第3話 遭遇
カフェを出ると屋根の上からルアさんの飼い猫であるインがルアさんの肩に飛び乗った。
ジャンヌは、
「イン、おいでー?」
と手を差し出すがインは興味なさげにあくびをしている。
ジャンヌは動物にも好かれやすいがインだけは興味すら持ってくれない。
「むー、残念。」
ジャンヌだってこうなるのは分かっているだろうが毎回会えば話しかけている。
「ごめんなさいね。インは私以外には一切懐かないから。」
ルアさんは申し訳なさそうにしているがどうしようもないことだろう。
「気にしないでください。ジャンヌも分かってやってますから。」
「もしかしたらがあるじゃん。」
ジャンヌは諦める気はないみたいだ。
「まあ気を取り直して行きましょうか。」
歩きだしたルアさんの後に続いて俺らも歩きだした。
町を出て少し歩いたらちょっとした森に着いた。
ルアさんは俺らに籠を渡して、
「それじゃあ二人には薬草を採集して来てちょうだい。種類はなんでも良いわよ。」
ルアさんは冒険者であると同時に薬屋としても優秀であり、俺では何に使うのか見当もつかない物でも薬に出来るらしい。
「そうね、一時間くらいしたらここに集合ね。」
ルアさんはそれだけ伝え森に入っていった。
「俺らも行くか。」
俺が呟くとジャンヌは
「うん!」
と返事をした。
その後森の中ではいろいろな薬草を見つけられ四十分も経たない内に籠がいっぱいになった。
「これくらい集まれば十分だろ、そろそろ戻るか。」
俺がそう言い引き返そうとすると、
「待ってお兄ちゃん、そこの茂み何か居る。」
ジャンヌに引き止められ茂みをよく見ると確かにがさがさと音を立てている。
いや、でもこれは…
俺は愛用の木剣を取り出し後ろにも注意を向ける。
ガアアアーーー!!
背後の茂みから二匹の体が植物で出来た狼が俺とジャンヌへ雄叫びをあげながら迫る。
しかし後ろにも気を配っていた俺はジャンヌに当たらないよう注意して振り向き様に斬りつける。
俺の木剣は一匹の首に直撃しそのまま首を切断した。
「ハリケーンランス!」
残った一匹はジャンヌが放った風の中位魔法である竜巻の槍に貫かれその動きを止めた。
ガアアアアアーーーー!!!
前の茂みからもう一匹が飛び出し怒りの雄叫びをあげながら俺らとの間の空中に緑の魔方陣を描く。
俺は魔方陣が完成する前に走って距離を詰め魔方陣と狼を真っ二つに切り捨てた。
魔方陣は霧散し狼は地面へ崩れ落ちた。
「終わった~、でもお兄ちゃんよく気付いたね。私反応が遅れちゃたから危なかったよ~。」
ジャンヌは息をついて俺に尋ねた。
「この森にはC+の魔獣が生息してるって聞いた事があったからな。もしかしたら前の茂みは囮かもしれないと思ったんだ。」
この世界には魔獣と呼ばれる空間魔力から自然発生する怪物が生息している。
そして魔獣には魔力量や知性によってSからDのランクがつけられている。
Dランク→魔力も知性もほぼない怪物。
Cランク→魔法を使うことが出来るが知性があまりない怪物。
Bランク→魔法も使え知性も高い怪物。
Aランク→知性はないが自然災害とも言える被害をもたらす魔法を使う化け物。
Sランク→Aランクと同等あるいはそれ以上の魔法を使い高い知性を持つ化け物。
そしてランクの中でも+と-で分けられている。
また、魔獣の特徴として死体は数分経つと魔石と運が良ければ一部の素材を残して空間魔力になり消滅する。
俺らが倒した狼も少しの光を放って消え緑色の魔石が残される。
魔石は放置していると魔獣を集めてしまうので忘れずに拾わないといけない。
不思議な事に誰かが持っていると魔石は魔獣を集めないのである。
俺が魔石を拾い顔を上げると遠くの木の間に何かがいた。
それは初め大きな岩に見えた、しかしよく見るとそれはとても巨大な生き物であった。
俺が顔を上げた瞬間移動してしまいよく見えなかったが、少なくとも人間がどうこう出来る存在では無いことはよく分かった。
本能的な恐怖が俺を襲う。
「ん?どうしたのお兄ちゃん?」
幸いジャンヌは気付かなかったようだ。
心配をかけないように平常心を保たなければ。
「いや、何でもない。」
かなりスラスラと返事が出来た、しかし思ったよりかは声が震えてしまっていた。
ジャンヌは怪訝そうだがそれ以上追及されずにすんだ。
時間の事もあるし俺らは森から出た。
…いや、時間は言い訳だな俺がこれ以上この森にいたくなかったからだ。
「戻ってきたわね、お疲れ様。しかもこんなに採ってきてくれたのね、助かるわ。」
ルアさんは満足そうにそう言った。
「ねえルアさん私たち魔獣倒したんだよ!」
ジャンヌは自慢気に魔石をルアさんに見せる。
「これは…フォレストウルフの魔石ね。しかも三つも、思わぬお小遣いね良かったじゃない。」
俺らはルアさんに魔石の換金を頼む。
魔石は冒険者ギルドで買い取りをしてくれるが冒険者でなければ手数料をとられてしまうのだ。
ルアさんは快く承諾してくれ俺らとルアさんは町へ歩きだした。
その道中俺はルアさんにさっきの巨大な何かがいた事を伝えた。
「うーん、あの森にそんな巨大な生き物なんて魔獣を含めてもいないはずよ。」
ルアさんは考え込んでいたが、
「ダメね、私にも分からないわ。でも本当だとしたら不味いわね、突然発生の高ランクの魔獣かもしれないし換金ついでにギルドに報告しておくわ。」
と言ってくれた。
そして町にたどり着いてルアさんから魔石の金額と薬草採集のお礼として金貨を二人合わせて八枚貰った。
また、ルアさんから冒険者ギルドが森に偵察を出すことを教えてもらった。
その後俺らはルアさんと別れて村へと歩きだした。
その時にはもう夕方だったが完全に暗くなる前には帰れるだろう。
少し歩いていくとジャンヌが話しかけてきた。
「今日は楽しかったね。お母さんやお父さんにもいっぱいお土産もあるし。」
ジャンヌは上機嫌だが…何故だろうなんだか嫌な予感がする。
俺の不安に答えるように空は段々と曇ってきた。
「曇ってきたね、雨が降るかもしれないしちょっと走ろっかお兄ちゃん。」
ジャンヌに急かされ俺らは村へと走る。
しかしたどり着いた村は俺らの知っている村ではなかった。
家は燃えているか何が起こればそうなるのか瓦礫も無いのに大きく抉れているものがほとんどだ。
辺りには死体こそないが血だまりが辺りいったいに広がっている。
「いったい…何があったんだ…?」
その言葉を言うことが精一杯だった、ジャンヌは驚きで声すら出せていない。
「誰か…助けて…くれ!」
村から声も途切れ途切れに走ってくる人影がある。
よく見るとそれは今朝会った村長の息子であった。
「そこにいるのはカシルか!?助けてくれ!今までのことは全部謝るから!」
こちらに気づいたそいつは俺に向かってそう叫んだ。
「答えてくれ、何があった?」
俺が聞くとそいつは首を振って
「そんなことはどうでも良い!早くしないとあいつが…」
バンと何かが破裂したような音が響いた、何事かと思っているとそいつは俺に向かって倒れてきた。
「おい、どうしたん…」
俺も声を続けることが出来なかった。
何故なら話しかけていたはずのそいつが額の穴から血を流すただの死体となってしまったからだ。
「うわっ!?」
「きゃ!」
俺が飛び退くと死体は地面へと倒れた。
俺らが地面の死体を見つめ驚きで固まってしまったその時、
「あれ?まだ生き残りが居たんだ、ならまだまだ楽しめそう。」
それは心底楽しそうな、なのに一切の感情を感じないそんな矛盾を孕んだ声だった。
俺らは恐る恐る声のした方へ顔を向けるとそこには一人の女が立っていた。
女はスラッとした長身の細身で、薄い微笑を浮かべるその顔も百人中百人が美しいと言うであろう。
しかしその美しいはずの姿からは恐怖しか感じない。
そして何より、女の髪は邪神や魔王しか持たないと言う真っ黒な髪をしていた。
女は俺らに対して胸に手を当て礼儀正しく、しかしこちらを小馬鹿にしたように礼をして名を名乗った。
「初めまして、私は虚無の魔王ケテル、少しの間だけどよろしくね?」