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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
15/60

同日 23:50〝ポリス〟到着

 死体発見から二時間が経過していた。

 今、私たちは全員が食堂に集められ、刑事から事情聴取を受けている。部屋の奥のソファに私、鈴、利根が座らされ、あぶれた波部はソファの背もたれに尻を預けて腕組みの姿勢。その逆サイドには車椅子の瑠璃、後ろには使用人の日野が控えている。

「あの、もう一度確認させてくださいね」

 対面でスツールに座る若い男が手帳を確認しながら言う。その隣、やたらと体格のいい中年男性は、腕を組んで思案気に目を瞑っている。彼らは埼玉県警の刑事で、主に質問をしている若いのが多見(たみ)、警部と呼ばれている年配の方が間軒(まのき)というらしい。

「ええと、皆さんは今日ここで高校の同窓会をしていた。主催したのが、遺体で発見された漫画家の蕗屋透さん。参加者が、この屋敷の持ち主で人形作家の仁行所瑠璃さん、中学校の先生である波部貴夜さん、カメラマンの利根真理央さん、パティシエの須藤鈴さん、そして、モデルの久宮カイラさん――」


「――のふりをした私、ですね」


 多見刑事の言葉を引き継いで、私は言う。

「ええと、劇団員の待鳥吉香さん。本来来るはずだった久宮さんが急遽来られなくなったために、代役として参加されたんですよね」

「ええ――自分がいないと皆さんが淋しがるから、特殊な形式だし絶対にバレないから、と押し切られて――私もどうかとは思ったんですけど」

「アイツは独自理論で他人を振り回すのが好きだからなァ」

「でも凄いよね。ウチら、全然分かんなかったもん」

 利根が呆れ、鈴は感心している。

 当初の予定では、カイラの黒歴史写真を見つけたら何かしら理由をつけて正体を隠したまま退去するつもりだった。しかし、蕗屋によりゴーグルを固定され、強制的にゲームに参加させられた辺りから雲行きがおかしくなってきた。これではゴーグルを外した時、周りに誰もいない状況を作るのは難しいし、誰か一人でもいたら偽物だとバレるのは不可避となる。それは、頭の隅でずっと考えていた。それでも〝ドール〟と繋がっている間は精一杯に久宮カイラという〝ガワ〟を演じ続けていたのだけれど――蕗屋が死体で発見されて、完全に正体を隠すのは諦めた。警察沙汰になってしまっては、身分を偽るのは得策とは言えない。こうなってしまっては、もう正直に自分の氏素性を明かすより他ない。

 同窓会メンバーには、警察が到着するまでの時間に自らの素性と、カイラ本人に頼まれて彼女に成りすましていたことを明かしてある。欺いていたことは謝ったが、幸い、カイラとの付き合いの長い皆はどうせ彼女が半ば一方的にやらせたのだろうと、むしろ私に同情的ですらあった。こんなことなら、正体がバレるのを恐れてビクビクする必要はなかったのかもしれない。

 ただし、成りすましの目的は伏せておいた。

 多見刑事に話した通り、あくまで皆が久宮カイラとの再会を望んでいるから影武者を立てた、という理由で押し通す。

 何も知らない人間がこの理由を聞いたら、何と自意識過剰で痛い女だと思うかもしれないが、久宮カイラには不思議とそれで納得させるだけの個性と華とオーラがある。もっとも、刑事たちは私の参加理由など大して興味はないらしく、この辺りはあっさりと流されてしまう。

「主催者の蕗屋さんと、参加者が五名。使用人の日野さんを含めて、総勢七名ですか。途中で誰か訪問者があったとか、そういうことはないですね?」

「わたしの知る限りはありませんねえ」

 代表して瑠璃が答える。そもそも〝ドール〟に繋がってた私たちは外界がどうなってたかなど知る由もないのだけど。

「付近で怪し気な人影を見たとかも、ないですか」

「この辺りは本当に何もないですからねえ……」

 頬に手を当て、小首を傾げる。彼女が思案するまでもないだろう。

「――あの、監視カメラの映像は」

 背後から日野が口を挟む。それに答えたのは、今まで無言で腕を組んでいた間軒警部だ。

「……今、別の人間が別室でチェックしています。ただ、皆さんが生で何かを目撃していないか確認したいだけでしてね」

「失礼しました」

「ルリルリ、監視カメラなんてあったの?」

 間軒警部と日野の遣り取りの横、鈴が瑠璃に小声で尋ねる。

「玄関と、一階と二階の廊下、あと一階と二階の間にある階段の踊り場の、四ヶ所ね。建物自体使ってなかったから電源切られてたんだけど、あるなら録画しようって、蕗屋くんがね」

「は? なんで蕗屋がお前ンちの防犯に口出しすンだよ」

 鈴の隣に座る利根が、首を伸ばして指摘する。

「ううんと、防犯って言うか、スーツとゴーグルで屋敷の中ウロウロ歩くみんなのことを撮影したかったみたい。さぞかし滑稽だろうねって……」

「アホの考えることは分かンねェな」

バッサリと切り捨てる利根。しかし、それが事件解決に役立つかもしれないのだから皮肉なものではある。

「えっと、よろしいですかね」

 私語を交わす瑠璃たちを見回しながら、先を続ける多見刑事。

「次にですね、亡くなる直前、蕗屋さんの姿を見た時のことを確認したいんですけど――最後に会ったのが、ええと、仁行所さん」

「そうなりますね。彼だけは自分の意思でゴーグルの着脱が可能でしたから、ルール説明が終わってしばらくは皆と一緒にいたみたいですけど、しばらくするとゴーグルを外してそこのソファに座って、わたしと一緒にゲーム観戦をしていました」

「その様子は、ゲーム参加者の四人も、〝ドール〟を通じて目撃されていた、と」

 ドールハウスの展望台からチェス盤を見た時のことだろう。あの時は先に波部と利根がいて、私と鈴はそれと入れ替わる形で展望台へと出た。そしてその四人全員が、ソファで座るスーツに狐面の怪人を確認している筈だ。

「その後、蕗屋さんは一位抜けした人間を迎えに行かなくては、と言い残して食堂を出て行ったんですよね。その時刻が二十一時一〇分頃。それから遺体で発見されるまでの間、誰一人として彼を見た人間はいない、と……」

 続いて多見刑事はその間の私たちの所在地を簡単に確認する。

 波部、利根、鈴、私のゲーム参加者四人は、ずっとゴーグルが外れず、分身である〝ドール〟もドールハウスから出ることは出来ず、言わば二重に囚われていた状況にあった。屋敷の外にいた人間をどうこうできる訳もない。車椅子の瑠璃も同様だ。例え相手が〝ドール〟と繋がっていて現実世界が見えてなかったとしても、隻脚の人間にどうこうできるとは思えない。唯一自由に身動きの取れたのは使用人の日野だが、彼はゲームが始まってすぐの十九時四〇分を過ぎた辺りから、車で麓のコンビニに買い出しに出掛けている。どうやら全員が揃ったところで飲み物が足りないことに気が付いたらしい。帰ってきたのは二十一時二〇分頃。駐車場から玄関に向かったところで、扉の外で棒立ちになっているゴーグル姿の波部を発見。声をかけるも返答がなく――ヘッドホン内蔵のゴーグルを付けている間は現実世界に対する視覚聴覚が奪われるのだ――仕方なく周囲を見渡したところで倒れている蕗屋を発見。そう、何を隠そう彼こそが死体の第一発見者だったのだ。驚いて腰を抜かしているところに瑠璃がやってきて、同様に驚き悲鳴をあげる。

「仁行所さんは、何故そのタイミングで外に出て来たんですか?」

 ここで初めて間軒警部が質問する。

「わたし、時々ドールハウスの窓から覗いて様子を窺ってたんですけど、生身のみんながどうしてるか、見たくなっちゃったんです。それで、波部くんが一位抜けしそうなのは分かってたんで、そこを注目しようと思って――鈴ちゃんとカイラちゃん、じゃなくて、待鳥さんにチェス盤を見せた後は、急いでこの部屋を出て、物置に向かったんです。ちょうど利根くんが物置から出て来た頃だったかな?」

「はァ? あの時、オメェあの場所にいたのかよ!」

「いたの。鈴ちゃんが波部くんに次元について質問したのも見てる。で、波部くんが物置に入って、解錠して出て来たらその後をつけて、そのまま一緒に廊下を進んで、解錠された扉を通って、通路を渡って――だけど、波部くんは歩くの早くて、だんだん距離が開いてきちゃってね。屋敷を出るタイミングにラグが出来ちゃったみたいなんです。そのラグの間に日野さんが帰ってきたんですよね。わたしが建物を出たところで何か大きな声がしたから行ってみたら、日野さんが腰を抜かしていて……それで、蕗屋くんを見つけて……」

 饒舌に喋った割には、最後は尻すぼみになって言葉尻が消えていく。無理もない。つい数分前まで一緒にいた同級生が死んでいたのだから、誰だって驚くだろう。

 時系列としては、波部が建物を出る、車から降りた日野が玄関にやってくる、波部の存在を怪訝に思って周囲を見て蕗屋の死体を発見する、少し遅れて瑠璃が出てきて彼女も死体を発見――という流れになるらしい。

「波部さんのゴーグルを外してあげたのは?」

 続いて間軒警部が質問を重ねる。

「しばらく二人であわあわしてたんですけど、こういう時は冷静で頭のいい波部くんの意見を聞くべきだと思って、そう言えば蕗屋くんからゴーグルのキースイッチの予備を渡されてたことを思い出して、その場でゴーグル外したんです。で、すぐに事情を説明して、波部くんにも死体を見てもらって――日野さんに警察呼ぶように指示したのは波部くんです。わたしはもうとにかくパニくっちゃって――しばらくしたら利根くんたち三人が来たから、波部くんと同じようにゴーグル外してあげようかと思ったんですけど、そしたら波部くんに『先に食堂に行って〝ドール〟を回収してこよう』って言われて、そのまま――」

「その真意は?」

「……ただの時間稼ぎです。落ち着いて考える時間がほしかった。深い意味はありません」

 間軒警部の問いに、波部本人が答える。

「なるほど、おおよその動きは分かりました。では次に――」

 質問役が再び若手の多見刑事へと戻る。そして、その質問は私たちを驚愕させた。


「その蕗屋さんですが――最近何か、思い悩んでいる様子はありませんでしたか? 漫画の執筆がうまくいってないだとか、恋人と別れただとか――」


 思わず顔を見合わせた。

 こういう時に真っ先に口を開くのは切り込み隊長である利根の役割だ。

「ちょっと、ちょっと待ってください。まさか、自殺だって言うんですか!? あの蕗屋が!?」

「そういう可能性も視野に入れているというだけです」

 答える間軒警部。目付きは鋭く、相手を怯ませるのに充分な迫力がある。

「……一つ、いいですか」

 ボソッと、背後から波部が口を挟む。

「さっきからずっと気になってたんですけど、そろそろ蕗屋の死因を教えてもらえませんか。市民の義務として警察の捜査には最大限協力します。しかし、それと同等に俺達にはアイツが死んだ理由を知る権利がある。捜査内容をベラベラ喋る訳にはいかないのは承知していますが、このくらいのことはいいでしょう」

 理路整然とした波部の弁舌に、多見刑事と間軒警部は一瞬アイコンタクトをとり、軽く頷き合う。


「――そうですね。蕗屋さんは、転落死です」


「転落死!?」

 頓狂な声をあげたのは鈴だ。

「落ちたってことですか!? どこから!?」

「恐らく展望台からではないか、と見られています」

 妙なテンションの鈴にも、落ち着いた対応の多見刑事。

「そういや、オレらが見た蕗屋の〝ドール〟もよォ、テーブルの下に落ちてたよな」

「落ちた勢いであそこまで行っちゃったってことだね。……うーん、ルリルリがその瞬間を見てたらよかったんだけど」

「……ゴメン」

「あ、うそうそ! ルリルリを責めてるんじゃないんだからね! 結果論! たらればの話だから!」

 蕗屋は転落死だった――。

 なるほど、それを踏まえての自殺云々か。確かに転落死と聞いて真っ先に考えるのは自殺だ。だけど、だけれど、蕗屋透に関してはあり得ない、と思う。少なくとも常識の範囲内では。蕗屋の思考が常識の範囲外であることは重々承知しているが、問題は自死についてだ。

「死のうとする人間が、あそこまでヘラヘラできるもんかねェ」

「フッキーのプライベートなんて正直よく知らないけど、高校の同窓会で、レクリエーションの最中に、〝ドール〟と接続した状態で飛び降り自殺するって、どういう精神状態なんだろって思うよね」

「……蕗屋は多少常人とは違う、独特の思考みたいなものがあったかもしれない。だけど、狂人には狂人の論理がある。さすがにあの場あのタイミングで投身する論理が、俺には見つけられない」

 三者三様に自殺の可能性を一蹴する。

 とは言え言い出した多見刑事も、それは想定内だったらしい。

「――そうでしょうね。だとすると、蕗屋さんは何らかの理由があって五階の展望台まで行って、不注意か不運で手すりを乗り越えて転落したことになります。〝ドール〟と接続した状態で」


 事故か。


 他殺、自殺の可能性が低い以上、当然出てくる選択肢ではある。


「一つ、お伺いしたいんですがね」

手を擦り合わせ、前傾姿勢になりながら皆の顔を見回す間軒警部。

「恥ずかしながら、私はこの現場に来るまで〝ドール〟というロボットのことを存じませんでね。ここにいる多見に、慌てて簡単なレクチャーを受けた体たらくなんですよ。そんな私でもね、まあ〝ドール〟を動かしてる間は自分の周囲のことが分からなくなるんだから、周りに障害物や高低差のない安全な場でやるべき代物だって、常識的に分かる訳ですよ。当然ですよね。悪ふざけの好きな馬鹿な学生だって、危険だってことは分かる」

 聞きたいことが読めてきた。それは私も気になっていたことだ。

「蕗屋さん、今回の〝ドール〟同窓会を企画したくらいですから、ある程度〝ドール〟のことは分かっている筈なんです。そんな彼が、危険な場所で足を踏み外して転落するなんてことがあり得るんでしょうかね?」

「あり得ないでしょうね」

 即答したのは波部だ。

「奇矯なところの多い男でしたが、馬鹿ではなかった。何が危険かの判断くらいはできた筈です」

「お酒は飲んでいませんでしたか?」

「あいつは下戸なんスよ」

 横から利根が口を挟む。それは私も覚えている。

「そもそも、何でフッキーはあんな場所にいたんでしょう。一位抜けした波部っちを出迎えるために、玄関に向かったんでしたよね?」

 重ねるように、鈴も疑問を口にする。

 蕗屋は食堂を出る際、ゴーグルの戒めを解くために玄関で波部を出迎えるのだと瑠璃に話していたという。しかし、彼は玄関に向かうのではなく、階段を上って五階の展望台に向かい、そこで何かしらのトラブルがあって、手すりを乗り越え転落し、そこを買い出しから帰ってきた日野に発見された。展望台で起きたトラブルも気になるが、そもそも彼が展望台に上がること自体が不自然、というか全く説明のつかないことなのだ。

「そのために、被害者の足取りを明確にしたいんですが……」

 そう言って多見刑事が手帳に目線を落としたのと、食堂の扉が開いたのが同時だった。スーツ姿の刑事が間軒警部に歩み寄り、何やら耳打ちをする。頷きながら聞いていた警部はほんの少しだけ虚空を睨み、すぐに私たちに視線をスライドする。

「ちょっと見てもらいたいものがあります」


 数分後、私達の前には警察の所有物らしきタブレット端末が、チェス盤をどかしたローテーブルの上に、やや傾けて置かれていた。

「小さな画面で申し訳ないのですが、ちょっとこちらを見てもらいたいんですよ」

 言っているのは警部だが、操作してるのは若手の多見刑事だった。

「これは防犯カメラの映像です。ずっと別室でチェックさせていたんですけど、転落死直前の被害者の動きが分かったので、是非皆さんの意見を伺いたいと思いましてね」

 映し出された画面は四分割されていて更に小さくなっているが、画像自体は鮮明なカラーである。それぞれの画面右下には時刻が秒単位で表示されていて、今は二十時四十五分。ちょうど私達が展望台でチェス盤を見せてもらっているころだろうか。

「左上の画面が二階の南端から廊下を映したモノ、右上が一階の廊下、左下が二階と一階の間の踊り場の画面で、右下が玄関の外を映し出した映像になります」

挿絵(By みてみん)

 警部の説明の合間にも、ゴーグルをつけた人物が階段を降りていく様子が左下の画面に映し出される。そこから数瞬の間を空けて、右上の画面にその人物が現れ、廊下を進んでいく。顔の上半分はゴーグルで覆い隠されているので分かりづらいが、鼻と口、服装、そして特徴的なチリチリ髪だけで充分に誰かは特定できる。

「あれは利根っちだね」

「物置に暗証番号解きに行った時だな」

「間違った番号をね」

「うるせェよ」

「……少し送ります」

 何だか緊張感のない利根と鈴を横目に、多見刑事は映像を倍速再生にして問題の箇所まで送り始める。

 利根から二十五分ほど遅れて私と鈴が、さらに十五分ほど経って波部が、階段を下り、一階の廊下を進む様子が映し出される。ゲーム参加者四人が物置に集結した頃だ。

「……ちょっと過ぎましたね。戻します。右上の画面です」

器用に画面を操作してほんの少し時間を戻す多見刑事。二十一時一〇分、波部が階段を下る直前辺りで、食堂から出てくる蕗屋が右上の画面に映っていた。向かって画面手前に進み、画面から消える。次は階段の踊り場に登場するものだと思われていたが、蕗屋の姿はなかなか見えない。

「あれ、フッキー、階段で展望台まで上がったんだよねえ?」

鈴が小首を傾げる。それしか上階に行く手段はない筈だが……。

「あら? これフッキーじゃない?」

 鈴の指差す先、右下の画面に蕗屋らしき人物が現れる。玄関から外の風景を映し出した映像だ。画面の中の彼はこちらに背中を向けた状態で、一瞬背後を気にするそぶりを見せて、そのまま左の方へ向かって歩いていく。まさに、彼が死体として発見された場所に向かって――。

「どういうことだ、こりゃ……」

 唸る利根。横に立つ波部も、無言で腕を組んでいる。転落死だと言うから、てっきり階段で五階の展望台に向かい、そこから落ちたものだと思われていた。しかし彼は階段ではなく玄関に向かい、そのまま外の世界に出てしまった。繋がらない。まるで意味が分からない。

「あ、ルリルリも出てきた」

 皆が蕗屋の動きに混乱する中、鈴は食堂から出てくる画面の中の瑠璃を指差している。彼女は階段を降りて廊下を行く波部の後をつけるよう、車椅子で追従するように移動している。先程自分で説明した通り、波部が解錠できるかどうか生で確認したかったのだろう。

「いや、ここから戻ってきて展望台に上がるんだろ?」

 利根の考えはもっともだが、その後、蕗屋が画面に出ることは二度となった。各々のメンバーが証言通りの動きをして終わりだ。

 監視カメラに映ってない以上、蕗屋は転落死の直前、階段は使っていないことになる。


 ならば――どこから落ちたと言うのか。


 まさか、その場で何メートルも飛び上がったという訳でもないだろう。近くに高い木はない。脚立や梯子の類もなかった筈だ。


 ――いや、違う。


「仁行所」

 思案に耽る私を、波部の声が現実に引き戻す。

 顔を上げるといつのまにかドールハウスの横に移動している。

「この、塔の外壁に並んでいる鉄柵は、梯子か?」

 彼の発言に呼び寄せられるように、皆ゾロゾロとドールハウスの横に移動する。塔の西側、地上一メートルから屋上まで、規則的にカタカナの『コ』の字が並んでいる。それは今まさに私が思い出していたモノだ。そう。屋敷に到着した時、私はそれを目にしている。

「あ、うん。今はもう撤去されちゃったけど、ここが保養所として機能していた時は塔の屋上にソーラーパネルが設置されてたの。メンテナンスとかで塔を登るのに使われてたみたいね」


 あった。


 あるじゃないか。


 階段を使わずに、転落死を招く程の高所に上る方法が。


「蕗屋は、この梯子を昇り、何らかのアクシデントにより落下した――とは考えられませんかね」

 波部の発言に、ゆっくりと頷く間軒警部。

「……ええ。そうとしか考えられませんね。さすがは先生だ」

「いえ、こちらこそ出過ぎた真似を」

 それだけ言って静かに下がる波部。事件当夜の蕗屋の動きは分かった。分かったが――余計に分からなくなった。


 蕗屋は何故瑠璃に嘘を吐き、梯子を上り、そこから転落したのか。


 一同は再びタブレットの前に戻り、時間を戻して蕗屋の動きに注目している。


 玄関から出てすく、蕗屋は背後を振り向いていた。


 その目がこちらを――カメラ越しに私を見ているような気がして、怖気が立った。

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