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変人と偏屈の放課後デート

作者: 睦月紅葉


「愛は理解なんだよ。でも、人は愛していない人を理解しようとはしない。だから恋愛は難しいんだ」


 橋本はそんな事を言いながら、無遠慮に高田の机に腰掛ける。スカートの裾がちらりと視界に入る。


「確かにそれもそうだ。実際、僕は君に興味が無いし、知ろうとも思わない」


 高田は橋本に目もくれず、ただ手元の文庫本に視線を落としたまま言った。だから、と高田は続ける。


「だから、もう構うのはよしてくれないか」


 そこで、高田はようやく顔を上げた。まっすぐにのぞき込んでくる橋本の双眸を、度の強い眼鏡越しに一瞬見た高田は、けれどもすぐに視線をそらした。


 高田の突き放すような態度に橋本は一瞬むくれるが、すぐに意地悪げな笑みを浮かべ、橋本の前から去って行った高田の視線を通せんぼするように回り込んだ。


「高田くん」


「なんだい」


「君はとても意地悪だね」


「……意地悪そうに笑ってる、きみの言えたことじゃないよ」


「おや」


 しまった、迂闊。と言わんばかりにわざとらしく口元を押さえ、目を大きく開ける橋本。高田はそんな橋本の様子を見て、こちらも同じようにわざとらしく大仰に嘆息してみせると、少し乱暴に文庫本を閉じた。机の横に掛けていた鞄にしまう。


「帰る」


「わかった」


 高田は、鞄を背負って教室を出た。橋本も、同じく教室を出る。


 高田が玄関で上靴から外靴に履き替える。橋本も、同じく靴を履き替える。


 高田は帰り道のさなか、コンビニへ寄って肉まんを購入する。橋本も、同じく肉まんを購入した。


「あのね」


 ここにきて、ようやく高田が口を開いた。


「何できみはずっと僕と一緒なんだい。歩く速度も、帰る方向も、立ち寄る先も、買うものも」


「なんでって、そりゃ、決まってるでしょ」


 橋本は肉まんの包みを開けながら答える。真っ白で温かな湯気がたち、ほのかな香りが風に乗って高田の鼻腔をくすぐる。


「放課後デート」


「放課後デート?」


 橋本の言葉を反復する高田。「うん」と、橋本は小さな一口で口いっぱいに肉まんの熱気と汁気を含み、はふはふと冷ましながら頷いた。


 高田は物珍しい生き物でも見るかの如く、橋本に視線をやった。


「へえ、きみの世界でのデートは、ただただ歩くだけなんだね。会話も無く、手も繋がずに? とっても賑やかで愉快だね」


 橋本はやっと肉まんを飲み込んで、ほぅ、と一息ついた。


「そうだよ。私の世界のデートは、私のことを興味ないって言った高田君と同じ所を歩いて、同じものを食べることなの」


「皮肉って知ってるかい」


「知ってるけど、関係ないよ。愛の前ではね」


「そうかい」


 この珍しい生き物は、たぶん、ずっと理解できないだろう。


 高田はそう思って、熱々ではなくなった肉まんを齧った。


「美味しいね」


「美味しい」


 応え、もう一口、食べる。


 高田は、橋本のことが理解できない。しようとも、したいとも思わない。


 何故、高田に構うのか。


 何故、高田が好きなのか。


 何故、高田を嫌わないのか。


 さっぱりわからない。でも、これは確かだ。


 橋本が、高田のことを好きなこと。


 橋本が、高田を知ろうとしていること。


 橋本が、肉まんを美味しいと言ったこと。


「理解が愛なら」


 高田が言った。


「不理解は拒絶だろうね」


「そうだね。だから、これは愛なんだ」


 体温が上がって、少しばかり上気した面持ちで橋本は言う。何か、宣言をするみたいに。


「君が拒絶をしないなら、私は愛を謳いつづけるよ」


 高田もまた、肉まんを食べ終え、色白な肌に赤みが差すのを感じた。


「きみは変なやつだ。理解しようとするのに、してくれと言わない」


「君も同じだよ。理解しようとしないのに、しないでと言わない」


「変かな」


「変だよ」


 しばらく、お互いに無言だった。気づけば二人は立ち止まっていて、夕焼け空は夜空にバトンを渡そうとしている。高田も、橋本も、もう白い息は吐かない。頬も、元の色に戻った。と、思う。


 きっかけは無いけれど、おもむろに高田が口を開いた。


「帰る」


「わかった」


 高田は少し早足で歩く。橋本が走らなくても平気な程度に。


 橋本も少し早足で歩く。高田を追い越して行かない程度に。


 明日も、あさっても、その次の日も。


 無言の放課後デートはもうしばらく続く。



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