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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
13/60

同日 21:10〝ポーズ〟再考察

 階段を上がり、廊下を進み、最初に左折したその角に、須藤鈴は佇んでいた。ドールハウスの見取り図が掲示されている場所だ。

『どう、鈴。何か分かったの』

彼女はアタシたちが至近距離に近付き、声をかけたところで漸く存在に気が付いたらしい。金色のポニーテールをぴょこんと跳ね上げ、勢いよく振り返る。


『あ、カイちゃん! それに利根っちも、聞いて聞いてっ! ウチ、天才かもしれない!』


 ついさっきは自分のことを馬鹿だと評していたのに、短期間でこの高騰ぶり。聞かないという選択肢はない。

『聞くわよ。聞く聞く。どうしたの』

『ふふふ、もうね、謎は九〇パー解けたようなものよ! ウチ天才だから!』

『天才なら一〇〇パー解いてほしいトコだなァ』

 後ろで利根が呆れているが、興奮している鈴はそれをスルーして自分の考えを話し始める。

『あのね、実はずっと気になってたの。最初に利根っちが見つけた写真のヒントあったじゃん。裏に格子が書いてあったやつ。アレ、結局何のヒントだったんだろうって』

『は? だからさ、あの格子はチェスを示してるんだろうが。現にオレはアレ見てチェスだって気付いたんだぞ』

『もちろん、それもあると思う。でもさ、フッキーが出題者であるっていうメタ的ヒントと、食堂にわざとらしく置いてあったチェス盤からも、謎解きの〝キー〟がチェスであることは分かる訳じゃん。たぶん別の意味合いがあったんだよ』

『ただの格子だったけど?』

 縦横それぞれ九本の線を垂直に交わらせただけ。それ以上でもそれ以下でもない。

『うん、そのままだとね――でも、今はこうなってる』

 そう言って、床に伏せてあったらしい写真を拾い上げ、アタシたちに見せる。

挿絵(By みてみん)

 別に、最後に見た時から何も変わっていない。

『何だ、オメェら、そこに駒の位置をメモしたのか』

 利根が言う。この状態の格子を見るのは初めてだったか。

『そうよ。効率的だと思ってアタシが書いたんだけど……それが?』

『ふふん、実は、それが正解だったのよ。それが大事だったの』

 鼻息荒く得意気に言っているが、こちらはピンと来ない。

『それって、どれ?』

『無地の格子に駒の位置を書き込んだコレが、謎を解く最後の〝キー〟だったのよ』

『どういうこと?』

 カイラらしからぬ察しの悪さだけど、今は答えを早く知りたい。幸い、鈴も利根もそんなアタシのことなど気にならないようだった。

『フッキーが言ってたこと、覚えてる?』

『蕗屋の言ったことなんて多すぎて分かんねえよ』

『脱出のヒントになった発言のこと――波部っちが答えに辿り着いた道標だよ』

 そこまで言われて、ようやく愚鈍なアタシも思い出す。あの時、波部が漏らした二つの言葉。

『次元を下げる、全てを重ね合わせる――真相に気付いた時、波部君はそう言ってたね』

『オメェが物置前で聞いてた、次元がどうのこうのって質問と関係してるのか』

『そう。最初にフッキーが全員揃ったウチらの前に現れた時、このドールハウスは四次元だ、みたいなこと言ってたじゃん。もうそこから始まってたんだよね。スタートは、四次元。そこから次元を下げてくと、どうなる?』

『四次元は三次元になるな』

『三次元は立体、つまり、ルリルリお手製のこのドールハウスのことね。その先はどうなる? 二次元は平面。立体を平面にするものって、何?』

 鈴の視線が壁を向く。正解は、そこに掲示してある。

『――見取り図か』

挿絵(By みてみん)

『そう。この平面図こそが、謎解きで最も大事な要素だったの。でも、これもそのままではダメだった。波部っちの手によって、ただの見取り図は謎解きのキーへと昇格したんだよね』

『波部が何かしたのか?』

 利根はピンと来てないが、これにはアタシの方が先に気付いた。

『……もしかして、人形の位置を書き込んだことを言ってるの?』

挿絵(By みてみん)

『そう! 人形の位置が書き込まれた見取り図と、駒の位置を書き込んだ格子――この二つを、重ね合わせるのよ』


 そう言って格子と平面図を重ねる。

挿絵(By みてみん)

 あっ、と声が出た。


 二つの図はサイズもピッタリと重なり合うのだ。


『この平面図、横に突き出たL字型の通路を除くと、ちょうど正方形になってるのよね。これに8×8の格子を描き、駒の位置を拾っていくと……』


 今度は声も出なかった。


 駒の位置は、そのまま人形のある場所の一部とピッタリ重なったからだ。


『平面図と格子がかさなっただけなら偶然で片付けられたけど、こうなるともう意図的なモンとしか思えねェな……』

 利根が唸っている。

 格子、チェスの駒、平面図、人形――なるほど、確かに提示されたヒントの全てを重ね合わせなければ、答えは出ないようだ。

 だけど、だけれど。

『……その先は? 人形の場所を拾い上げたところで、四桁の番号にはならないわよね?』

『それに次元の話はどうなったんだよ。二次元の平面の次は一次元、長さだろ? 長さって――ああ、だからコンベックスなのか』

 言ってる途中で気が付いたらしい。

『そう、巻尺。直線は、一次元だよ。タッチパネルでも数字錠でもよかったのに、わざわざあんな回りくどい装置を作った意味はそこにあったんだね。二次元を一次元にするための装置でもあったのよ』

 こめかみに指を当て、利根の言葉を受ける鈴。

『アタシの問いはスルーですか』

『待ってカイちゃん、問題はそこなの。そこが分からない残り十パーなの。そこさえ分かれば、番号も分かる筈なんだけど……』

『残り十パーも解いてくれよ、天才さんよォ』

 腕を組んで先程と同じツッコミを繰り返す。

 とは言え、鈴が九割の謎を解いたのは事実。これは大きな前進だ。……いや、十割解いた波部の考えをトレースした、というべきか。カンニング行為に対して強く戒めた波部だが、彼の残したヒントは大きい。問題は残り一割。人形を、数字に変換する作業だ。


『ちょっと、おさらいしてみましょうか』

 今までの軌跡を復習してみる。

『最初が四つのアルファベット――BRQN。これはチェスの駒のことだった。そこからドールハウスの外、食堂のローテーブルにあったチェス盤に注目して、駒の位置へと変換された』

『h8、d2、a5、b8だな』

『その段階で、どっかの誰かさんはファイルの数字だと早とちりしちゃったんだよねっ!』

『オメェらもそうだろうがよォ、天才さんよォ』

 利根が凄む。そのフレーズが気に入ったらしい。

『大事なのは位置、座標軸だったのよね。人形の場所を書き込んだ屋敷平面図と重ね合わせることで、ようやくそれは意味を持つ』

 アルファベットは駒に、駒は座標に、座標は人形へと順々に変換された。最後、人形は数字に変換されなくてはならない。けれど、その法則が分からない。目の前の図面には『③⑥④①』という数字列が完成しているが、この数字は波部が勝手に振った番号だ。考えない方がいいだろう。

 その波部はかなり早い段階で人形のことを気にしていた。ドールハウス内に点在している人形も子細にチェックしたいた。

 頑張るぞ、目かくし、シー、指フレーム。

 平面図に書き込まれたメモにはそう書かれている。それぞれの人形のポーズをメモしたのだろうが、波部のキャラに似合わず可愛い表現を多用している。書かれているのがポーズのみなのは、他の要素は大差ないということなのだろう。顔の向きや表情、服装などの情報に意味はない。考える要素は絞られているが、だからと言って簡単に分かれば苦労はしない。

 あと、ずっと気になっていたこと。

『……この〝頑張るぞ〟ってのは、何』

『あれ、カイちゃんは実物見てないの。ほら、こういう風に、頑張るぞって感じ』

 両手をグーにして顎に近づけ、手の甲をこちらに見せる、アイドルがよくやるようなポーズを鈴が実演してくれる。

『目隠しのやつは一緒に見たよね。二階の階段に座ってたの』

『こうして目を隠してる人形ね』

 脇を開いて肘を水平に伸ばし、親指以外の四本指で両目を隠す格好をして見せる。

『そうだね。それで、シーは人差し指を口に当てて、指フレームは両手で作ったLの字をカギカッコの形に組み合わせた格好ね』

 ちなみに②のバキュンは手でピストルの形を作ってこちらに向けているポーズで、⑤のパァは指を広げて両手の掌をこちらに向けたポーズらしい。カモフラージュのために用意されたのだろうが、念の為。

『統一感がねェよな。繋げると何かストーリーになるのかとも思ったけど、そういう訳でもねェみたいだしよ』

 頑張るぞと気合を入れて、見たくないモノに遭遇し、静かにするように促した後で画角に収める。支離滅裂も甚だしい。

『でも……波部っちは同じヒントで正解した訳だし……』


『二位争い頑張れよ』


 指ピストルを鈴に向けて、先程の波部の真似をする利根。あまり似てないし、そもそもその場にいなかった鈴は当然ながら何のことだか分からない。

『急に何!?』

『さっき、通路に行く前に波部の奴に言われたんだよ。何でピストルなのかはオレにも分かんねェけど』


 ピンと伸ばされた親指と人差し指。


 二位争い。


 唐突に、とある場面を思い出す。


 一位はもらった。


 これも波部の台詞だ。この時、あの男は伸ばした人差し指を唇に当てていた。人差し指。


 一位。

 

 フッと、光が射した気がした。

 

 それぞれのポーズには、やはり意味があったのだ。いや、それこそが暗証番号を示唆していたのだ。今、はっきりと分かった。


『――指の数』


 思わず呟いたアタシに、二人は視線を寄越す。能面越しでも、頭上に疑問符が浮かんでいるのが見える。

『指? 指って、人形の?』

『そうよ。指。伸ばした指の数。ほら、ピストルだと親指と人差し指で二本でしょ? シーなら、人差し指一本。数字に変換できる』

『両手グーならゼロで、目隠しは一〇――じゃなくて、親指は折ってるから、八ってことだね』

『波部君、ヒントをくれてたのよ。手ピストルした時の台詞、二位争いってやつ。このポーズが二を指し示すって、教えてくれてたんじゃない?』

『本当かァ?』

 懐疑的な利根に、アタシは重ねて一位発言の時にシーのポーズをしてたことを説明する。両方とも状況とハンドサインが噛み合っていなかったが、アタシたちに遠回しにヒントをくれていたのだと解釈すれば辻褄が合う。

『あの野郎、一抜けの余裕か? スカした真似しやがって……』

『波部っちって、クールで無愛想に見えて、何やかんやで面倒見よかったもんね、昔から』

  口々に好き勝手なことを言っているが、アタシの考えそのものに対する反論はないらしい。根拠を求められたところでそんなものはないし、波部にしたって確証はなかったに違いない。ただ今はそれが一番もっともらしい、というだけだ。

『ま、違ったらそんときゃその時また考えりゃァいいだけだしな。いいじゃねぇか。その案、採用しようぜ』

 珍しく利根が肯定的なことを口にする。鈴は各々のポーズを実際にして数字を拾い上げていく。

『だから、ええっと、頑張るぞがゼロ、目隠しが八、シーが一で指フレームが四だから――』


 0814。


 それが、二枚の写真、チェス盤、見取り図、人形と提示された全てのヒントを使い、重ね、導き出された数字だ。これが間違いなら一から考え直すだけ。


 ――解けた。

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