたいことはあるだろうがヨ、ひとまず注目してもらいたいのは、その日付だ。双児館兄が焼け落ちたの、何月何日だと思う?」

 そんな言われ方をしたら、愚鈍な私でもさすがに察しがつく。


「八月十四日、ですか?」

 

「正解だ、待鳥さん。そう、0814。あれは古部李杏というメイドが焼死した日だったんだ。もちろん、双児館兄が焼け落ち、瑠璃が右足を失った日でもあるンだけどな」

 李杏のイニシャル『エル』と名付けられた、彼女そっくりの人形と、彼女の亡くなった日付を暗証番号として設定された脱出ゲーム。

「どうだ? メッセージ性を感じるだろ」

「胸焼けがするくらい、くどくね」

 実際に胸元を押さえ、カイラは形のいい眉を寄せる。

 あのドールハウス、そしてあの脱出ゲームには、かつて仁行所の家で起きた不幸で悲惨な出来事が関わっていたらしい。

「自殺の原因は何よ」

「噂では、当時付き合ってた人間に酷い目に遭わされたんじゃないかって言われてるな」

「その相手は……分からないのよね、当然」

「そういうこった。ただまァ、今回の〝ドール〟同窓会に関係している以上、どうしたって嫌な想像は働くわなァ」

「演劇部の、それもアタシらの代の誰かって言いたい訳? メンバーの誰かが古部李杏に酷い仕打ちをして、それで彼女の精神は変調をきたした、と? 瑠璃が今の体になった遠因とも言える訳ね」

 だんだんと繋がってきた。だけど、ここまで来ても一番肝心な人間がエントリーしてこない。

「ちょっと待ってよ。フッキーの話はどうなったの」鈴が私の考えを代弁してくれた。「その古部ナントカってメイドの子の自殺が何か関係してるってのは分かったけど、それとフッキーと、何の関係があるの?」

 決して前に出たがらない蕗屋透という人間が何故あのようなイベントを開催したのか、表向きとは違う何らかの思惑があったのではないか、そのために彼の過去なり背景なりを探っていこう、その調査を利根がしてくれたから皆でその報告を聞こう、というのがこの会の趣旨だった筈だ。

 しかし蓋を開けば、飛び出してきたのは古部李杏なる未知の人間。人形と暗証番号という二つの傍証から関与は確実だが、それと蕗屋の繋がりが分からない。鈴の疑問はもっともだ。

「そうだな。関係があるように見えるのは、どう考えても蕗屋ではなく、瑠璃の方だ」

 李杏は仁行所家のメイドだった。李杏のせいで瑠璃は右足を失っている。そして、『エル』の作者は瑠璃、その人だ。彼女の関与は間違いない。そこまでは私も分かっていた。

「実際にオレが聞いた話だと、二人は相当に仲が良かったらしいな。当主の娘と使用人という関係ながら、年が近いこともあって姉妹のようだったらしい」

「……ああ、瑠璃の存在がワンクッションになる訳ね」

「そう、瑠璃を介して、蕗屋と李杏は関係性を持つ。アイツが彼女の死に興味を持つという展開も、十分にあり得るんだ」

 また利根とカイラで話を進めていく。今度ついていけなくなるのは私の方だった。

「え? 蕗屋さんと瑠璃さんって、同じ演劇部だったこと以外に、何か特別な関係でもあるんですか?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 キョトンとした顔のカイラ。


「蕗屋君と瑠璃は、昔付き合っていたのよ」

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